ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

白蛇伝 ~いにしえのアニメのススメ~

あけましておめでとうございます。

 

今年は巳年ということで、

ジブリ好きなら観ておきたいアニメ「白蛇伝」がYouTubeで期間限定無料公開あざっす!ありがとうございます!!

 

いや~。

冒頭から社長のスピーチが始まった時はびびったけどw

そういう時代背景も含めて鑑賞したいよね。

今のアニメとノリが全然違ってるけど、

こういうのが原点で、ここから日本のアニメが始まったんや!っていう。

 

主人公男女の美しさは時代越えて見惚れるものがあったな~。

白娘の横顔のラインがうつくし過ぎる。この絵柄をリバイバルしようぜ・・・!

 

この時代のアニメとなると、どうしてもあちこちにディズニーぽさというか影響があるのだが、

主人公男女の造詣にはアジアンな美意識があって、そういうオリジンを大事にしていきたいと思えた。

 

 

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『白蛇伝』はこうして生まれた | スタジオジブリ 非公式ファンサイト【ジブリのせかい】 宮崎駿・高畑勲の最新情報

 

 

現代のアニメ漫画に慣れてると、

ストーリー展開やテンポが冗長というか謎が多いというか、

マスコット動物のダンスみたいなアニメーションに尺をとって、

登場人物の行動原理や内面はほとんど描写がないので、

飲み込みづらいところもあるかとは思うが、

 

まあ、自分はこういういにしえのアニメも割と履修しているので、

そんなもんだと思って見れた。

 

 

YouTubeでこういうのをいくつか見ると、後はオススメに出てきたりするので結構楽しく観てる。

いにしえのアニメはいいぞー。

さすがに一気見はキツイから酒飲みながらとか作業しながら観るけどw

 

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ナーザの龍王退治 1979年の中国のアニメ

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山水情 動く水墨画。1989年。もはや中国でもロストテクノロジーの素晴らしすぎる美の世界。

 

 

そういえば、

幼少時にディズニーのファンタジアとかも鬼リピしてたからな~。

あれを脳に刷り込んでたから、このノリについていける素地があるなら親に感謝よ。

 

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このあたりの時代のアニメは中国製でもソ連製でもディズニーでも、日本語音声がなくてもなんら問題なく内容を理解できるものだった。

もうちょっと昔の白黒アニメ時代は無声映画だった名残りというか、

白蛇伝でもそうだ。

森繁久弥宮城まり子が二人でナレーションも含めてすべてのキャラの声を演じ分けているが、

ナレやセリフが無くても全然問題なく内容がわかるし、

分かるくらいのことしかしてないともいう。

単純といえば単純で、表情や動きだけで表現できる以上に込み入った心情の表現とかの文化は無い。

 

やっぱ古典や演劇を参考にアニメをつくりはじめたからだろうな。

白蛇伝は影絵の人形劇の前日譚から始まるが、

アニメに初めて触れる視聴者にむけて、アニメは影絵人形劇の系譜ですよと紹介する導入でもあったのかも。

後に映画の影響や小説とかを原作にするようになってからの心情描写も発達していったのか。

 

なので現代のアニメっ子としては、視聴後にキャラの行動原理に謎が残ったりするっていうね・・・。

法海のおっさんはなんであそこまで執拗にジャマしてきたんや・・・みたいな。

 

 

 

そもそもでいうと、

白蛇伝ていうのは中国では色んな異説がある民話の型で、

あらすじ以降の展開は地域によって様々に語り継がれているという。

まあ、ハッピーエンドはやっぱ近世の作らしいけど。

 

で、それは日本にも伝わってて、

雨月物語の「蛇性の婬」とか、「道明寺の鐘」みたいな物語になっているわけだが。

 

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水木しげるの道明寺の鐘

 

どの話でも蛇の精とはたいへん執拗で恐ろしいものとして描かれるので、

そうすると対抗する僧侶のおっさん頑張って!魅入られた美青年を助けて!となる流れがあるのだが、

白蛇伝の白娘(パイニャン)は正体は蛇ではあるものの、ひたすらに健気で恋する乙女なので、

法海のおっさんが二人の恋路の障害にしかなってないっていうw

 

まあまあまあ、ハピエンを前提に白娘の属性を善に寄せたから、

それで善悪が反転しておっさんが老害ムーブみたいになっちゃったのかね。

妖魔絶対許さないマンなだけで、人間サイドからすると正義の味方なんだが。

 

 

またそもそもの話をすると、

異類婚姻潭においては、女性側が異形の場合は子どもが生まれたりする物語も多い。

男性側が異形の場合よりはいけるやつなのだ。

 

日本アニメの原点が異類婚の物語とは、

そら宮崎駿もケモナーの癖をこじらすし、その後HENTAIの国にもなろうというものよ。

ja.wikipedia.org

 

 

しかし白蛇伝の後半の展開、

蛇の精が竜王に願い出て人間に転生する、というのはかなりぶっとんだ改変だと思う。

それは古典の発想ではなく、

アンデルセンの人魚姫みたいに、近代に入ってからの物語だと思う。

 

てか王子様の命を救って、結ばれれば人間になれるというのは、

まあほぼほぼ人魚姫から借りてきた展開だよな。全然いいけど。

 

白娘は宇宙の赤い星まで竜王に会いに行ったが、

中国の伝承、西遊記や哪吒の竜退治とかにみる竜王の居城というのは海中にあるものだ。

いわゆる竜宮城。

 

日本で竜宮城っていうと想起するのは浦島太郎と乙姫になっちゃうけど、

そもそもは四海竜王とかが住んでるイメージのとこなのだ。

 

なんで宇宙という設定にしたんだろうね?

まあでも力を失って幻になった白娘が向かったところと言うなら精神世界とか幽世、あの世っていう解釈でいいのかもな~。

 

竜王のおわす場所というなら普通に海でいいと思うし、

その後結局、人魚姫や竜宮の設定に引っ張られたのか、

侍女の小青(シャオチン)が水底の巨大ナマズに力を借りるという展開になる。

 

もうその大ナマズさんはほぼ竜王と同一のやつだな。

蛇や魚の精では、僧に勝てるという道理が無い、そういうイメージが湧かなかったので、

竜や大鯰という上位存在の力を借りることにしたわけだ。

パパ助けて~が使えるのは女子の特権ともいうw

 

嵐を呼んで波をざぶざぶやりあうバトルもアニメ的な見せ場として良かったと思う。

その前の白娘と法海の念力合戦も悪くはなかったけど、絵面のハデさがな。

 

いや、バトル描写というなら、パンダ無双が一番意外でおもしろかったかw

本筋にはほとんど要らないああいう場面に力が入ってるのが今のアニメと感性が違うよな~。

 

パンダ&レッサーパンダのコンビは美青年・許仙のマスコットだが、

原作には一切登場しないキャラクターだ。

 

パンダとレッサーパンダ、あとイタチとアヒルとネズミとブタの港の愚連隊もそう。

アニメーションの見栄えというか楽しさのために追加されたキャラだと思うが、

 

昔のアニメ漫画にはマジでああいう賑やかしの小さいのがついてくるっていうお約束があった・・・。

なんの疑問も抱かないくらい、そういうもんとして当たり前にいた。

 

っていう話をこないだ少ししていた記事

inspiration.hateblo.jp

 

ただ、

白蛇伝においては積極的に活躍するのは主に白娘であり、

白娘がマリオで法海がクッパなら、

許仙がピーチ姫のポジションというか。

 

許仙は基本的に受け身のヒロインみたいなキャラになっているので、

動かない彼の代わりにパンダとレッサーパンダがあれこれとアクションして物語を転がしてるという感じにも見える。

まさにマスコット(護符・使い魔)である。

 

ラクリの竜を乗り回し、港の荒くれ野郎どもをぶっとばす武力と胆力を主人公の許仙くんが備えてても有能で面白かったんじゃないかと思うが、

美女と見紛うような線の細い系の美青年だからな~。

 

白娘と惹かれあうくだりも、笛と胡弓の掛け合いという雅なものだった。

そういえば「夜に口笛を吹くと蛇が出る」という俗信があるが、

それをふまえての笛というチョイスだったのかもしれない。

 

 

白娘は竜王に願い出て、人間になるのと同時に命の花を持ち帰るわけだが、

「異なる世界から霊薬を持ち帰ってくる」というのは英雄譚のパターンでもあるな。

こないだのジョーゼフ・キャンベルの100分で名著でやってたわ。

 

 

変若水 - Wikipedia

 

また、不死の霊薬は中国では金丹ともいうが、それは金色の蘭のような花として描かれた。

蛇性から人間になった白娘も服がからに変わっていた。

 

不死の霊薬と蛇、というのも時々見る取り合わせのモチーフだ。

蛇というのは脱皮をくりかえす。それを死んだ体を脱ぎ捨てて新しく再生するというふうに見立ててきたからな。蛇=不死、あるある。

 

不死の蛇性であった白娘を、

死にゆく身の人間と、不死の花のふたつに分けた、という感じもする。

 

ま、だからってそれを与えられた許仙が不死や蛇になるわけでもないだろうが、一度は甦ることができたと。

 

しかし、白娘も許仙もどちらも一度ほとんど死んでいる、というのはなんとも言えない筋書きだと思う。

 

白蛇伝のラストでは、今まで彼らを慕ってどこまでも尽くしてついてきてくれた小青にもパンダコンビにも別れを告げて、

白娘と許仙は船に乗って水面の彼方へ去っていく。

 

なんかいかにもそれでメデタシメデタシ的な雰囲気を醸しているが、

いかに愛しあう二人の新生活であっても、

あんな貴族然とした夫婦の暮らしになら侍女やペットがいてもおかしくないだろうに。

なんで皆で仲良く暮らしましたエンドではないのか。

 

死と再生を経た男女は、

もはや現世に馴染まぬものとして新たな世界へ船出した、という感じなのかな。

 

トラブルを越えても元通りとはならず、新たなフェイズへ移行する。

なんか切ないようなモヤッと考えさせられるような結末なのは、

宮崎駿の世界に受け継がれているマインドな気もした。

 

 

まだ色々考えてみたいし、結論に辿りついた感がしてないのだが、

とりあえず公開期間に限りがあり、この土日にでも少しでも誰かに見てもらいたいので

一回記事はアップしとく。追記はきっとする。

 

 

 

※追記

 

ていうか、戦後まだ10年っていう時代の感性を考慮するべきラストなのかもな・・・と思った。

 

死が、理不尽で過酷で突然の死が、麻痺するほど周囲に溢れた地獄がようやく終わって、

なんとか立ち直っていこうとする人々の心から生まれた場面がああいう形だったのかもなと。

 

許仙は幻を追って崖から落ちて死ぬ。

恋人の後追い的でもあるが、劇的な意味に欠けるちょっとマヌケな死だ。

「それで死ぬんかーい、唐突で草w」くらいの感想の死。

でもその後の死体がまじで死体の蒼白さでなんとも妙にリアルで、

 

無意味に人が死に、その描写は見慣れてしまった詳細さっていう。

それが当時の人にとってのリアリティであり、

 

愛を訴えて命の花が与えられ、死から甦るのは、

身近な人を失った誰もが渇望しフィクションの中に求めた救いであり、

 

でもやっぱり、現実ではどんなに望んでも死者が甦ってともに暮らせる生活は戻らなかった。

手向けの花を贈り、死者は死者の国へ、

朝靄の海に去っていくエンドを描けるようになるまでの時間が十年だった。

 

とか。

いや、その気持ちがわかるなんて言えないけどな。

 

どうも三途の川を渡っていく感のする絵面にしか見えなくてさ・・・。

 

っぱ、その時々の人々の感性に寄り添ったからこその名作っていうのもあるから。

 

 

 

そこから目覚ましい復興を遂げるのも、平和ボケて倦むのも、あっという間だ。

時代も人の心もどんどん移り変わっていく。

ほんの数十年前のことを思い遣るのさえ資料と想像力が要る。

 

今年は、どんな年になるのか。

五年後十年後には、今からでは思いもよらない常識が人の心を占めているのではないか。

 

それもきっと、あっという間だ。

 

だから、今自分を苦しめている考えに囚われないことだ。

「どうして自分だけ」とか「こうでなくては」と拘っていた事なんもかも、

そのうちどうでもよくなっていく。

なら、今ここでどうでもいいやと手放してしまってもいいのだ。

 

融通無碍

 

握り締めていたもの全てを手放した手、

荷物を持った硬い拳ではなくて柔らかく開いた掌でこそ、

新しいなにかを掴むことができる。

 

柔らかく開いた手のような心、

それが在るべき唯一の正しい姿勢だ。

 

全てを失った時、全てが解る。

 

なにも要らないと思う時、

真に満たされていることができる。

 

 

 

 

 

 

When all is lost, then all is found

- YouTube

 

 

あとついでだから、YouTubeで見れるいにしえのアニメのオススメも貼っとくことにする。

てか逆にオススメあったら教えてください。

 

アニメ鑑賞が趣味ですと言いたければ、こういうのも見ておくとオタクやマニアとしてのガチ感に深味がでるというもの。

 

クオリティ高いと時代を越えて誰かが伝えようとしてくれるんだよなあ。

こうやって文化とは継承されてゆくのかもしれぬ。

気になったら公式で課金して見てね・・・!図書館にもあるところにはあるはずだ。

 

 

 

www.youtube.com

ジャンピングも全編公開の時期が過ぎてるな。

ジャングルや戦場や地獄までジャンプして、最初の場所に戻ってくるというオチまである。

 

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AKIRAも年末に公式無料期間あったよな~。

複数の公式アニメチャンネルを登録しとくと時々そういうのオススメされていいぞ。