100話の感想も書いた!
95話までで休載になってしまったので、このタイミングで書いておこう。
宝石の国のアニメが好きだ。
孤島に住む宝石生命体というのは、3D作画を活かせる最高の設定だった。
とても美しくオリジナリティのある映像だった。アニメ史に残るぞこれ。
しかし、二期が見たいとは思っていない。今あるだけをリピートで見ていたい。
アニメ化範囲の先はどこまでもドツボにハマっていく鬱展開だからだ。
無邪気でかわいい甘ったれだった主人公が、
どんどんメンタルをやられいくのは目も当てられない。
なんでそうなる。かわいそすぎる。
つらいことがあると、なんでそうなるのか、どうすればよかったのか考えてしまうのが人間というものだ。
フォスがどうすれば幸せになれたのか、
絶望の95話からどう転べばハッピーエンドが有り得るのか、
ずっと頭をぐるぐるするので、書いて落ち着こう。
ざっと粗筋を。
人類が滅亡した後の地球は、海と小さな島ひとつきりの資源に乏しい星となった。
島には、食事も生殖もせず、光だけを糧に生きる宝石生命体が住み、
海には、アドミラビリスという半透明のクラゲ人間のような生命体が住む。
そして月には仏教風の姿をした月人が住み、そいつらは宝石達を攫おうと度々襲ってくる。
それぞれ人間の形をしているのは、人間を祖として、宝石が骨、アドミラビリスが肉、月人が魂と、性質をわけて継いだ存在だからだという。
元ネタで、仏教や七宝から着想を得たとのことで、
【インタビュー】上は少年、下は少女。性別のない宝石たちは「色っぽい」! 『宝石の国』市川春子【前編】 | このマンガがすごい!WEB
主人公のフォスは、その身に瑪瑙や金銀を継ぎ足しながら、見た目も少しずつ少年から青年のように大きくなっていく。
PVには成長の物語、という紹介があるが、確かに身体的には成長しているものの、
精神的に成長してるかは疑わしい。そこは後述としよう。
ここから全ネタバレあり注意で。
宝石達は、僧の姿の金剛先生をとても慕っている。
個性豊かな28人の全員が、自身の安全を省みない程に特定の誰かを好きというのは、通常有り得ないだろうが、
金剛先生には絶対魅了の固有スキルが搭載されているのだ。
月人は宝石達を攫いに来るが、本当の目的は宝石達ではなく金剛だ。
月人とは滅びた人類の魂が月にとどまったもので、肉体ではなく精神体で、
死後も成仏するということなく、月で何十万年かの死ねない時間をただ過ごし、享楽をやり尽くし、飽きて倦んで、無になりたいという。
金剛先生は、魂を無に帰すため、かつての人類が作った祈りの装置だという。
然るべき誰かに祈ってもらわなくては、涅槃へ行けないと。
だから、なにがなんでも祈らせようと、月人は金剛が愛する宝石達を攫う。
こいつらを返して欲しければ○○しな、というよくある卑劣な脅しをかける。
いや、天人みたいな清らか系のビジュアルのくせにクズ過ぎん?マジで。
ゴシップにしか興味のない大衆として描かれる月人たちには、
自力で悟り、解脱する。自力で涅槃へ至る、そのために修養する。
といった発想がこれっぽっちもない。爪の先ほどもない。皆無。
金剛がダメなら、自分で頑張るか~、とはならない。
有り余る時間を持ちながら、あくまでも他力に縋り、
見苦しい方向にばかり労力を費やす。
なにがなんでも他人に言うこときかそうという執念がこわい。メンヘラやばい。
まあ、宝石の国には基本メンヘラしかいないけどな。
他力でなく自力からの救済、健やかな成長といえる変化をしてるのは、
月に行ったほうのアメシストくらい?
後は全員どこかしら病んでるか、変化しない。
そもそも、宝石生命体たちは一個の完結性が非常に高く、過酷な環境に耐えうる体で生まれるので、
人間のように協調や複雑な思考、頻繁な変化を必要としない種であるようにみえる。
食事も生殖も必要ない、光だけで生きていける。
触れ合えば割れてしまうし、スキンシップもだが、群れることも本来は必要ないのでは。
結晶構造で出来た体はほとんど不死だが、しかし、
最高齢のイエローダイヤモンドの顛末を見るに、精神的な限界はあるようだ。
記憶や感情のあるレベルの意識が、どのくらい個の連続性、自我を保てるのか、
という命題に対して三千五百年くらい、というのは興味深い解だと思う。
三千年から五千年の寿命、といえば屋久杉やジャイアントセコイアのような巨木だろうか、
そういえば宝石達の特長はそのような植物に通じるところがある。
生態からするなら、宝石達は巨木のような心で生きる生命体のはずだ。
純粋で穏やかなことが自然な成り行きというか。
食料や生殖で競争することもないなら、他に優るための知恵も悪知恵も必要ない。
生まれてさえしまえば自己保存の本能をほぼ成就できるのだから。
喜怒哀楽の感情をもち、コミュニケーションを高度化し、過去の記憶を保持することは、
人間にとっては生存を有利にするための進化だけど、それは同時に負荷でもある。
脳の燃費をくう。大量記憶の保持はコストになり、同じことを繰り返すほどに感情は摩耗する。葛藤が生まれればそのストレスだけで死ねる。対人関係の調節ほど面倒なものはない。
現行の人間の意識レベルでは、例え不老不死の肉体があっても数百年も生きないうちに心が死ぬだろう。そして肉体も死ぬ。
記憶のリセットを導入するしかないが、だったら肉体もリセットでいい。
そのようにして現段階の意識には、数十年の寿命が妥当となる。
数百年、数千年の時を、自己を保って生きるには、それなりの心がいるのだ。
巨木のように偉大に凪いだ、全と個の統合を知る、五次元に達した心か、
古生物のように単純な、未だ全と個の分化に満たない、二次元に近い心か。
どっちかだ。
3~4次元の心のアップダウンの激しさに耐え続ける器などない。
宝石生命体たちも、いくら人間を祖にもつとはいえ、
あの生態からするとあまりにナーバスであり、またノイローゼなど精神的に病みがちなのは、
多分、金剛先生による初期教育というか干渉のせい。
人類に作られた金剛先生が、人間の文化や語彙で宝石を育てたことによって、
宝石生命体本来の心の形成が歪められているような気がする。
言葉も服も白粉も剣も、みんな金剛先生が好きで一緒にいたいから必要になったもので、
宝石生命体が手付かずで進化した時もそれらを得たかというとな。
金剛先生はそりゃもちろん善意と愛からそうしたのであり、低硬度の生存率など恩恵も大きかったろうが、
それでも個性に合わない教育というのは禍根になるものだ。
さて、95話でそのように己の存在に苦しむ金剛先生はその役目から解放される。
フォスが「壊れろ」と命じたことで機能を失い、他の宝石とともに月へ運ばれ精神体に変換される。
金剛先生は、重い任から解かれてかつてない晴れやかな笑顔だった。
初期フォスの「先生が好きだから、助けたいんです」が、そんな形で叶った皮肉がつらいわ。
95話あたりは情報量がてんこ盛りなので、疑問をひとつずつ整理していこう。
- フォスが金剛の引継ぎ完了するのが一万年後って、
イエローが3500年で壊れるのに他の宝石達のメンタルはもつのか。
→だからこその全員月人化。精神体にとって時間の長短はさしたる意味をもたない。
フォスには身体性を伴う長い時間でも、月人には長めの夢のようなもの。
→フォスが途中で壊れても、イエローの前例から治療法ができていると。
- 数百年で「宝石を月人化マシーン」を作り上げた天才アメちゃんが、
「月人を無にするマシーン」金剛弟機を開発する可能性。
→アメちゃんが月人化しないほうが可能性はあったけどワンチャンある。
- フォスの頭と足、ラピスの体から月人が生まれてる可能性。
→ラピスやゴーストクォーツはともかく、
かわいい頃のフォスが生まれて皆と一緒に月で楽しくやってたら、
どういう気持ちになればいいのか。作者は読者の心に棘を刺す天才か。
- 策にハマり、地上に置き去りのフォスに有り得る救済。
→翻訳能力でアドミラビリスと仲良くやる。
→翻訳能力で流氷と仲良くやる。
→一番救いになりそうなのは、海岸の岩壁から産出する、新しい宝石ちゃん達と仲良くやる。多分だいたい百年に一体は生まれる期待値だ。
瑪瑙、金、ラピス、真珠、水銀、金剛などを取り込み、体積を増していったフォスフォフィライトは金剛先生とさして変わらない体格まで大きくなっていた。顔も鼻筋が通って似てくる。
いや、全方位に甘ったれで、だから誰も付き合いきれなくて、
それを裏切りだと受けとめてしまって、
どん底メンタルのフォスが教育者とか指導者とかダメな感じしかしないか?
でもフォスは、変わることだけは得意だ。
誰かになんとかしてもらう、という他力本願のスタンスしかなかったフォス。
先生にお願い、カンゴームにお願い、エクメアにお願い、と誰かに依頼することしかできなかったから、この結末になってしまったけれど。
自分が責任をもって世話すべき誰かを得た時、
自分でなんとかする、という自力への転換が起きた時、この物語は明るい方へ向かえるかもしれない。
月人が襲ってこない島で、金剛先生のようなチートカリスマのないフォスなら、
宝石生命体がありのままにゆるゆるで生きる環境ができるのかも。
それはきっと静かな森のような、無の安寧や涅槃に近い世界のように思う。
いや、違うか。
フォスの末っ子気質は根っからだ。周りに誰かがいれば必ず頼る。
だから、まず孤独が必要なのだ。
一人になって自分を見つめて、自分からなにかを始めて、それを積み重ねていくことが。
そうだ、あの子1話から任されている博物誌を放りっぱなしじゃないの。
あれもまずシンシャにお願いしに行ったもんなー。
そんでヒントは貰ったのに一行も書いてないっていう。
目の前のことをやらずに、なにかでっかいことができるはずという根拠のない自信のまま突っ走った結果がこれだよ!
「僕の仕事はあなたを祈らせること」じゃねーよ博物誌だよ最初っからよぉ!
でもそうね。人生の答えって、スタート地点にありがちだよね。
波乱万丈の紆余曲折の挙句、子どもの頃の夢を再発見しがちだよね。わかる。
あー。でも暴走もわかるわ。若い頃あるあるだなー。
ビッグになりてーつって、ミュージシャンか俳優志望で上京する青年が結局ヒモに落ち着いて「俺は本当はすごい!なんで俺を認めない!世の中間違ってる!」と言いつつ、女を殴って金をせしめて・・・みたいなよくある話。
まあ、うん。
自省、内省というならば、自分の心を文章にするのも適している。
ダイヤモンドの「この気持ちに名前をつけて、名前がつくと少し安心でしょ?博物誌はあらゆるものを分類するものだって…」というのがあるが、
まさに。
荒れ狂う気持ちに名前をつけて仕分けていくと、すべての根にある問題が見えてくる。
フォスの問題というと、承認欲求や疎外感かな。
一万年の執筆時間があって、
金剛の膨大な記憶を引き継ぎ、他種と意思疎通し、
更にフォスには金剛のような禁句のリミッターがない。
いかなる巨大構想の博物誌も書けようというものですよ。
今度こそ、地道にコツコツで博物誌を編み、新しい宝石たちと新しい国をつくる。
さすれば、欲した幸せはそこにあったと気がつくだろう。
たくさん間違ったからこそ、善い先生になれることもある。
金剛先生は物覚えがいい、フォスの報告をずっと待っててくれてるのだ。
よし、これでフォス救済・博物誌提出ルートの妄想は完了。
心穏やかに連載再開を待つことができる。
あとは蛇足。
先生、指導者といえば、月のボスはエクメアだが、
彼は実に政治家的だけど、指導者や教師らしさは無いな。
民を見捨てることこそないが、愚民と見限っている。
成長を期待しない、理想を示して導くということがない。
科学や服飾の専門職がいるのに、宗教家や哲学者向きの人がいないことある?
しかしまあ、月人全員がほんとに自力で解脱する見込みがないクズだったとしても?
いや仏教では万物が仏性を備えると説く、存在するという指向性は無限から生じ無限へ帰する一瞬の幻だ。
どんな魂であれ悟りに至るのは、最終的には確定事項でFA。
宝石達は粒揃いの一級品だ。
アメシストだけじゃない、ボルツ、カンゴーム、パパラチア、ルチル、ゴーシェ。
何かを強く求め、変わっていこうとする資質や気概のある者も多い。
無へ至るメソッドを、彼らが先に発見することも十分に可能性としてあり得る。
シロ犬でさえ、満足すれば消失すると描かれていたではないか。
全力で生きた実感があれば、未練なく終わることができる。
善く死ぬには、いい人生だったと言えるよう生きることだ。
生が成就したと正覚すれば、涅槃は成る。
他力本願だから、
自分の生や死さえ誰かに与えて貰おうと口を開けて待ってるだけだから、
何十万年の時間さえただ過ぎてしまう。
どこかで自力にシフトしないと駄目だな。先へ進めない。
やっぱり全員まとめて精神体になるのは早計だった気がするなー。
ユークレースの事勿れ主義は地味にギルティ。
宝石の体、物質の体、肉体があってこそ変化は劇的で、確実さをもって現れるものなのだ。
間違えれば病み、日々様々なケアを必要とする肉体を養うこと、
身体の訴えることから自然の在り方を察し、
思考を身体で出力して精査していくこと。
多くを学ぶため、魂は肉体を纏って生まれる。
自力も他力も個も全も、順序をもって経験し変容していく。
すべてはいつか無へ至り、そこへは何も持ってはいけないけれど。
識を深めるほど有限の世界は豊かになる。
そうして無限と有限の表裏一体もまた果てしなく紡がれていくのだ。
色即是空 空即是色
DVDコンプが買いごろプライス
公式図説再販もよきよき。
宝石達は一様に130cmくらいの少年の姿で、金剛先生は2mくらいありそう。
フォスだけが色々取り込んで大きくなっていくのだ。
なんかこう、ギムナジウムものっていうの?
少女漫画の系譜も感じるよね。病みがちなメンタルとか悲劇とか。
耽美で閉鎖的な全寮制学園のあれ。CLAMP学園とか。
SF要素も11人いる!とか、萩尾望都の影響は偉大だな。
風と木の歌、youtubeで全部見れるんだぜ。
作画班も声優もレジェンド。榊原良子・塩沢兼人・速水奨の若い声、めちゃ貴重。
そしてyoutubeといえば、
二次創作のレベルが異常に高い宝石の国。
これアマチュアなんだぜ?日本のオタクはクレイジーだな!hahaha!
美しいキャラが可哀想なことになる展開が多いので、
心に刺さった棘を二次創作に打ち込んで解消したい気持ち、わかりみ。
次元の意識について。
お題「#この1年の変化 」