ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

君の名は、を解釈する1 三度目のムスビ、神話、陰陽とそれをつなぐもの。

君の名は。

 

 

さて、君の名は、はどこから手を付けたものか・・・?

スレでも相当とっちらかって突拍子もなかったからなあ。

 

正直、とにかくキレイだった。っていう感想だけでもいい気はしてるんだけどw

解釈していっても色んなことがどんどん符合していくのが面白かったな。

 

まず、じゃあ、初見の人が疑問に思いそうなところから。

 

ラストの赤い手すりの階段で、上からみつはが、下から瀧があらわれる。

二人はなんでか、黙って階段を進んで、すれちがって、そして瀧が上から声をかける。

 

ここは疑問に思いやすいんじゃないかな。

見つめ合ったならすぐに声をかけたらいいのに、なんでそんなまどろっこしいことをするのかと。

 もちろん万感の想いとか確信がないとか色々胸中の複雑さはあっただろうけど。

 

でも、ああいうことをするのは元ネタがあるからだ。

そして二人は、その前に二度、失敗してるからだ。

 

日本神話、イザナギイザナミの国産みのくだりなんだけど、

女神イザナミが先に声をかけると、ヒルコが生まれる。うまくいかない。

やり直して、男神イザナギから声をかけると、神産み国産み、産霊はうまくいく。

これは陰陽の思想でもある、男が陽で能動、女が陰で受動。

これはある原理、法だ。ここを疑問に思うと話が壮大になるので、それはまたの機会にして、

とりあえず物語の裏設定として理解よろしくお願いします。

 

みつはが東京の瀧に会いに行った日、電車のなかで17歳のみつはは14歳の瀧に声をかける。女が男に声をかける。

これだと逆だ。一度目の国産み、一度目の失敗となる。

 

で、イザナミイザナギと言えば、黄泉へ迎えに行く話も有名だ。

黄泉の死者となった女神を、男神が迎えに行くけれど「振り返ってはいけない」というルールを守れず、女神の復活はうまくいかない。

 

磐座のある山頂で、みつはと瀧は互いを呼びあい探す。

すれ違って、鈴の音がして、振り返る。カタワレドキになって姿が見えるけど、

はい、振り返ったらダメなんですね~。これが二度目の失敗だ。

円い山頂を回ってるのも柱を回る国産みの場面に似てるね。

 

まあ、失敗っていうとなんなんだけど、

縁がうまく結ばれないというか。すれ違うというか。

ムスビ、産日、産霊、を成すことができない。

 

 

もし、山頂で振り返らなかったら、目が覚めた瀧の前にみつはがいてハッピーエンド、という展開でも良かったんだろうけど。

会いたくて会えなくて切なくて、君を探してる、が新海誠監督のやりたいテーマだからなw

 

名前を忘れて五年間、すれ違い、探し続け、

 

で、階段で出会う。そして今度こそ、瀧が上で、瀧から声をかける。

男が上から、男から声をかける。

これで日本神話と陰陽の法、ルールに則った出会いになり、結びは成されるというわけだ。

 

前前前世から僕は、という主題歌だけど、そのとおりで、

ムスビを成すまでに、三回のトライがある物語になっている。

彗星も三回落ちてる。接近に周期があって、

1200前に糸守湖(隕石湖)と2400前に山頂(クレーター)に落ちてて、

で劇中で三回目だ。この辺の意味も後述する。

 

 

 なんかそういう仕掛けがいっぱいあるんだよな。

何重にもなっててまるで魔方陣だ。で、そういう陣を敷いた目的も説明できると思う。 

 

まず、パンスペルミア説。

彗星と地球、彗星と湖、緒をひくものと円いもの、つまり精子卵子

男性原理と女性原理の混交、合一によって新しい生命が生まれる、

とみるやつがある。

 

ではこの映画では、このパンスペルミア現象、莫大な天地の気の混交によって何が生まれていたのか。

自分の結論から言うと、糸守町500人の住民が生まれてる、復活・反魂している。

・・・っていうのを書いていきたい。

 

えーと、まずこの手の物語としては、

シュタゲとかまどマギとかひぐらしとか時をかける少女とか。

誰かを救いたくて、過去へもどって出来事のやり直しをする。

っていうタイムリープ、ループ、世界線の移動、過去改変、時間遡行、とかの概念があると思うんだけど、

 

君の名は、ではそういうことは起こっていないように思う。

みつはと瀧の間の、三年の時間差には別の意味がある。

あの二人は、同い年か、瀧の方が一日分でも年上でなくてはいけない。

それも陰陽だ。男の方が年上であることが必要になる。

 

君の名は、で使われている世界観は、現世と幽世(かくりよ)、つまり死後の世界だ。

 

彗星が落ちてきて、500人が死に。

そして三年後、反魂の術が発動して500人が復活している。

そういう話で辻褄が合う。

時間をどーにかするSF的発想じゃなくて、

死者を黄泉から連れ戻すという、神話的、オカルト的発想なんだと思う。

てっしーもオカルト誌ムー読んでるしなw

 

死者の復活というと、古今東西で基本的にそれはタブーだ。

日本神話、イザナミイザナミを迎えに行った物語も、

ギリシャ神話、オルフェウスがエウリュディケを迎えに行った物語も、失敗に終わる。

「振り返ってはいけない」という約束を守ることができなくてそうなる。

 

漫画だと、鋼の錬金術師なんかも死者の蘇生、人体錬成に失敗するね。

 

しかし、近年は割とこのタブーを超える感性、物語があらわれてると思う。

GS美神で幽霊のおキヌちゃんが反魂・復活する。

フランケンウィニーもゾンビが復活でオッケーのエンドだ。

ゾンビランドサガとか、なんかもうゾンビでも幽霊でも妖怪でも萌えればそれでこまけえこたぁいいんだよっていうww

 

GS美神ではこんな感じだ

「反魂って物語では邪悪な怪物になって生き返ってきますけど・・・」

「それは魂がないのに強引に術を使うからよ、邪霊を近づけない結界、保存状態のいい肉体、生命力にあふれた若い女性、地脈に巨大なエネルギーとそこにくくられた霊、これだけ条件が揃えば・・・」

 

そう、条件が揃えば、って言うんだよな。

で、君の名はを見ていくとそういう条件がこれでもかってくらい揃っていく。

 

まず、マストなのは陰陽だ。これは何重にもなってて非常に面白い。

みつは(中身は瀧)が父親と対峙する役所の一室で、陽と陰と書かれたポスターが貼ってあって、これはヒントだ。

 

陽的なもの   つなぐもの   陰的なもの

       組紐      みつは

              みつは

       奥寺ミキ    みつは

彗星             地球

隕石              

都会(ビル群・文明)レール   田舎(湖・自然)

おむすび(個体)       口噛み酒(液体)

現世      小川・雨    幽世

現世      彼は誰時    幽世

視聴者            映画

 

ざっとそのくらい、陰陽の対応が考えられている。

ここまで揃ってると人の無意識にまで深く訴えてくる気がするわ。ヒット作にかけられている魔法だ。

 

レール、というのは電車の線路でもあるけど、

あの電車や部屋の戸がスライドするのもレールだ。

ぐいっときてうわーぶつかる~っ!て感じのあの描写が場面転換でもあり、

瀧とみつはの中身交代の身体感覚の表現になってるとも思う。

 

更には陰陽五行、木火土金水も用意されている。

彗星と割れて落ちてくる隕石が陽、地球と湖が陰、陰陽。

そして衝突で吹っ飛ぶ糸守の森が木と土、湖が水。

変電所爆破と火事が金と火だ。釘や鋏の描写もちょいちょい強調されてる。

 

これは人体錬成に必要な、肉体の材料と気だ。

 

ハガレンでは人体の材料、元素は、市場で子供の小遣いで揃うよ、というセリフがあるけど。

ハガレンでは、人は、精神と物質と魂から成る、というものの、

精神や魂も、物質と等価に揃えるという発想が希薄なんだよな。精神なんか魂と肉体を結ぶだけのなにか、くらいの認識だ。

天地の気やエネルギー、精神や、陰陽の発想が足りない。

肉体さえ錬成すればそのへんは勝手になんとかなるみたいに思ってるフシがある。

それでは、条件が足りないから錬成は失敗する。

 

君の名は、では、肉体を構成する物質、(隕石と爆破で吹っ飛んだもろもろ)

精神を構成する気、(隕石と地球のパンスペルミアでおきる、天地の気の混交)

魂もその場にそのまま留め置く術(宮水の祝詞や神事)のすべてが揃っている。

と、思う。

 

ただ、あと必要なのは術者だ、十分な力量の祭司、魔術師、錬金術師みたいな人がいない。

そこで、君の名は、というタイトルだからな。名がその代わりになる意味を持ってる。

次の記事で詳しくしていきたい。

 

 

 

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