ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

天気の子を解釈する1、絶賛。ネタバレあり注意。

新海誠監督作品 天気の子 公式ビジュアルガイド

 

天気の子、良かった。

君の名は、の次のテーマ、次の作品になってたと思う。

前へ進んでる、進歩してる。凄いことだな。

 

帆高がいう「自分のために願って、陽奈。」これがメインテーマだと思った。

 

72日間?雨が続く異常気象が続いて、

巫女、人柱が一人犠牲になれば晴れるなら、もとの天気になるというなら歓迎だ。てか皆そうだろ。

とか須賀が言ってたけど。フザケンジャネーヨだ。

 

そういう、なにかを、誰かを、犠牲にして、代償にして、均衡を保つという機構、法則、社会の否定だ。

 

誰も犠牲なんかになるべきじゃない。自己犠牲は美しくなんかない。

陽菜が「誰かの役に立てるのが嬉しかった」というけど、

そのためなら、自分はどうなってもいい。

というのでは「自分を愛する」という三次元のテーマをクリアしていない。

まず、揺るぎなく自分自身を愛し、その先に他者との関係性を築かないといけないんだ。

自分さえ我慢すれば、皆は幸せなんだから。

という思考は一見甘美で、実はヤバいやつだ。

家庭板ではエネmeとかいうw

自分が、自分を傷つける敵、エネミーになってしまってるという意味で、この心的状態になってしまう例は毎日のように書きこまれてる。社畜も同じ意味だ。

学校、家庭、会社、新しいコミュニティに入って馴染もうと必死なとき、若い時になりやすいやつだ。

自分も例外でなく体を壊したことがある。もうコリゴリだ。

 

陽奈はたぶん、母親を亡くしてから、

弟もいるし、母になろうとしたんだろうね。

母のペルソナをつけた。大人になろうとした。

でも15才ではな〜。

歳を偽ってそれらしく振る舞えていたけど、無理はしてるよな、絶対。

 

人柱、犠牲、イケニエ、スケープゴート、捧げものの羊。超常のものとの取引の材料。美しいという字は、そういえば羊が大きいと書く。祭壇に供えるための、文字通り犠牲の品質のことを示している。

じゃ、自己犠牲は美しい、は間違ってないのか?

苦しいだけから早くやめたほうがいい、と言い換えるか。

 

たったひとりで、誰もいないところで苦しみを抱えてうずくまることになる。

空の上で、陽奈は泣いていた。

陽菜は、帆高が迎えに来てくれるけど。

自分のために願うことは、自分にしかできない。

自分自身の内なるもの見出せるのは、自分だけだ。それに気が付くことだ。

 

セカイ系の否定というか、その次のテーマでもある。

天気の子の後では、巫女と反魂、代償のある魔法が発動して世界が存続していくという君の名は、みつはと瀧の双肩にかかるものが大きすぎて、かわいそうだったかもなーと思えてくる。

 

君の名は、では500人の人命を救うため、なんとなく失敗が許されない雰囲気だったのが、

天気の子では、誰かを人柱にして続いていく世界なんていらない、と潔く言いきる。

それで東京は水びたしだw

でも結構それで船便が行き来したりして、皆それなりに暮らしてる。

人柱、魔術で環境を維持しなくても、もうやっていけるだけの地力、知恵、蓄積、物流、文明、そういうしぶとさ、適応力が人類にはあるんだよなーっていう描写になってる。

800年前だかは、人柱で晴乞いや雨乞いや地鎮を祈祷しないと、不作と飢饉でリアルに集落が全滅してただろうから、その当時のことはとやかく言えないけど。人柱を出した家は周知されてそれなりの見返りがあったかもしれないし。

 

とにかく 

少年と少女の関係が世界を背負ったりしなくても、なんとでもなる。

15歳の少女にすべてを押しつけないと続かない世界なんていらない。そんな世界のほうがよっぽど危うくて狂ってる。

800年、100年、そういう時間のなかで人類が手にしてきたものを信じていい、

代償のいる魔術をいらないと言っても大丈夫だよ、と。そういう物語になってたと思う。

 

オカルト誌ムーの取材をしてるとか、占い師(まさかの野沢雅子w)のノートにまた陰陽とかヲシテ文字が書いてあるとか、

鳥居とかお盆とか神主とか天井画とか、彼岸とか、空の魚とか白龍とか。代償とか人柱とか。

そういうオカルト要素を散りばめといて、フラグ立てまくっといて、がんじがらめにしといて、

オカルトなんていらねーよ、どうにかなるさと越えていくのは、ほんとに爽快だった。

まず心が法なるものを越えた、運命や因果から、自由になった。

運命の向こう、っていう歌詞のとおりだ。

ということはハウルの域に達していると勝手に認定しちゃうw自分の中では宮崎駿レベルいったわw

 

ところで、瀧とみつは、めちゃめちゃ顔出しで登場するねww

瀧のあの風格と安心感はなんなんだw

帆高の危うさとの対比的な?

みつはは指輪売り場の店員で、

引越後の祖母の腕に組紐があった気がする。

あの世界線でも二人は出会えた的な?

 

さやちんとてっしーは後ろ姿で一瞬だったけど分かった。フリマが晴れて皆が驚くところだ。

スタッフロール見ると四葉もいたらしいが、四葉はどこにいたんだろう・・・。

また見ることがあったら気を付けよう。子どもじゃなくて女子高生とかだろうしな。

ツインテールが目印でいいんだろうか?

CMの白い犬も分かった。

 

ナギの彼女の声優二人はわろたw

あとで書類に花澤綾音って名前を書くのもわろたw

花澤香奈と佐倉綾音wさやちんの悠木碧も呼んだなら、もうその三人の誰でも上手かっただろうになぜ本田翼だったんだ・・・。ちょっと気になる棒だった。

バイクでカーチェイスあたりからのセリフはもっとわくわくさせて欲しかったな。

 

ところで、何回も見きれてた The Catcher in the Rye

っていう本はライ麦畑でつかまえてなのか・・・。

攻殻機動隊でもネタになった本だけど、読んだことはない。

でもなんつーか銃をもって警察から逃げ回るアナーキーな感じがオマージュなんだろうね。

 

ヘイトの溜まるリーゼントの刑事に梶裕貴というチョイスはなかなかタイムリーな気がしたwエレンとかアリババとか好きな主人公役は多いけどもw

 

水の魚、水が魚になって泳いでるっていうモチーフは最近記事にしたポニョでも海獣の子供でも出てくるなあ。

ポニョは魚の波の上を走るし、琉花の自転車にまとわりつく雨もああいう魚の姿だ。

水の、魚かー。うお座の時代から、水瓶座の時代へ?とかそんなスピなネタだったりするのか?しないのか?

 

メアリの主題歌RAINで、ファフロツキーズの意味を知っててちょうど良かったな。

怪雨、魚とか、そんなわけないじゃんってものが降ってくる現象のこと。

空の魚が降ってきたツイッター記事とかにその語の見出しがある。

 

ところであのアメという名の猫は、なんか居た意味あったか・・・?

もうすこし考えてみよう。

 

映像は、花火のところが良かったな。ドローンみたいな視点で花火を見るってすごく楽しかった。

映像的には君の名はの方が綺麗で気持ち良くはあったな。

重い雨の絵が多くずぶ濡れになった気分w

都会のごちゃついた感じとかも重い感じだった。

しかし心情のアンサーとしては逆に天気の子の方が軽やかさがあるわけで。

 

 

最後の坂道で、また陽奈が願ってたけど、

今度は誰かのためでなく、自分のために願ってたんだ、と思う。

我欲とか利己的ってことじゃなくて、

キャンベルのいうところの至福を追求する、

マザーテレサのいう内なる神の声に従う、

0なるものから訪れるインスピレーションによって願うなら、

それにはもはや代償は、ない。

誰もが、自分自身の内なる声を聞いて願い、それが叶うなら、魔なる法でなく奇跡によって、空は晴れるだろう。

そういう新しい世界観も提示されてたのかもな。

 

 

 

100%の晴れ女で、晴れた事にみんながお金を支払ってくれる場面がある。

金額は色々で、子供の手に50円玉は和んだけど、

すこし斜に構えてみると、みんな自分の願いをお金を払うことで他者に肩代わりさせてるんだよな。

それは互助で成り立つ社会の基本ではあるんだけど。

でも、もし、あのまま陽奈が晴れ女として一時的な晴れを呼び続けれられたとしても、いずれ良くないことが起こっただろう。

その謎を解明しようと色んな人が来て、

晴れを求める人が長蛇の列をなして、我先に利を求めて、

どうして晴れさせてくれないんだとか不平を言い出す。

晴れたぶん後でまとめたみたいに水の塊が降ることとの関連性もあるし、

おそらく魔女狩りになる。

リチャード・バックのイリュージョンみたいになる。

人の願いを肩代わりするほど、対価に金銭を受け取るほど、陽奈は透けていった、人間でなくなっていったと見ることもできる。

なんでもかんでも互助や金銭でどうにかしてはいけない。

自分の願いは、自分で叶える。ということを獲得していかなければ、

救世主や革命、エサを与えられるのを口を開けて待つ雛鳥になってしまう。

どろろでもそうだった。鬼神の加護、領主の庇護を越えていかないといけなかった

 

結婚式やプリキュアのコスプレや運動会、天気予報にない晴れを望むなら、自分自身の願う力、奇跡を起こす力を呼び起こし、

自前で神通力、超能力の開発でもしていくべきww極論を言えばなww

それが不可能だとは思わない。

ミサイル打って晴れにする技術だってあるわけで、科学の追求でも同じことだ。

 

誰も彼もが、他力本願だから、

たった15才の少女がとんでもないものを背負わされることになる。

赤ん坊が五体を奪われることになる。

弱い者を対価に差し出す、それは大人として恥ずべき世界だ。狂ってる。

まず自力救済だ。然るのちに互助。その順番、段階が大事やん。

 

そういえば陽奈の青い石のチョーカー、

鳥居で二人が倒れてる場面で割れてたね。

陽奈の母親も同じ石を持ってたように見えたけど。

ラピュタの飛行石を思い出さずにはいられないw

空の上、巨大な積乱雲と繋がってる青い石w

あれもバルスで壊れるけど、象徴的な意味は同じだ。

マジックアイテム、契約の証が壊れることで、

恩恵と代償、メリットとデメリットの双方が失われる。

庇護を失う代わりに、自由になる。ゼロから始められる。

 

東京の上の巨大な雲は、800年?ずーっと代々の晴れ女の人柱を捧げることで溜まりに溜まっちゃってたヤツじゃないかな…。

 

魔法ってのはそういうもんだ。右から左に動かしてるだけで、どこかにしわ寄せがくる。

 

晴れ女で晴れさせる、一時避難的な措置をずっとやり続けてしまった結果というか。

降雨量をずっと先延ばしにし続けてきただけというか。

 

三年だか雨が降り続いて東京水没は災難だけど、

それも何百年と撓め続けた因果の結果ではないだろうか?

溜めた分がぜんぶ降り終わったら、リセットになって、また湿地なりにそこそこ暮らせる天候になるのかもな。

最後に雨が止んで光が射してくるのは、そういう意味かもしれない。