なんかYouTubeショートにまどマギが流れてくるなと思ったら、
TVerで実況付きで配信中らしい。
劇場版「ワルプルギスの廻天」公開が近づいてきたから、
最初のTVシリーズ12話をブラッシュアップしたバージョンを放送しているのだそう。
まどマギはリアルタイムにニコニコで見てた勢だが(懐かしい
実況付きもなかなか新鮮な気持ちで見られてよいものだ。
なにも知らないご新規さんがマミさんがマミったのを見た時のリアクション、マジ愉悦。
ね~そうなるよね。「えっ」ってなって気持ちが追いつかないよね。「待って待って待って」ってなるなる。うんうん。
ミーム化した「マミった」を知らなくて、アニメ視聴を楽しめる層というのもなかなかに貴重な人材だ。
そんでそこから毎話どんどん絶望の設定が明らかになって、
まじであのわけがわからない煽りカス営業饅頭を都度ボコりたいよね・・・。
狩野英考の実況付きでブラッシュアップ版を観ていくのも楽しみだが、
毎週更新なんて待てないオタクの常でつい初期TVシリーズをおさらいしてしまった・・・。
12話なんて一徹すれば観れちゃうんだ・・・。
ってかこれ24話でも全然いけた情報量だよな~、設定も美術も楽曲もすごいなんてもんじゃないよ途方もないよ??
それをぎゅぎゅっと12話に濃縮したのもすごい。気持ちが追いつかないのに目が離せないっていう怒涛の感情体験がもう絶望と希望の相転移を追体験してるのよ、視聴者の鬱と熱狂のパワーで宇宙の寿命延びただろコレ。
で、
まどマギ考察はもう各所でやり尽くされてると思うので、
履修済であることを前提に「体癖」という視点で各キャラクターの造詣と関係性を観て学んでいこうかなと。
鬼滅の刃でもやったけど、
アニメ漫画のキャラ、架空の人間像で体癖を観ていくのは、
ナマの人間を相手にするより先入観なく観れて、体癖という概念に慣れるための演習によいものであり、
また体癖を応用することでキャラクターの行動原理をより深く理解でき、能動的に物語にアプローチしていける、
とても楽しく実利ある趣味なのだ。
っていうか、まどマギが有名コンテンツ過ぎて、
当ブログ読者が履修済みである前提で記事を書いたこともあったのだが、
まあ、今回ちゃんと12話見なおしてまとめてみようということで。
TVer版も追って、劇場版「叛逆」もまた見て、追記してく予定で!
いつもの体癖まとめイラスト(自作

ではやはりトップバッターはマミさんから。
巴マミ 5種体癖
器用で万能、視野が広く他者の人柄をよく把握する現場指揮官タイプ、
しかしメンタルが弱く、危機的状況になると真っ先にイモを引く裏切者。
リアリスト過ぎて、詰みが見えたら諦めてしまうのだ。プレッシャーにも弱い。
「みんな死ぬしかないじゃない」は衝撃だったが、
体癖を知るとそれはあまりにも典型的な5種ですマミさん。
今回おさらいして気がついたのは、
「察しが悪いわね、見逃してあげるって言ってるの」とか
「話し合いで済むのは今夜だけだろうから」とか
マミさんかっけー強キャラ感~と思ってたセリフって、
実のところ争いとか直接対決を避けたい感性の言葉でもあるなって。
5種は戦うことに快が無い。利の無いことはしたがらない。
格上感を出しつつ相手を退かせる手腕は見事で、
交渉術や戦略的撤退は5種体癖の最も得意とするところだ。
5種は人がいるとワイワイしているが、独りになると寝てしまう。と
野口晴哉の本にはあった。孤独耐性が無いタイプだ。
ソロプレイよりチーム戦に向く気質なのに、
魔女より魔法少女をヒットする時の方が輝いている脚本の皮肉よ。虚淵玄に人の心はないのか。(無い
美樹さやか 4種体癖
残念さやかちゃんでした。
さやかはコレという決め手というよりは、
「あたしだけは自分のために魔法を使ったりしない」
ていうか、つまり自分がああしたいこうしたいと思うことが苦手なところ。
利己的になることができず、自己主張ができず、
利他的になり過ぎて疲れて病んでしまうという流れが4種っぽい。
4種の人というのはめっちゃ気をつかっておもてなししてくれるのだが、それに気がついてもらえないと病む。
気がついてほしくて言えなくて、ますます尽くして泣いてのループになりがち。
控えめは美質かもしれないが、
察してちゃんなのが4種のめんどくさいところだ。
野口晴哉の著に「女である時期」があるが、適齢期の女性は基本が何種であれ4種性を増し、この4種的思考パターンを通りがち。
電車の腐れホストに搾取される女性の話があるあるなのは、人体的必然・・・。
あと4種キャラにはヒーラー適性あるがちよな、いわゆる癒し系な人だ。
あと、他者の感情の機微に聡い。
「どうしてかなぁ…ただ何となく分かっちゃうんだよね…あんたが嘘つきだって事。あんた、何もかも諦めた目をしてる。いつも空っぽの言葉を喋ってる。今だってそう。あたしの為とか言いながら、ほんとは全然別の事考えてるんでしょ…誤魔化し切れるモンじゃないよ。そういうの」
で、「あなたって鋭いわ」って言われてるとこ4種っぽい共感力の場面かもなーって。
佐倉杏子 7種体癖
武器が槍で突撃というスタイルや、いわゆるツンデレキャラという属性からすると9種を思わせるのだが、
あんこがさやかに初見で襲い掛かってきたのは、
まずは一戦交えてから関係性を決めようとする、初手でマウントして力による上下の関係を築きたがるのは体育会系な7種の気質かなって。
殴りあって分かりあいたい、拳で対話するタイプ。
乱暴迷惑だが悪気はなく、力試しを楽しむ人なのだ。
表情を見ても、直線眉がきゅっとあがって笑みをうかべてる印象があるが、
それは7種らしい好戦的な顔つきという気がする。
で、7種は初対面では一悶着おこしがちだが、心を開いて身内になれば一番情に厚い人でもある。
心中、というのは7種の行動パターンではないけども、
仲間を最後まで見捨てない人というのはそう。
さやかが魔女になったのを見ても諦めず行動した。
誰もが竦んでしまう危機的状況で、最も積極果敢に行動できるのは7種の美点だ。頼もしい。
裏設定でいくと、
杏子はさやかを人間に戻せないと悟った時点で絶望→魔女堕ち不可避なので、
あれは心中でもあるが、魔女化よりマシな最期を選んだともいえるらしい。
メガほむとクレイジーサイコほむらの落差、改めて見るとCV斎藤千和マジすげーってなった。
悪魔暁美ほむら 9種体癖
だいたいおほむがコミュ障なのが何度繰り返してもうまくいかない原因な気がしてきた(名推理
努力の方向性がさー・・・、
誰もあてにせず独りでめちゃくちゃ武装する っていうのがね・・・。
どうやってあんな兵器調達してくるのやら。米軍基地に・・・?
9種はコミュ障というか、最初は警戒心が強くて打ち解けるまでに時間がかかるタイプだ。
喋るのはそもそも苦手か、自分の思うことだけマシンガントークしがち。
相手との気持ちのキャッチボールみたいなことがヘタがち。
「誰にも信じてもらえない」ということだが、
キュゥべえは基本的には聞かれたことに嘘は言わないので、
ほむらが魔法少女の皆の前で、
ソウルジェムや魔女化の仕組みについて、
キュゥべえと質疑応答、キッチリ問い詰めるというシチュエーションをつくれば対ワルプ戦フルメンバーもワンチャン可能な気もするのだが。
マギレコではそれをやった魔法少女もいたという話だが。
まぁ信じてもらえたらマミさんが真実に耐えられないBADENDか・・・。
でも杏子は耐えられるはずだから・・・、とか
なんかそういう人間関係の複雑さをうまくまわせないのが9種だよな。
各人の気質にあわせた対応や言い方というものが潰滅的にわからんちんというか。
さやかを襲った杏子に「話が違うわ」って言ってたけど、
7種なんて単純脳筋の一番シンプルでわかりやすい性格だろうに、何周してもその行動パターンが読めないのかっていう・・・。
ほんとまどか以外眼中にないっつーか、
人間関係に器用さがなくて、いつでも真実一辺倒で突破しようとしたんだろうな。
そしていわゆるループもの、同じ時間を延々と繰り返すという感覚、それに耐えられる感受性というのは9種独特のものだ。
創作物をみてもシュタゲとかリゼロとかのループ系の主人公は9種みがつよく、
そういう物語を思いつくのが9種みがある作者ということでもあるかなと。
9種体癖の人というのは何十年も前のこと、その時の感情をまるで昨日のことのように鮮やかに話す。
「一生恨む」という脅し文句がレトリックじゃないガチなのが9種。
9種の感情に時間薬というものは無い。
9種の体の癖は、開閉する骨盤をぎゅっと締めることだが、
その身体感覚で感情や記憶もぎゅっと締めて固定してしまうのだ。それは一生でも保たれる。
決意した初期動機も、それが叶うまで何十年でも保ち続けていられる。
飽きず倦まず弛まず、モチベおばけになれる。
9種にクレイジーは褒め言葉(しろめ
鹿目まどか 10種体癖
まどかは終盤まで能動的に行動しないのでわかりにくい。
まず自己肯定感がやけに低いのが気になったけど、
わりと裕福で幸せそうなご家庭で育っていて、
「なんの取柄もない、誰の役にもたたない」なんて
父母ともに娘にそんな言葉をつかうような人には見えなかったので謎の人格形成だったのだが、
ほむらが魔法少女になる前の、
ループする前の世界線ではまどかは溌溂として、言葉の端々に自分への信頼がある子にみえた。
あれが本来のまどかのパーソナリティであり、
ほむらの願いが「彼女に守られる私じゃなく、彼女を守る自分になりたい」という、
「守る」という軸において両者の立場を反転させるような言い方だったがために、
ほむらが強くなるほど、まどかが弱くなってしまうというか、
無数の可能性のなかからよりそういう平行世界へ遡行していったということかな・・・。
一周目のまどかのおおらかさ、ナチュラルに他者を引き受けていく態度は10種らしくみえた。
そうすると、1話でも白い小さい知らん動物(血塗れ)をためらいなく抱き上げ「この子を守らなきゃ」というところでは意志表示がいつになくクリアだったし、
そもそもほむらと知り合う前に魔法少女になった時の願いは、オープニングで抱いている黒猫(飼い猫ではない)を助けたい、というものだったという設定がある。
小さきものを庇護するのはもちろん普遍的な美徳ではあるのだが、
それが偽善でもお題目でもなく、人生かけた過激派でありえるのが10種体癖だ。
10種は骨盤を開くという身体の癖がある。
その姿勢は、両手を広げてどこまでも手を差し伸べてやりたいというような遠心的な感受性を発生させる。
悪くすると、多頭飼い崩壊とかやらかすタイプ。
庇護すべき(自分の子)と直感したものはなんでもかんでも、自分の能力以上にでも引き受けたがる。
「あなたは優しすぎる、その優しさがもっと大きな悲しみを呼び寄せることもある」
というのは10種への忠告として至言。ほんとそれな。キャパ考慮してもろて。
この物語の結末も、
過去未来すべての魔法少女を、という規模で他者を引き受けようとして、
何百何千人の結末を手動で引き受けるという人間の器では不可能な所業を達成するために、
まどかは、神に、理に、宇宙の法則に、人間の器以上の高次元の存在へシフトしてしまった。
9種10種の感受性の描写のリアリティから、
脚本の虚淵玄の体癖も知れようというものだが、
まあなんていうか、
やりたいことを全部やろうと思ったら、人生が一回でも十回でも足りないっていう感覚の人なんだろうなって。
テレビシリーズ12話では、
9種ほむらの「一度思い込んだことを変えられない執着」という欠点と
10種まどかの「周囲の弱者を無限に世話したがるが、身内の扱いが雑」という欠点が、
これでもかってほど発揮されて、ほむらとまどかの願いはすれ違って終わり。
9種の時間的スケールの恒久さと10種の空間的スケールの遠大さで、まさに宇宙規模となった壮大な痴話喧嘩は劇場版へ持ち越されることになったのであった。
叛逆へ続く。
いやー・・・
10種の感受性からすると、マミさんやさやかのようなメンタルに弱さのある人に寄り添ってケアしてあげることが快であり自己実現の方向性であり、
ほむらのような一度決めたら百回でも繰り返せる意志が鋼の人は一番ほっておけちゃう相手なんだよな。
より遠くより弱い者ほど好ましく、より強くより親しい者ほど気にかけなくなるっていう。
つまりまどかは、おどおどした病弱転校生メガほむのことはほっとけないが、
ベテラン感を醸しだし「彼女を守れる私」となった最高の友達暁美ほむらさんのことは、その、あんまり・・・。
有能で100%自分を慕ってる相手なんて、10種にとっては最も後回しにしちゃえるタイプじゃんっていう・・・。
あああ皮肉過ぎて頭おかしくなりそうwww
で、
あと、描写の多い人物といえば
まどかの母と仁美とか、キュゥべえか。
鹿目詢子 1種体癖
まどかの母には、初見から同族嫌悪を感じていた。
基本的に上から目線で、しごでき風で、言いたいこと、それらしいことをズバズバ言う。
しかし、彼女は魔法少女の事情のことはなにも知らず。
いかにも確信あり気なのに、実はなーんもわかってない。
という恥ずかしいやらかしはブロ主もやってそう過ぎるので、
読者諸兄はそのつもりで眉にツバつけて話半分で読んで下さい。
狩野英考がペラペラ語る母に「深い・・・いややっぱ分かんない、どゆこと???」
というリアクションだったのは実に賢明で、身につまされる思いでした。はい。いつも知ったかしてごめんなさい。自覚があるからとて体癖というのは如何ともし難く・・・。ブログで書き散らかすことで昇華できているのか、欠点を拡大しているのかもうこれわからんね。
まあ、「若いうちに間違っておきな」は一般論としては含蓄あるもので、
有能な母は娘をフォローできる自信があるからそう言うのであり、それは親として大人としてかなりの成熟であり度量なのだが。
この場合はな・・・。
魔法少女の契約はフォローもリカバーもできない、即人生終了してしまう致命的な間違いであり、
それはこの社会とあの母にとってまるで想定外の事態であって、アドバイスは的外れといわざるをえない。
あの場面は、あれほどのちゃんとした大人、子どもを守り導けるはずの大人ですら、
少女たちの抱える問題に干渉できないのだ、という断絶をあらわしている気がする。
まどか母は、それっぽいアドバイスならいくらでも口からでてくるが、
娘の本当の気持ちや隠し事はわからないタイプ。
そして、娘が正しいと思えば、親としては引きとめるべきところを送りだしてしまう。
常識的に考えて、災害時に「警察と消防に任せな」というのはマジでそれ。中学生の女の子を避難所の外に出していいわけがないのに、
1種体癖というのは毀誉褒貶、「正しさ」に弱いところがある。
情より理の感性ゆえに、
親子の情より娘の唱える「正しさ」らしきものを優先してしまう。
いや逆に
中学生の娘が、的確に母親に刺さるワードをチョイスしているほうがヤバいのかこれ。まどか自身の行動原理は「正しさ」ではないのに。
まどかは母を尊敬してもいるが、母を効果的に説得するには、思い通りに動かすにはなんと声をかければいいのか、
目の前にいる人の心にはどんな言葉が響くのか、なんとなくわかるのだろう。
この、人を使う際の恐るべき勘の良さは10種の才能の萌芽ではあるまいか・・・。
多くの人をまとめたり導いたり育てたり、10種はお館様リーダー適性がある。
で、
キュゥべえは人間の感情をもたない地球外生命体ということだが、
あえてこじつけるなら、あれも1種体癖らしい感性をしてる。
つまり情より理、だ。
いや利かな。
エネルギー回収という目的のために、年端もいかない子どもの心に追い込みをかけ、開示責任を果たさず契約をもぎとる。
人の心があったらできない鬼畜の所業だが、
この人の心のなさ、ひいては人間関係への無関心さ、上位存在かのような視座の高い物言い、というのは1種の感性だ。
煽りカスなのもまぁそう。余計な一言を言いがちなのあるある。クリティカル率もそこそこ。
クラピカ並みに普通の会話で意味もなく相手をピキらせがち。
クラピカも復讐の大義名分に生きる1種体癖

なんだろーね、攻撃的なつもりがなくても、ちょっと機嫌が悪いだけでそういう言葉が口から出るのを止められないというか、思考と感情と言語が直結してる感がある。
だいぶ我慢できるようになったけど、若い頃はトラブルにもなったし毒舌キャラとして許されてもいた。
鬼滅の刃では無惨様が「私の殺しは大災と同じ」「鬼狩りは異常者だ」というが
それは「どうして単一個体の生き死ににそこまで大騒ぎするんだい?」「わけがわからないよ」とつまり同じ感性の言葉だ。
これは煽りではなく。素でわからなくて、純粋に疑問を呈している。
ゆえに相手は余計キレる、話が通じないので。
どうしてそこまで他者との別離がお辛いのか、
1種体癖にはほんとーによくわからないのだ。
クールとかドライとかサイコパスとか、色々言い方はあると思うけど。
人との繋がりをあまり重要視しないで生きていける人種なんだよな。
孤独耐性MAX。ナチュラルに自分だけが周囲より一段高みにいる気がしている、自主自立自尊、唯我独尊。それが1種体癖だ。
1種体癖の体の癖は、足の爪先の方に体重がかかっていること。それは踵を上げて背伸びをするような姿勢であり、目を高くして周囲を見渡し、俯瞰する。そういう感受性を発生させていく。
鬼滅は無惨様が1種でお館様が10種で、二人は鏡写しの対極というキャラ造詣だったが、
まどマギではキュゥべえ1種とまどか10種の感性の対比、わかりあえなさが際立つ。
1種は究極の個人主義者で
10種は究極の連帯主義者なので、
その対比は物語の骨格にしやすいドラマチックといえるのかもしれない。
1種の感性だってイコール悪ではないと思うけども・・・(; ・`д・´)
なんなら10種の方が悪役になった時タチ悪いと思うけども。狂信者製造機になりがち。
仁美も1種体癖らしさがある。
やや出番が少ないので判断は早計かとも思うのだが、
「上条くんのことを見つめていた時間は、私より、さやかさんの方が上ですわ。だからあなたには私の先を越す権利があるべきです」という、
フェアプレー精神、公平さを大事にしたがるのは1種っぽいかなと思った。
まぁそもそも1種は恋愛オンチなので、仁美が1種でない可能性も保留しておく。
初見では仁美も魔法少女になると思っていたころがありました。緑担当かと思うじゃん??
よし、とりあえず12話で思ったことは書いたので、
連休に「叛逆」を見てまた追記していこうと思う。
☆追記☆
やっぱ劇場版は美しさが圧倒的だわ・・・。美術が素晴らしすぎて目が離せなかったわ・・・。
魔女ほむら、ホムリリーのデザインは哀れで恐ろしくて美しくて完璧やな~と見惚れつつ、
特に、腰から生えた紫のリボンの意味がなかなか心にくるものがある。
魔女本体は粛々と断頭台へ行進するのだけど、腰のリボンの先は手になって道路にしがみつき暴れている。
少女の心を具現した魔女は「まどかを守るために死ななくては」という姿をしていながら、
「死にたくない」という相反する気持ちもまたリボンになって現れている。
矛盾するふたつの気持ちを持っている。
それは誰でももっている心のありさまだと思うけど、
まどかの方でも
アルティメット女神まどかが「みんなを救いたい」という願いの権化でありながら、
普通の女子中学生であったまどかが「だって私だよ?ほむらちゃんでさえ泣いちゃうようなつらいこと,私が我慢できるわけないじゃない。誰とだってお別れなんてしたくない」という気持ちも確かにあって、
なんていうか
自分の「すべきこと」という意志決定と
それを「イヤだ」と思う弱音本音と、
相反する気持ち、葛藤があること。
それは当たり前のことだけど、
その人のことを想ってなにかをしてあげる時、
どっちの気持ちに寄り添うべきかというのはなかなか・・・深い問題だなと。
さやかまどか渚マミ杏子は、ほむらの「死にたくない」という気持ちの方を叶える。
それは感動的で肯定的な救済として描かれるのに、
ほむらが、まどかの「忘れられるのはつらい、誰とだってお別れなんてしたくない」という気持ちのほうを叶えたことは、
悪魔と言われるほどの所業なのだろうか、と思わず考えこんでしまった・・・。
ひとりぼっちになったらダメ、とか。自分を粗末にしないで、とか、
自己完結とか自己犠牲で抱え込んで終わらせてはいけない、という軸からすれば同じことをしているのにな・・・?
皆の希望を奪ったとか言うけども、
15歳の少女が、神になって皆を救うっていうTV版のラストがそもそもな。
15歳なんてまだまだ周囲から庇護されてていい子どもなのに、
それが数百数千人を引き受ける守護者になるとか無理あるしなんなら気の毒っていうか・・・。
そうしなきゃ世界が滅ぶと言われても、
15の少女ひとりにツケをおしつけないと回らん世界など滅べと思わんでもないし。
あれ、ほむほむ擁護派みたいになっちゃった・・・。
いやまあ、
アルティメット女神まどかは、鞄持ちのさやかと渚を伴って登場した。
女神まどかは円環の理のなかで過去未来すべての魔法少女と一緒にいるとも言ってたから、
まどかはパパママ弟とはお別れであり忘れられたが、
より遠くより弱いものをより多く求める感受性からすると、
円環の理であることは、まどかにとって気質に合った自己実現であり幸せなんじゃないかなって気もするけどね?
それがほむらにはわからんのです・・・。
っていうかわかりたくないんだろうな。
それじゃ「鹿目さんに生きててほしかった」っていう願いが叶わないから。
いつまで二人はすれ違うのか。
てか、言うたらその程度の気持ちのすれ違いのためにこの人らは何回宇宙を改変して再編するのか。
9種10種の世界観はスケールがデカ過ぎて、痴話喧嘩が痴話喧嘩で済まず宇宙怪獣大戦争になってしまう。
生殖器型のもつ根源的なパワフルさに振り回される周囲の人マジ乙っていうか、
特にさやかちゃんとか頑張ってね・・・。
という気持ちになってきた。
ほむらとまどかの気持ちの落としどころはどこになるのか。
思えば、二人の力関係はいつも非対称だった。
ほむらさんがベテランのときは、まどかは「なんの取柄もない」でウジウジしてて、
ほむらが病弱メガネ転校生のときは、まどかが胸を張ってみんなを守っていた。
そういわれると、生殖器型って「対等な関係」を築くのは苦手かもね・・・。
対等な人間関係の基礎になるのは母子の触れ合いであり、それは生物が哺乳類まで発達した段階で獲得するもの。
生殖器型のフィーリングは脳の基底核、爬虫類の段階。卵から生まれてそこから一匹で生きていく生き物だ。
ゆえに9種の孤独耐性は1種に次いで高いが、
10種も、卵のような存在なら何十でも何億でも抱えられるが、自分と同格の相手というのは・・・、あまり付き合い方を知らないんじゃなかろうか。
今度の世界でこそ、
対等なパートナーになれる拮抗した実力と精神状態で触れあってみてほしいものだ。
最高の友達って、どっちが強いとか弱いとか、守るとか守られるとかじゃないもんな。
互いに頼れて、互いに弱みをぶちまけても許されて、互いがいるなら先に進める。
そんな答えを見つけられるといいんだが。
廻天を待て。
参考文献はこちら。
Amazonじゃなくて公式に著書がある。ガチりたい人は通販で。
もっと流行って廉価版とか文庫版とかでるといいよなー。





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