ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

アクダマドライブを解釈する。サイバーパンクの極み。

あけましておめでとうございます。

今年もボチボチよろしくお願いします。

 

家で過ごせと煩く言われる昨今、ブログ始めてて良かったんだろうなと思う。

出掛けなくても一人でもできる趣味だ。

インスタ・FB・Twitterとかは向いてなくて辞めてしまった。

他人の記事が目に付き過ぎ、気になり過ぎちゃうのだ。

掲示板も良かったけど、ブログの距離感も割と快適。

ブログ文化も隆盛の時期からは随分廃れたらしいが、

それでもネットコミュニティが多様性を維持していること自体が望ましいと思う。

多様性を保持するのはコストがかかるしエラーも生まれるが、変化に強くなる。

全てが不確かなこの地上において、それは生存戦略の王道だ。

みんなちがって、みんないい。

 

さて、去年から書きかけの記事でアレだけど。

 

アクダマドライブ 第4巻(初回限定版) [Blu-ray]

 


TVアニメ「アクダマドライブ」PV第2弾

 

なんとなく見はじめたんだけど、思いのほか面白くなっていったアニメだった。

ブレードランナー攻殻機動隊を彷彿とさせる、正統派サイバーパンクを突き詰め、やりきっていた。

こういうの久々で嬉しみ~。

 

書き割りを動かすような独特のカッコイイ演出。

各々の美学や信念をもつキャラクター、

シナリオの伏線回収のキモチよさ、12話完結のちょうどいいボリューム。

 

2020年の自分的ベストアニメはアクダマドライブか、羅小黒戦記だなー。

甲乙つけがたくて対照的な良作が終盤に来て良かった。

デカダンスとか映像研もよかったけど。

 

 

羅小黒戦記でもなにか記事を書きたいな。原作のウェブアニメの方も消化したし。

 

さて、アクダマドライブはアニメオリジナルということで、メディアミックスとかの宣伝が足りないというか、

完成度の高さのわりに話題になってないのがとてもモッタイナイ。

色調が暗いのが見づらいっちゃ見づらいけど、それ言ったら鬼滅も呪術廻戦もそれだしなー。

ポスト鬼滅として宣伝されてる呪術廻戦より、アクダマドライブのほうが自分的には断然おススメしたい作品だ。

 

しかし、所感を記事にしようとすると難しいなこれ。

折角アニメオリジナルのストーリーなんだし、まずはネタバレなしで見てほしい作品なのだ。

鬼滅に呪術、進撃やFateと同路線というか、

ネームドのキャラが容赦なく死んでいく緊張感が、次の回を早く見たいっていうモチベになるやつだから。

推しが来週死ぬかも、この作者は主人公すら殺しそうなんですけどっていう心臓に悪いスリルが大事なやつだから。

 

ネタバレなしで言える範囲だと、

ダンガンロンパに似てるってのは見始めてすぐ判った。

まずキャラクターデザインの独特の絵柄が同じだ。

ダンガンロンパシナリオライターとキャラデザイナーのタッグで制作したらしい。

 

ダンガンロンパ ダイカットスクイーズ モノクマ デレ顔ver.

邪悪なドラ〇もんw(CV大沢のぶよ)モノクマ校長のインパクトで、

ダンロンは当時それなりに流行ったような覚えがある。

 

終末戦争後の荒廃した世界や、人物を肩書で呼ぶスタイル、

書き割りを動かす独特のおしおきシーンの美術など、

人目を惹く奇抜さのエッセンスが、アクダマドライブに受け継がれている。

 

なんとなく画面を眺めてるだけで面白いんだよなあ~。

演劇の内容のまえに、まず舞台美術が一種のアートの域までいってるというか。

まどマギのイヌカレー空間や、少女革命ウテナ化物語みたいに、人物のいない背景絵を見ただけで、

「あーあのアニメか」って見分けられるまで雰囲気を作り込んでる。

 


ダンガンロンパ アニメ版 おしおきシーン集

 

 

あと声優のチョイスもみんなスゲー良かった。

白髪の老婦人の局長がCV榊原良子ってそれPSYCHO-PASSじゃないですか。

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PSYCHO-PASSと同じく、合理的で非情で底知れない感じの女ボスが、

中身がシビュラの局長とは違って、だんだん色んな面を露呈させていくのが、なんだかとてもワクワクしたwww

PSYCHO-PASSの局長はどこまで行っても超然としたポーズを崩さないからな~。

知らずに溜まっていたそのフラストレーションをこのボスが解消してくれたw

そうそう、榊原良子のそんな演技がすっごく聞きたかったんですよ!っていうカタルシスがあったw

「なにィ!」とか「バカな!どうなっている!?」とか。

「我々が正義であるためには悪が必要なのだ」とか「失態続きで我々にはもう後がない」とか「この愚民どもめ!」とか。

悪役が歯噛みしてるとマジざまーってか、ほんっとスカッとするね。大事だね。

 

そういえばCV櫻井孝宏で白髪のナイフ使いの快楽殺人犯というキャラも登場する。

いやそれもう槙島聖護ですよね。PSYCHO-PASSが生んだ悪のカリスマですよね。

PSYCHO-PASS 槙島聖護 コースター

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アクダマの彼は、槙島聖護よりテンション高め知能低めのゴキゲンな青年なのだが、

ごく純粋に己の望むところに忠実であり、それが偶々反社会行為であっただけ、という点でとてもマキシマム的であり、好きなキャラクターだった。

そのように生まれたから、そのように生きる、というストレートさは見ていてこころよい。本能のまま生きる動物を見て癒されるのに近い。ありのままなのだ。

いや、ガチの殺人鬼なんだけどね。なかなかに熱演のスプラッタでホラーだったけどね。

 

今期は憂国のモリアーティという、これまた槙島聖護にそっっくりな顔の犯罪コンサルタントを主人公とするアニメがあったのだが、

PSYCHO-PASSと制作会社が一緒なので作画スタッフが同じなのかも)

憂国のモリアーティ 1 (特装限定版) [DVD]

 

こちらの主人公にはあまり惹かれなかった。

それはやや動機が鬱屈してるというか、

自分達に優しくなかった世界が憎いだけなのを、身分ガーとか差別ガーとか皆で掲げる大義名分にすり換えているからだ。

「自分はなにも悪くない、あいつらが悪いんだ!」という主張は、率直にダサい。

自分の問題を社会の問題にしてしまう人、個人的なトラウマを外界に投影して闘争を始めてしまう人は、とてもタチが悪い。

自分の問題を癒さない限り、いつまでも救われない戦いに身を投じ続ける修羅になる。

リアルにいる彼らは、時に高潔な理想に殉じる活動家に見えるが、そういう人に巻き込まれてはいけないのだ(自戒)。

 

あとCVだと黒沢ともよが主人公なのだが、アニメ的な癖のない普通っぽい演技が一般人っていうキャラに合ってて良かったな。

ジャイアンのCV木村昴スネ夫ポジションなのも後で気がついてクスッとした。

 

彼らの意識が作中で変化していく過程がとても良く出来ていた。

 

じゃ、ここからはもう最終話までの全ネタバレ有りで書いてく。

 

 

 

 

アクダマドライブを全話視聴してなにより非凡だったと感動したのは、

 

主人公さえ最終話で死ぬところだ。

 

アクダマドライブの主人公の死に方はあらゆる意味で実に見事だった。

主人公がアレをやったのは初めて見たような気がする。

 

やっぱりアニメって、主人公は死なないという大前提とか安心感とか、暗黙の了解をもって見てるもんな。

 

死闘の末の生死不明エンドとかならパターンとしてあるけども。

 

鬼滅の刃も相当ヒヤヒヤしたが、主人公はどうにか生存エンドを掴むことができた。

 

あのワニやきのこでさえ、主人公というのは安易には殺せない。

物語を牽引してきた人物への愛着、読者の共感と期待が乗っかっているのを裏切れない、という圧が生まれる。

 

そこをクリアするために、アクダマドライブはサイバーパンクであること、

パンク、反社会的、反抗する者が主題であることが巧い仕掛けだった。

 

彼らは推定懲役何百年とか、そもそも死刑クラスの犯罪者なので、道中で死んでも一種の因果応報の納得感がある。

倫理に背くものは、倫理に守られない。支配と庇護の表裏一体から逸脱している人種だ。

 

アクダマの主人公、一般人/詐欺師は、最初はよくいる巻き込まれ型の主人公で、

飽きるほど見たヒロインの典型で、善人でお節介でかわいいだけの役立たず。

周りのキャラの異常性を引き立たせる、普通の基準値や解説役としてのキャラだった。

 

中盤で彼女は「命あっての人生ですよ!死んじゃったら意味ないじゃないですか!」と主張する。

無謀な望みに挑もうとするハッカーを引き留めようとしてのセリフだが、

まさか、この脳死で聞き流しそうに耳慣れた優等生的説教が、

最終話の伏線になるとは恐れ入った。

 

一般人だった彼女が、なぜ詐欺師として死を選ぶまでに心が変わったのか。

 

常識優先では守れないものを愛してしまった。

 

社会に守られる側だったのが、自分が何かを守る側になったとき、

 

ただ規範に従う優等生であるだけではきりぬけられない状況など、いくらでもある。

 

でもそれは、もっとも本質的な幸せを見つけたってことのはずだ。

自分の命より大事と思えるものを見つけられるかどうか、己の使命を見出せるかどうかっていうのは、

人生においてなかなかレベルの高いテーマよな。

子どもっていうのは本能的に守るべきものってことで、そこを引き出してくれ易い。

 

守ると決意したもののため、詐欺師となった彼女は、

戦闘力皆無でありながら、どのアクダマより甚大な被害をもたらす凶悪な才能を開花させることになった。

詐欺師、というよりはアジテーター・扇動者みたいな才能だと思う。

ネットの書き込みひとつから暴動が勃発したのはその才能の萌芽で伏線で、

若い女性であることも、ジャンヌ・ダルクやジョージ・フロイドのように、祭りの神輿に掲げられやすいことの説得力になった。

計算というより、なんとなくの天然でやるところがガチっぽくて恐ろしい。

周囲の空気を変える力、時代の雰囲気や潮目を掴む直観や才能ってそういうものだろうな。

ハッカーのチートありきだけど、それにしても天性のカリスマだ。

殺人鬼が執着していた天使の輪というのはそういうものだったのかも、と納得できた。 

 

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火刑台上のジャンヌ・ダルク

 

何万人を巻き込むことも厭わない、自分の愛しいものが最優先。

名実ともにアクダマになった彼女はその罪の十字架を背負って死ぬ。

その死を以て発動する最悪のトラップを仕掛けて。

 

「死んだら負けですよ!」と言ってた人が、

自らの死を用いて勝利への活路を拓く展開、激アツ。

 

すごい大悪党の一生を見たって気がする。

 

そこまで信念を貫かれると、善より悪よりまずその意志の力に敬服する。

 

ていうか、物語が進行するにつれ善悪などの社会通念の欺瞞が暴露されていくのがサイバーパンクの醍醐味であり、

アクダマもそのお約束に則って、

司法取引的に犯罪歴を抹消したり、政治的判断で誰彼となく処刑対象に設定できたりで、

秩序を預かるものが市民を守ることをやめ、街は混乱と破壊の渦中となる。

 

正義のシンボルの通天閣は荷電粒子砲で折れ傾き、その上をアクダマのバイクが駆けていく。

 

かくて登場人物ほぼ全滅エンドという稀に見る悲愴な結末へ至るのだが。

 

でもなんだろうな。

バジリスクとかも全滅エンドだけど、あれは嫌いでアクダマドライブは好きだ。

 

バジリスク~甲賀忍法帖~(1) (ヤングマガジンコミックス)

 

バジリスクの忍達は幕府や族長の命令に従い、その戦いも生死も権力者の掌中のゲームと化していたが、

アクダマドライブのキャラクターたちは、己で定めた人生の指針に従い、生きていた。

無軌道な意志と生死が交錯したことで、権力者はコントロールを失い自滅していった。

 

フムン。

 

やっぱそうよな。

カントウのような姿の見えない支配者がいるとして、どうすればその軛から自由になれるかっつったら、

デモでもテロでも暴露でも武装蜂起でも勧善懲悪でもなくて、

できるだけ多くの人が、真摯に自らの至福を追求すればいい。

結果として支配者は力を失うっていう。

毎度の持論になってしまったけども。

 

そういえば毎回挿入される劇中劇のテレビ番組が、サブリミナルで民衆を洗脳するツールなんだけど、

 

そのキャラクターがウサギとサメなのは、因幡の白兎の神話かな。

ウサギがサメを騙す話だし、プロパガンダを喋らせてハマる。

 

この洗脳メソッドわかりみ深いわ。

毎日毎日毎日毎日テレビで会見してる都知事ウサギチャンに、サメクンが総理みたいに見えてきてアニメ脳がやばたにえん。ぴえん。

 

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あと神話っぽいネタと言えば、

不老不死の少年少女がトンネルをくぐってシコク(四国で死国)へ赴く、というイメージはなかなか象徴的だった。各種演出も意味ありげで最&高。

 

アクダマドライブの世界は、荒廃していて人工物しかないのだが、

シコクへ向かう風景で初めて自然物が描かれる。

一本の立ち枯れた木と、山脈の遠景だ。

 

木の向こうへは少年と少女しか行けない。

その木が、世界と世界の境界点なんだろう。

人工と自然、シャバと黄泉、この世とあの世だ。 

 

終末戦争後も相争う人類の都市は火で焼かれ、停電の闇に包まれ、その上を雪が覆っていく。

、画面を暗転させ、明転させ、旧世界を徹底的にシェイクして破壊して、

男女が新天地へ向かう。

 

楽園追放の逆回しのような印象だ。

 

滴る常春のエデンから、最初の男女は不死を奪われて苦界へ追放された。

 

なら、永遠とも思える苦界の業が終焉となったとき、

再び不死を与えられた男女が向かうのは、始まりの地という気もする。

楽園回帰といったところか。

 

茫として描かれなかったシコクの風景は、

赤、黒、白、ときたら次は青、青き清浄の地。

 

山、空、海、森、鳥獣、自然の調和そのものの世界か、

 

あるいは自然のダイナミズムさえ役目を終えて至る涅槃か。

 

妄想が捗る仕掛けが散りばめられた、いいラストだった。

 

アクダマドライブ、もっと評価されてくれ。

 

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追記、

 

シコクがどんなところなのか、伏線や演出から類推していて、

 

人工と自然っていう対比になってるようだと気がついた。

 

じゃ、空中に砕けたビルの破片が浮いてて、量子コンピュータだかが人々の意識を保存してるっていうカントウの風景は、

 

人工、人為の行きつくところってことであのイメージなのかな。

 

自然を征服し人工物に置き換えていく思想で近代史は発展してきた。

 

周囲の自然物すべてを、思い通りに加工したもので敷き詰めたら、

最後に残った自然物は、ほかならぬ人体、肉体という自然物だったということか。

 

機械の体に入るっていう選択をするSFも多いけど、

肉体であれ義体であれ、物質であることには違いない。

 

攻殻機動隊では義体も使うけど、電脳化で意識をネットワークにするという発想のほうだけ突き詰めると、

意識というソフトさえあれば、身体というハードはいらないってことになるんだろう。

水槽に脳だけ浮いててネットになってるシビュラと同じで、もっというとデータさえあれば、脳というハードさえいらんじゃろっていうw

 

人工と自然という対比は、

精神と物質、ソフトとハードという対比と重なる。

 

人間存在の本質が意識というソフトにだけあり、

寝食や移動コストや寿命、様々な活動限界をもつ肉体というハードは、

ソフトの自由な意思を制限するものだと、

そのように考えれば、行きつくところはアレになると。

 

そんな極端なw

 

しかし、データだけの自己ってのもな。

そもそも自我、自意識の発達は肉体や脳の成長とともにあるものだ。

出来上がったデータをコピーして維持することはできても、

あの量子コンピューター内で意識を発生させて、それを人間としてマトモに育てられるかっていうと無理ゲーなんだろう。

 だから、人間牧場としてカンサイが必要なんだろうね・・・。

シビュラと同じで、時々都合のいい人材をピックアップして加えることで、総体の劣化を防いでいると。

 

選ばれしものだけが行ける死後の世界、という意味でカントウは信仰の対象としてそれらしいw