ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

ハウルの動く城を解釈する1 老婆の呪い、変身の意味。

ハウルの動く城 サウンドトラック

 

金曜ロードショーで何度目かのハウルの動く城を見たけど、

初見の時は色々わからなかったことが、今回は完璧に理解できた。書きながら確かめていきたい。

 

まず、老婆になる呪いだ。

なぜソフィは娘になったり老婆になったり姿がコロコロ変わるのか、
老婆っていっても90歳くらいの腰の曲がったおばあちゃんから、
背筋の伸びた中年くらいまでと幅があったりするのか。 そこからだ。

ポイントは「ソフィも魔女」 まずはこう思って見ると色んなことが見えてくる。
ソフィもハウルや荒れ地の魔女、サリマンと同じく魔法を使える存在である、ということ。

港町の子どもに「魔女なの?」と聞かれて
おどけて「そうさ、この国で一番こわ~い魔女さ」と答えるけど、
これが冗談でも誇張でもない、マジのマジなんだな。

ソフィも作中で何度も魔法を使うけど、その多くは「魔法を解く」魔法だ。
荒れ地の魔女「私は魔法をかけられるけど、解けない魔女なの」というセリフがあるけど、
それはソフィは逆の「魔法を解除、あるいは中和する魔女」であるということを想起させる。

 

冒頭でソフィは妹や母と対照的に描かれる。
容姿からして華やかで人気者の妹、地味な格好で自分は「長女だから」というソフィ。
「自分は美しくない」というコンプレックスでソフィはガチガチなんだけど、
老婆になって家の外へ出た瞬間から彼女はノリノリでばーちゃんとして生きはじめる。

 

カルシファーがソフィをみて「こんがらがった呪いだ」みたいなことを言うが、
それはソフィが無意識で老婆であることを望んでいるから、そういう事になる。
自分でない何者か、老婆であれば、
美しいとか美しくないとかいう若い娘の葛藤から解放されて、
長女だからそういうものだと思ってやってた帽子屋も出て、
憧れたハウルに会いに行くこともできる。
実は老婆であることはソフィにとってはいいことづくめな状態だ。

 

眠っているときは娘に戻っていたり、
「私なんて美しかったことなんて一度もない!」と本音を吐き出せた後では、
90代くらいから中年くらいまで背筋が伸びていること、
ハウルに「きれいだよ」と言われた瞬間、それを拒否して娘から老婆に変化することなど、
老化の度合いはソフィがコンプレックスを感じている度合いとシンクロしている。

 

サリマンの前で堂々と持論をぶちかます時はぐんぐんと若返っていくなど、
自信をもって本来の自分を表現できる時は、本来の姿に近くなる。
荒野の魔女の呪いはかなり初期の時点でソフィによって解かれており、
後はソフィの無意識が老化の度合いをコントロールしていると言える。

 

そして姿が変わるのは、ソフィだけじゃない。
ハウルも何度も衣裳を変え、髪の色も変わる。
これらもすべて意味ある描写になっている。

 

ハウルの課題は「支配する母性からの自立」だ。
千と千尋の神隠しで描かれた坊と湯バーバの関係とも通じるものがある。

 

湯バーバは坊を建物のてっぺんの一室に閉じ込め「おんもに出ると病気になる」と吹きこむ。
外での経験で成長できない坊は赤ん坊のまま体ばかり大きくなった文字通りの「でっかい赤ちゃん」だ。
母親が婆になり、赤ん坊が成人にならずあそこまででっかくなるのには、相当の年月の暗示がある。

 

サリマンはハウルに後継者にしようとするが、ハウルはそこから逃げたという。
しかしハウルがどのくらいサリマンの影響下にあるか、
あるいはどのくらい自立しているのかが、恰好で分かるようになっている。

物語冒頭でハウルは金髪だけど、それは実はサリマンの趣味だ。
サリマンはまったく同じ顔同じ格好の金髪おかっぱ少年を何人もはべらせている。
ハウルもかつてはあの少年隊の一人だったのかと思わせる。

 

ハウルの髪の色は、本来黒いところを、金に染めている。
ソフィが棚をきれいにしたことで、髪の色が金からオレンジや紫に変化していって、
ソフィは「それはそれできれいよ」というけど、金じゃないとダメなんだな。
「もう終わりだ。美しくなかったら生きていたってしかたない」は思わず笑っちゃうハウルの名言だが、
意味するところはつまり「サリマン先生の望む自分でなくては、生きている意味がない」だ。

「髪なんか染め直せばいじゃない」とソフィは言うけど、
ハウルは緑色のゲルが出るほど落ち込む。心の痛みに気がついちゃったからだ。
でも気がついたから、もう髪を染めたりはしない。
それがソフィのお掃除という魔法の効果でもある。

 

髪の色の次は、服装が変わる。

城の温室でソフィがサリマンに「お言葉ですが」からの啖呵をきった後で、ようやく、
王様の顏と軍服を纏って出て来たハウルは、サリマンと一戦交える。
初めての師への反発だったと思う。それまでは逃げる一択だったはず。
そして動く城に帰ってきて「引越しをしよう」と言うハウルの恰好は、
黒髪、白シャツ、黒ズボン。形はおしゃれだがシンプルだ。
金髪も、カラフルで派手な外套もサリマンの趣味なんだな。
サリマンの恰好も、上品だけど真っ赤で宝石もりもりで相当派手だw

 

温室での対決の後、ハウルのサリマンへの態度は、
 ひたすら逃げ回る から
→疑似家族を守るため戦う に変わる。

しかし「支配する母性」の象徴サリマンはめちゃめちゃに強力だ。
国家間の戦争をコントロールし、三下魔法使いをいくらでも使い捨ての駒にしてくる。
鳥化や飛行機を落とすような魔法は使えば使う程、人間に戻れなくなるという代償が伴うので、 ハウルには勝ち目がない。

このへんで、初見の時はこの戦争をどーにかこーにかしていく物語なのかと思ったんだよね。
ナウシカとか、もののけ姫とかみたいな、
激しい戦闘シーンとか価値観の衝突とか、そういうカタルシスがあるのかと思って見てたら、
過去に戻って「未来で待っててー」とか当時はポカーンだったわ。
なにその超展開、視聴者置いてけぼりじゃん。って思った。

 

でもハウルのテーマは、コンプレックスの解消とか、精神的な自立とか、
そういう内面的な葛藤の昇華にあるんだよね。
心理学とかそういう方面の物語なんだ。
だからソフィーはハウルの無意識、深層心理の底へと降りていく、という展開になる。

 

宮崎駿の作品には、よくトンネルをくぐる的なイメージが登場して、
それが意味するものは色々あるけど、
ハウルの動く城の場合は、ハウルのごちゃごちゃした私室がそのトンネルになってて、
それはハウルの顕在意識・無意識へと続いていくものだ。

後半では、城の扉の向こうの黒い空間が、その先の集合的無意識、更にその先の神秘的領域へと続いている。
ソフィーはヒンを伴って、ハウルを探しにそこへ向かう。そんなとこに探しに行くわけだから、
もうそれは通常の自我ということではなくて、
なにか存在そのものとか、魂とかそんなレベルのハウルなわけだ。

 

そこでソフィはハウルカルシファーの関係の核になってる出来事を見る。
見る、とか気がつく、
認知、認識するってことは心理学的なプロセスではすごく重要なことで、
気がついて、自覚すればそれだけで問題行動とかが解消してしまうこともあるくらいだ。

 

観測する。これは今後もこのブログで重要なテーマになる。

そしてソフィはハウルに心臓を返して「そうよ、心って重いの」と言う。
これはハウルの解離していた心を本来の円満な状態に昇華したってこと。

 

そうすると何が起きるか?

 

支配のつけいるスキがなくなる。
だからサリマンは「しょうがないわね」と、あっさり引き下がる。

あの「逃がしませんよ」という執着はなんだったのかと拍子抜けするくらいだ。

でもほんと、そうなるしかないんだな。順に説明していくけどもw


しかし、まあなんだ。
ハウルは非常に特異な物語構造をもっている。
セオリー、定型、王道、お約束的ではない。

 

普通の物語だと主人公の意識が、
ひたすら逃げ回る から
なにかを守るため戦う にシフトしたら、
もうあとは戦って戦ってなんとかして勝つ!
以外にはパターンがないと思うんだけど、それだと
あの「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!」のやつみたいに、
二項対立のレベルを超えられない。

 

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バキ

 

支配したいサリマンと支配されたくないハウル、の構図だと、
それはどこまでいっても対立であって自立ではないわけだ。
だから対立のうちは決してサリマンは諦めない。
勝てばハウルを支配できるからね。

 

結局「支配する母性」が成立するのは、
「サリマン先生の望む自分でなくては、生きている意味がない」
みたいな、母性に認められたい、愛されたいという欲求があるからなんだ。
他者に愛を求めると、代償に支配されることもある。っていう。


代償といえば、
ハウルの作中には代償のある魔法と、代償がない(ように見える)魔法が混在してる。
「宮殿には爆弾が落ちないが、代わりに周りの街に落ちる、魔法とはそういうものだ」とか、
千と千尋でも 湯バーバが契約書を持って「そういうきまりなんだよ」と言うところがあるけど。
そのへんも宮崎駿は確信を持って描写してると思う。

なぜソフィの行使する魔法には代償がないのか。
魔法とはどんなもので、それを越えるものがあって、それはなんなのか。

 

すべて読み解くことができるようになってる。ほんとうに優れた物語だ。


これも、込み入った話、先入観を外しながらじゃないと飲み込めない話になるので、次の記事へ順を追って説明していこうと思う

 

 

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