ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

モノノ怪「蛇神」え?男もつらいの?

モノノ怪劇場版三部作最終章「蛇神」観てきた。

 

感想、

 

安易なファンサと言わば言え。

二十年来のファンはずっとこれが!!見たかったんじゃい!!!

もおおおブチ上がる!!!

 

っていう場面があって、そこで気持ちが盛り上がり過ぎてこれもう一回劇場行くわ・・・。ニヤニヤ止まんねえわ・・・。

 

Youtubeの直前テレビシリーズ公開おさらいしといて本当に良かった・・・。

やっぱ・・・やっぱさ・・・

 

 

以下ほんとネタバレ注意だから劇場行く予定の人は読まないでほしいんだけど、

 

 


www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱ薬売りはさあ!!!

ほんとごめんだけどCV櫻井孝宏でキャラデザ橋本敬史のコッチの人が好きで!離の人が好きで!!

当時のインパクトと思い出補正があり過ぎて、

坤の人(CV神谷浩史)もそれはそれでいいんだけど、越えられない壁であり過ぎた・・・。

降板とかあかん経緯があったのに、どうしても嬉しくてすまん・・・。

 

 

てか公式の予告でも人物紹介でも思いっきりネタバレあって草。

ネタバレくらいたくなくてできるだけ何も調べずに行って本当にヨカッタ・・・。

まじであの水色(納戸色)の羽織が見えたときの「うおお٩( ''ω'' )وきたああ」が声に出なくてよかった。

バトル以外にセリフは無かったけど、まあそういうキャラだしそれもアリ。

 



いや~よかった・・・( ˘ω˘ )しみじみ。

 

内容がどーでもよくなるくらいその場面がヒャッホイでよかったが、

 

内容、考察。そうねえ。

 

まず天局(アマノツボネ)のCVゆかな、でどんだけゆかなに始まりゆかなに終わるんだモノノ怪とは思った。

一作目化猫と海坊主のカヨもゆかな

テレビ版最終話化猫のチヨもゆかな

劇場版一二で処された麦谷とサヨもゆかな

劇場版最終章のラスボスもゆかな

 

全然いいけど!ゆかなさん芸達者で違和感はないけど!制作陣そういうの好きだよね!化猫で始まり化猫で終わるみたいな!

全編通して主演級の女性像は虐げられるところから内省や自立へと前向きに成長しているのに、

ゆかなの演じるキャラは目撃者から偽証者、加害者、黒幕へとなんかダークサイドへ堕ちていってるというのも・・・ええと・・・陰陽が転じてて味わい深いね・・・?心に刺さるからやめてもらっていいですか・・・。

 

 

で三部作だったわけだが、

結局のところモノノ怪は4体いたわけだ。

今回は二体倒す連戦で情報量多かった~。そりゃ応援も呼ぶわ。連戦展開自体はそういえば海坊主とかもあの後もう一回退魔したんだろうけど。

 

唐傘と、火鼠と、蛇神と、百目。

唐傘と火鼠と蛇神は大奥を恨み祟るモノノ怪で

百目は大奥を守り存続させるのが理(動機)のモノノ怪であったから、

モノノ怪どうしで利害が衝突していた。そこで話がややこしかったんだな。解ればなんのことないけど。

 

大奥設立から150年目に蛇神は形を成した。

 

化け猫では25年、海坊主では50年で、蛇神では150年か・・・。

 

アヤカシが人の情念と結びつきモノノ怪となるわけだが、

化猫では事の起こりから25年後、

花嫁が嫁ぐ日という、情念を生む惨劇と同じイベントが起きた時に化け猫が成った。

 

蛇神も同じく、子の取り換えという同じイベントが起きた日に初めて形を成した。

 

 

形を成すまでは、情念とアヤカシがモノノ怪となるまでは。

あきらか妖気か不穏な気配かなんかは漂ってるのに手を出せないっていうね。

マジで薬売りの退魔って斬るまでの手順がめんどくさでいつも後手後手になるしかない設定〜。

 

 

 

今回の蛇神と百目では今までと少し感触が違ったところがあって、

モノノ怪では物語の視点が女性というか、おおむね女の哀しみにスポットが当たっていたのだが、(詳しくは過去記事参照)

 

前回の火鼠で「父親」的なもの、父権、家父長制、男性優位の価値観、マチズモ、みたいな、

今まで女性を抑圧してきたものと対峙し、越えて精神的自立を得た女達が描かれた。

 

すると今度は男、種馬、人格を無視され大奥というシステムの歯車にされ、

しかしその根拠である血統さえ偽りで、でもそれ以外の生き方がわからないから流されるままという、

抑圧され諦めて無気力になった男、天子様の内面がちょっと描かれたよな。

 

しっかし己の血統が偽りと知っていたから、町民あがりのフキを寵愛してたのかと思うと、そこに愛はあったんか・・・?という気もしてくる。

「世継ぎを産んだのがフキであれば」という発言の真意も気になるよな。

天子の母が庶民なら、父側の血統が高貴なものでないこともチャラになるような気でもしてたのか、大奥というシステムへの無言の復讐ってとこか。

雑種をありがたがってやがれザマァっていう気持ちになりたかったのかな?

正妻幸子のほうは公家の娘ということで貴種だからな・・・。

血が卑しいから選ばれていたと知ったらフキはブチギレるだろうがw

でもそういう沸点の低さやがっつき含めバイタリティあるとこが冷めきった男からするとおもしれー女ではあったかも。

 

まあ気持ちに鬱屈して暗いとこはあるけどそこまで悪いヤツでもないというか、普通に人としての情はありそうで、

でもアレ描写からすると天子様が一番心を開いてるのは幼馴染で親戚の兄ちゃんでもある溝呂木司祭なんかなって・・・。どっちも二児の子持ちだけど・・・。腐の波動が・・・。

 

ともかく意外とまともな感性の男というか、理解も共感もできる内面だった。

母親(水光院)にも遠慮はしていたのだろうが委縮はしていなかった、ちゃんと自分の言葉で話せてたのグッド。ノーマザコン。

 

キャラデザが派手なので内面も奇抜なのではという先入観があったな~。

司祭んちの双子とかもあのクセ強ビジュアルでまじでただの子どもでしかないとか逆にびっくり。ラスボスでも驚かなかったのにwwそこはちょっと肩透かしだった。

 

まあなんだ。

女はつらいよ、が一段落したら男もつらいよ、ときた。

 

 

 

150年前の天子様にしても、鼻がもげてる死に様は梅毒の末期症状としてよく描かれるやつだ。

子を設けるお勤めのため何人もの女性と関係した結果、性病で早逝する。

色好みでもなかったなら殉職といえるのかもしれん。

梅毒は流産の原因にもなるし母子感染するし、一夫多妻はつらいってか性病蔓延リスクはあるあるよな・・・。

 

 

男も女もつらいなら、じゃあ誰が悪で何を憎めばいいのかってとこで、

結局、大奥というシステムそのものへの情念や恨みを斬り清めたということだが。

 

システム、組織の論理、社会の歯車となるうえで個人的な感情や人格が抑圧される。

善くはないけどよくあることで、だから人の世はいつも恨みが絶えない。

 

大奥=百目の養分として花と化した人々が情念を口にするけど、

町人→お中臈→懐妊→乳母、という出世街道を爆走するフキさえもが

「自由に恋をしてみたかった」という情念や悔恨を持っていた。

 

いや、そんな人生絶好調の人にまでグチ言われても、

そりゃ全部は手に入らんだろっていうか、

なにかを選べば、そうでない可能性は失われる。

それを選んだ意志決定に覚悟とか責任をもつとか、そもそも選べる余地あっただけで幸運なほうでは?

 

でもそういう不幸ではない人でも、誰にでもある心残りがあって、誰にでもあるからこそ似通ったそれらが集合体になって百目の形を成したということかな・・・。

集合体の百目を斬ったあとでも各人の情念が消えるわけではないという表現で、皆の側に小さい一ッ目ちゃん(アヤカシ?)がくっついて、

モノノ怪の祟りが終わっても大奥は無くならず取り換え子を世継ぎとして存続していくエンドだった。

 

と。フーン。

 

いっこツッコんでおきたいのは、

彼らは150年続く天下人の系譜に拘っていてその前提が疑われることは無かったが、

その泰平の150年以前は多分戦国時代で、出自がなんだろーが挙兵して勝ったもんの勝ちっていう価値観だったんだよなー。それこそ秀吉とか農民出身ていうやん?

 

そこまで気にするほどのことだったのかねぇ。

 

ま、血統を気にしてたのは主に水光院で、最高権力者の彼女の思想が全体に影響してたってことか、

お水さまになった天局は大奥というシステムがあれば溝呂木の子でもよかったんだから血統は気にしてなかったよな。

 

武家の社会では跡継ぎが養子とか割とあったことだという。家名や領地が存続するなら血にはそこまでこだわらない。

国をぶんどるのに要るのは武力とカリスマ。だから実力重視で合理性が生まれる。

 

血統の正統性っていう思想は王権神授説に根拠がある。だからそこに拘るのは、武人ではなく貴人、貴族社会、公家、天皇家とかのほうなんだよね・・・。

天孫降臨、神から国を授かった人と同じ血が流れてますっていうロジックでヒエラルキーの頂点として振る舞ってるわけだから。

そこにあるのは理ではなく信。

 

そもそも大奥は江戸城で将軍家の話なのに、「天子」というワードを使ったところが、武家と公家を誤認させ混同させる意図があるんだと思うよ。

順当にやるなら「上様」とか「殿」って呼ぶとこなのよ。

モノノ怪の制作陣のそういうところよ。

 

血統と守り神を重んじる水光院は、幸子と同じく西の公家から嫁いだのか、あーあの朱色の眉は抜いて書いてる所謂マロ眉か。

 

150年が二千年でも同じことで、

150年でもうまくいかないのに、いかに一夫多妻でも華族や傍系がいても万世一系とか無理ゲーですよねっていう。

それこそ取り換え子の陰謀とか何度勃発したかしれんし、その全てが失敗したということもなかろうて。

我々は何を尊び何を拠り所にしているのか。

不敬だからとあえて言わないまでも、今どき思考停止で万歳でもなし、天皇機関説でやってんだわ。

そもそも天子、天局、天下、天皇などの「天」を至高とする思想がいつどこから来たのかって話よ。

 

二千年の王朝が始まる遥か以前からこの大地に住っていた人々は、

天や星辰でなく、岩や樹に宿る精霊とともに生きていた。それこそ蛇への畏敬も古き信仰のひとつ。

 

ミシャグジ、アラハバキ、デイダラボッチのような古き土着の国津神を、大陸から来た天津神がヒエラルキーに併呑してこの国の創世神話は成った。

 

さらに遡る三万年か四万年か、この列島に陸続きだった北からマンモスを追ってきた狩猟民族か、

黒潮に乗って船で来た海洋民族か、日本人のルーツは複数あるというが。

 

もっとそもそも人類の祖はアフリカのイブから・・・

 

・・・・、いや、人類皆兄弟とかいいたいわけじゃないけども、

なんていうか人の世の苦しみは俯瞰すると霧散することあるからさ・・・。

150年の重みも二千年の重みも人類史からすればほんの1ページよ。

 

化猫のタマキのように直接的な暴力にボコボコに支配されてるのと違って、

天子様のようにマトリックス(共同幻想)に支配されてるのは、実のところ心持ちひとつで自由になれるわけだから、

あんま同情するとか胸が痛むというよりは、

目ェ覚ませっつーかしっかりしろというか「何者でもないモノになりたい」とかイイ歳こいて甘えんな成りたい何者にでも成れ立って歩け前へ進め立派な足がついとるだろがと、

どっちかっていうと歯がゆいとかもどかしいとかイラつくに近い感情になった。

同じように毒母コンプレックスで動けなかったお蝶さんには共感したくせに、男子には感想が厳しくてすまんw

帯剣した五体満足成人男性だとかなりスペックが上澄みというか、

どうしても弱者じゃなく強者の側、持てる者の側に見えるけど、

相対するものが二千人規模の組織とか国を治めるシステムとなると、流石にテストステロンによる筋力でも闘争心でもどーにもならんのは、それはそう。

 

 

 

あとなんか書きたいことあったっけ。

 

蛇神の真であるところの三代目御台所とか百目の天局あたりの内面とかは、

ちょっと旧薬売りの登場で頭がいっぱいのところで語られたもので記憶が薄いが。

えーっと、

三代目御台所(CV沢城みゆき)は、一夫多妻の大奥システムのせいで夫が他の女と交情するのがツラかったと。まあそれはそうだろうけど、

子作りもお役目となると、それは「仕事と私のどっちが大事なの」っていうムーブだからあんまり同情はできないかもな・・・?

夫を好いているのはいいことだが、政略のある結婚に夢見過ぎというか。

ただ夫婦となるのは違う覚悟の要る相手だと、知らなかったでは済まなくね?ていう。

今までモノノ怪の祟りというのはほぼ因果応報というか、非道と復讐の天秤が釣り合っていたと思うのだが、蛇神に関してはその恨みはそんな何人も絞め殺すほどのやつか?と思わないでもない。

ま、モノノ怪のすることが人の理解の範疇とは限らないというのは一話から明言されてるのだが。

150年という年月の作用で変質した?あるいは蛇のアヤカシのほうが古き信仰の対象で強力だったか。猫は舶来品だけど、蛇は在来種だもんな。

 

あ、てか三代目御台所も朱の眉が西の公家の人か?

成り上がりが次は高貴とか歴史とか神威を取り込もうとするのも人の世の常。

鵺では西の人(こち、おじゃる言葉の人)が東侍(みども、ござる言葉の人)を見下してアレしたけど、ここでは婚姻による融和が図られてますな。

 

 

天局の内面は謎すぎるが、

数多の人を虜にしていた女のモノノ怪という意味で、鵺に近いパターンなのかこれ。

囚われた人々が顔だけになって訴えるとか、

幼女と娘とミイラの三つの姿があるのも鵺であったやつか。

すると経緯とかじゃないのかもな〜。魔そのものに近いというか。

江戸の水事情ってのは多摩川上水を引いてきて張り巡らすという特異なものなので、城も城下も上水道によって地下で繋がっているし、

その成り立ちからして水浸しの土地を整備して川と船で物流を動かしていたんだよな。

その水をまるごと乗っ取るというのは…、地下鉄テロみたいな悪のエポックメイキング感ある。考えたやつの頭イかれてるわ。

 

地下と水、というモチーフは化猫のころからもあったよね~~。

女、猫、水、地下、闇、それらみな陰なるものとしての象徴の親和性よ。闇の女神という方向に突き抜けるのもまた女の可能性かもしれん。

全てを自分の子として胎に抱え込みたい究極の毒母。鵺や百目というよりイメージとしては女郎蜘蛛。妲己ちゃんか魂のルフランか、そういう感受性もあるね。

 

 

 

あとは。

 

ああ、花の語る情念のとこで死産の子に「生まれたくなかった」と言わせたのはさすがのエグさだった。

反出生主義で生まれてこない新生児がおるのか・・・さすが令和や・・・。

座敷童ではないが、胎児はまだこの人の世のあらゆる辛さを知らない。

ゆえに生存本能が純粋に最優先なはずのところが、詰んでる人生を察して試す前から諦めるとか・・・、ある意味賢いというか、その思考回路まぎれもなくパパ似で草。

そこで母・幸子が「ごめんね、私自分のことばっかりだったね」もエグいて。

そうね、モノノ怪にはまだ善き母というとこまで辿りつけた女性もいなかったよね・・・。志乃にしろフキにしろ子育てはこれからの話で。

水光院さまも「あの子に愛されたかった」てのは子育てあかん人だったの伺える。

幸子は赤子に挨拶し同意を求めた。

つまり子の人格を認め尊重してるよな。

母というのは子と一心同体から始まるので、子を自分の延長とか付属品のように感じる段階があり、うまく子離れできないとお蝶さんのかか様みたいに子を自己実現の道具にするとか、善くないけどよくあるやつで。

水光院さまも息子が自分と違う意見や人格を持ってることを理解してない母だった。

幸子はそこをクリアしたということか。

 

赤子の顔に紙が貼ってあったのは、誰も赤子の顔とか人格とか個を見てない的な意味だったか…。

世継ぎか姫かという役、アイコンとしてしか見てなかったと。

 

善いお母さんてのは、やっぱ人類普遍で女性像のもっとも象徴的なもののひとつだが、

そこに辿り着くまで長かったねぇ〜。

いとけない娘の輿入れから始まったモノノ怪がひとつひとつの段階を丁寧に乗り越えて、

大人であり賢母になるまでの二十年よ・・・。しみじみ( ˘ω˘ )

一方でクソヤバ毒母系邪神を突き抜けてる女もいるけど・・・。いみじ・・・。

 

 

 

いや〜。映像や音だけで唯一無二のオリジナリティあるアニメなのに、

ここまで内容練られてるのもほんと傑物だよなモノノ怪。

 

 

続編やるなら是非またいつか会いたいが、

あと何がテーマになりえるんだぜ…?

ああ、夫と良好な関係性を築けた女性というのはまだいないか。

カメとアサ、フキとボタン、天子と司祭と、同性どうしではいい関係を築くとこまでこれたけど。

男女の相互理解とかまだ描けるな。

 

 

それにしてもとりあえずもう一回劇場行くわ。

配信やDVDで周回もいいけど

映像音響の情報量は映画館で観る価値あンだわ。

 

 

 

 

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しかし、かなり江戸、美術、妖怪、民俗学あたりの教養を問われるというか、年季のいったオタクほど楽しめる感あったよな。

今回の背景美術はトランプというかタロットがあったような。

怪異系はそれこそ小学生から好きで

美術系の大学行って、民俗はそこの講義から好きで

最近はブラタモリ見ててよかった。