ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

宝石の国最終話直前ブログ

あー

ユーク「彼のためにできることはもうないの?」

金剛&エンマ「ある」

は、フォスのために脱出艇を用意することだったか~・・・。

 

で、船が蓮の花の形なのはシンシャが作ったことを思わせるんだね。

花を触れるの嬉しくて時間を忘れるって言ってたもんね・・・。

 

そっか・・・。

 

 

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4/25に最終話が公開されるので、

それまでに今までの話を全部無料公開するという神サービス中の宝石の国

 

なんかもー星の終末の光景の絵が素晴らし過ぎて言葉もない。

独特の画力が極まっている。眼福。天才。

 

しっかし金剛よりエンマより、顔もない石ころや金剛兄のほうがイケメンムーヴ決めてくるのはなんなの。特殊性癖が過ぎる。

最終話付近でようやくお目見えした金剛兄のキャラが意外過ぎたわ。ノリがチャラいww

 

100話以降、人の形をしたキャラが登場しないビジュアルの特異さに目を奪われるが、

フォスって結局どんな形になってもフォスだったよなーって気はしている。

神だという白い羽衣のようなフォルムになっても敬語キャラになっても、

末っ子の甘ったれ気質は実はそのままで、

今まで金剛やカンゴームやエンマに依頼と依存をしてきた行動パターンのまんま、

今度は金剛兄になんとかしてもらっちゃってるだけでは、とは思った。

「僕がどうにかしてやっからよ」なんて頼れる感アピってくれたキャラも初ではあるが・・・。

 

三つ子の魂百話までwなんつて。

 

まあ、滅びへ至るための命題設定として成長しない主人公というのは有り得るのかもな。

っていうか、ずっと成長や進化や何かを獲得することに肯定的じゃない話なのか。うーん。

 

宝石の国で末っ子だったフォスが、紆余曲折の後

岩石の国でも末っ子になってて、

皆から末の弟として愛されている。

動けず話せず一話のフォスよりもっとなんの役にもたたないけども、

「誰からも愛されたい」という望みが、今度こそ叶って良かったね・・・?

 

しかし地球で燃え尽きながら元の姿に戻っていくフォスには涙を禁じ得なかった。

画力の暴力!泣くてそんなん!

 

いやしかしこれはどういう物語だったんだろうなあ。

 

歩いて泣いて笑ってかわいい宝石体だったフォスが、

自分の過ちと真の願いに気がついた結果、

石ころと同じレベルまでグレードダウンしてそれで幸福なのか・・・。

 

速く走れる足も、変形する器用な腕も、賢い頭も、知識も祈りも、万能の神のごとき入滅の力も、

フォスの幸せにはならなかった。

 

役に立つことと、幸せであることはイコールでなかった。

 

石ころのように誰よりも何もできなくても、

皆に愛されているそれこそが幸せ・・・?

 

いやちょっとまだ理解追いつかないかもしれん。

確かに人類の急速な拡大や経済成長や高等教育が幸福とイコールではなく、

むしろ先進国程幸福度低いとか自殺率高いはあるあるだけども。

 

あれか、

すべてを失った時 すべてが解る

っていう感覚だろうか・・・。

 

何もできない胎児であるからこそ、母体と一心同体の感覚。

身もなく心もなく、自我で無くなったとき世界とひとつになれる感覚というのはあるわな。

それはたしかに涅槃な感じかも~。

 

 

ところで、

金剛先生と生徒の宝石達

管理者エンマと月人達

神フォスと石ころ達

そして、金剛兄と石ころ達、

 

いわば指導者とそれを慕う人達という構図が繰り返し登場して、

それはどっちかっていうと父子的な関係性で、

 

で、作中で母子関係っていうと、

アユム博士が女性でありママなんだよな。

金剛兄弟とフォスを産み、送り出す人として描かれる。

 

あとウェントリコスス王も母にカテゴライズしても良さそうではある。

 

すると、父子関係にはとにかく長い時間をかける傾向があって、

母子関係はカーチャンの意志が強くてサクッと進むなーと思った。

 

まあ、ちょっとそんなところも留意しつつ、

 

最終話を楽しみに待つ。

 

 

 

 

 

When all is lost, then all is found

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鏡面の波(アニメ盤)TVアニメ『宝石の国』オープニングテーマ

 

 

 

沖縄久高島巡礼忘備録

はいさーい。

 

ちょっと沖縄行ってきたからその話しようかね!

 

このブログで旅行記を書くのは初めてだけど、カテゴリとしては

見えない世界の歩き方 カテゴリーの記事一覧 - ものがたりを解釈する

としておこう。

 

沖縄はスピリチュアル界隈でも人気のスポットだし。

美ら海水族館とか観光地も抑えつつ、メインは聖地といわれる島に行くことだったのだ。

 

そこは久高島という。

 

沖縄で聖地とかパワスポというと、斎場御嶽せーふぁうたき)が有名だが、

その御嶽の巨石を潜った先に海を臨む場があり、

ニライカナイ常世・神世)としてウートート(礼拝)する先にある島、それが久高島だという。

 

ここね。斎場御嶽から海を見た先の小さい島。

レンタル自転車で一周するのに2時間程度、住人は200人ほどの小さな島に二泊三日してきた。

 

まず、斎場御嶽とこの島には以前に一度行ったことがあった。

 

自分史的に病みがMAXだった10年くらい前、

怪しいスピ団体のツアーに誘われて行ったのだ。

界隈で有名なユタとかノロ(シャーマン)だというオバーに案内してもらう感じのやつ。

いやほんと、あの時は救われた過ぎて藁でも壺でも掴むカモであった・・・。

 

当時の印象としては、島は しにジョートー 最高に美しくて素晴らしいと思ったが、

その真栄田苗という人の言うことは不愉快で、

ツアーだから勝手な行動は慎んで大人しくついていくが、

いつかきっと自分で自由にこの島を探索したろーと思ったのだった。

 

まあ、どう不快だったかってえと、

「酒飲んで禁足地に入って騒いだウェーイが事故って狂った」(意訳)

「島から何ひとつ持ち出してはならないのに、

白砂を敷き詰めたくて船何隻ぶんも持っていったから城は燃えた」

みたいな呪われ脅かし話をえんえんとね・・・。

 

いや、こっちの人柄見て話してくんねーかな~。

こちとらどう見ても人畜無害で優等生タイプの文化系モヤシじゃん?

そんなフラーどもと一緒にされましても。

オカルトは好物だしルールも守るが、

人を恐怖でコントロールしようというのは好かん。

 

てか、このなにもかもあけっぴろげの島にいる神様は、

絶対にケチでも祟り呪い系の手合いでもなかろうよ

と、口には出せない違和感にイライラわじわじーしていた。

 

そーいや、禁を犯した報いについての話か、

後は彼女が海亀とかの動物を式のように使役できるというパフォーマンスで、

島の神様の由来や性質や神と人とのイイ関係とはみたいな徳の高い話は全然無かったっけな・・・。

それは見えない世界に関わる者としてはランク低め。

 

まあまあ、というわけで、

 

10年越しの念願叶えて、今回は一人旅をしてきたのだ。

 

10年の間にどうにかメンヘラから脱することができたが、その契機はあの島にもあったように思う。

 

 

あの浜の砂、

真っ白でふかふかのシャラシャラで、

埋もれた裸足から淀んだ病みが抜けていく気がした。

 

地平まで遠く続き、足が深く沈む底知れない砂、

ふと、あまりに白いそれは砂でなくて、

みんな砕けた珊瑚が積もったものだと気がついた。

ひとつ拾ったその形はまるで骨のようだ。

洗骨、というイメージが湧く。

何千何万年の幾星霜、これまでもこれからも碧の波が骨を洗い清め続ける浜。

こうも開けて清々とした死の世界があるのか、

 

 

と衝撃と伴にその世界観が自分の内に灼きつくのを感じた。

 

常世の島からリアルの生活に帰って、死にたいことがある度に(割と毎晩w)

どう死にたいか想像して、あの浜で洗われる骨になる最期を思うと少しだけ安らかになって泣き寝入りできたのだった。

 

 

 

んで、

 

ずっとそんな妄想をしていたせいか、

あるいはダン飯アニメ12話のせいかw

ふとこんな遊び、あるいはマジナイを思いついた。

 



いくらでも落ちている丸い珊瑚をひとつ見つけて、

それを自分の頭蓋骨と見立てる。

 

骨盤、脊椎、腕の骨、足の骨、肋骨、目玉、歯・・・、

思いつくままにそれに似た珊瑚を拾っていく。

たまに内臓みたいなグロめの色形の珊瑚もあるので、それも拾う。

 

波打ち際には、波の来たとおりに珊瑚や漂流物が線状に溜まっているのだが、

そこは火葬場で骨を拾うあの台車の様子に似ていると見立てる。

細かい骨が散乱して適当に補完が効くところに、集めた珊瑚を並べていく。

 

するとこのように、なんとなくソレっぽくなる。

もちろんマルシルのようには詳しくはないがwまあ見立てだから!

魔術は意識の技術なので、高度にできるならそのほうがイイけども。

 

つまり、類感呪術による生前葬だな。

 

自分はこの浜で波に骨を洗われる死を切望しているのだが、

今時分当然そんなケガレを持ち込むことはできないわけで、

こういう形でそれを叶えたわけだ。

これなら浜にあるものを集めて並べただけ。

すぐ風や波に散らされていくし、誰にも怒られる謂れはないもんね。

葬式らしく花でも供えたいと思ったが、花を手折るのはためらわれたので、

シーグラスを飾っておいた。

 

花は浜辺にも結構いろいろ咲いてた。

というか、開けて明るいビーチ(常世)に行くためには防風林でもある鬱蒼と暗い緑のトンネルを通る必要があるのも対比や舞台装置として意味深だ。

緑のトンネルの内と外では風も湿度も光もまるで違っていて

違う世界に来たか生まれたかような感覚を誘導してくれるのだ。

意識を変性させる仕掛けが人為でなく自然にできあがっちゃってるのがスゲー素晴らしい。

 

しかし珊瑚もそうだがシーグラスもいくらでも落ちていた。

普通のビーチではこんなには落ちてないから、

やっぱ聖地のルールを守って誰も持ち帰ってないんだと思う。感心感心。

 

 

で、

三日目の早朝にコレを思いついて遊んでいたのだが、

雲が厚くてご来光を拝むのは諦めてたとこに日が差してきたよね・・・。

 

わーい完全にお迎えきたわ~。

 

いやー、善く死んだ。

 

これで一回死んだ気持ちで、

要らない思い込みや、病むこと痛いこと悲しいこと苦しいこと、

ずっといつもここで粉々になるまで洗われているんだという気持ちで、

 

新しい生、新しい一日、新しい今を、

そこに在るがままの世界と響き合って生きられるよね。

 

っていう、死と再生の儀式になったと思うのだ。

 

みんな真似していいよ☆ 

 

 

さて、

これはまだまだ本題ではなく、

いわば神社の手水場で手と口を洗うような行為だ。

神様に会いに行く前には、俗世のケガレを落とすべし。

 

久高島にはクボー御嶽という立ち入り禁止の場所があって、

くだんのオバーは入っちゃいけない場所の入り口の前に全員を立たせて例の祟り話をえんえん聞かせてくれたのだが、(校長の長話的なダルさ)

 

後に自称霊感のある知り合いにその話をして島の航空写真を見せると、

そこに神様いないよ」と言うのだ。

もっと島のまんなかあたりにいる」と。

 

 

は?

・・・マ?

いや、自分はわからないことは否定しない主義だ。

わからないことは保留して、検証するとか考察するとか。うん。

 

クボー御嶽というのは住民が祭りを行う場所だという。

広場、前座敷、つまり拝殿であり、本殿ではない?

 

確かに、神が鎮座する本殿の上で踊る輩はいない。

神の前に設えた舞台で、神をもてなし言祝ぐために祈り踊るものだろう。

 

ちなみに、岡本太郎の著作にはこの御嶽を撮った写真がある。

岡本太郎が訪れた当時は開けっ放しだったところ、

その後マナーありえん輩が湧いたせいでの出禁なのだ。

そこは自然のままに、森に囲まれた広場に石が置いてある。

そういう場所だ。

 

そういう在り方は島の各所に見ることができる。

 

ビーチへ向かうトンネルの途中にも脇道に石が積んであった。

サイクリングのマップにない獣道のような茂みの先にも、

人が出入りしてわずかに草や木を整え、石が置いてある場所がある。

 

島の信仰とはそのように素朴で原始的で、だからこそ最も根元的にパワフルなのだと岡本太郎は感嘆しているのだが。

 

そう、その本を読んでいたから自分も気がついた。

集落を沖縄本島を見ても、本土とは景色が違う。

お地蔵さまも道祖神も鳥居も、ひとつもない。

あるのは石敢當とシーサー。言葉は通じても文化圏は違う。

日本の常識を外して観察しなくては、聖地のサインがわからない。

 

いや、日本に限らず世界のどこでも、

パワースポットがあれば大抵人間は壁と屋根で覆って供物を捧げはじめる。

神殿やら教会やらの建築や鳥居や門などの境界を設けて、聖と俗を切り離す。

下々の者を遠ざけて権力や神職がパワスポを独占している、という言い方もできる。

 

しかしこのささやかな島では海が境界となり、不届き者も権力者も住み着きはしなかった。

だからすべてがそのまま、太古の様式のまま、万人に開け放してある。

 

そこは何気なくそこにあって、いっさい隠されてはいない。

ただ文字で示されてもいない。

人工物の境界で区切られてもいないが、看板や標識も無い。

そういう場所だった。

 

 

 

 

この広場とこの石、ここが島の中心だ。

きっとこの星の中心のひとつでもある。

 

自分の心身で「あーここかー」と思えて良かった。

 

立ち入りも祈りも写真もブログも、何も禁止されたとは思わなかった。

位の高い神様ほど何も禁じたりしなくなる。

愛そのものに近くなり、ただ許されて在るというありがたさばかり。

脱帽して一礼して入って、20分ばかり忘我に瞑想して、写真を撮って一礼して出た。

 

祈りっつーても、なにかお願いしたわけではない。

逆だ。

ああしたいこうなってほしい、という願いだが我欲だか洗脳だかわかんない想念、そういうものをぜんぶキレイさっぱりにして、

空っぽになってこの場と響き合って天と地を繋ぐただのアンテナにアンプになろう、とかそういう感じだ。

何事も無心になれたときこそ全てと調和して最も善く行えるのだ。

 

空より高く海より深く 星々の尽きるより遠く魂の始まりより古く

身もなく心もなく 名もなくわざもない

色即是空 空即是色 皆空

 

 

 

 

 

 

・・・で、

あとは、集落に近いビーチでぼ~っとしていた。

新しく生まれたんだからいわば産湯に浸かった気分。

やっぱトランスしたあとは着地も大事だからね。

チューニング最高感度のまま俗世の毒電波浴びたらバグるからw整理体操的な。

小さい浜だけど、メーギ浜が一番おだやかで優しくて和む浜だったな~。

穏やかだからそこに人が住もうと思ったんだな。受け入れられてる感じする。

青みがかった岩や、砂に赤い珊瑚が混じっているのも美しかった。

 

 

ああ、この浜で夕日を撮ろうと思ったんだけど曇ってて、

でも埠頭で歌うギター野郎がいたんだよな。

独りで海に向かってギターを鳴らし、

「たりないものは何も無い、大事なものはみんなここに在る。」

と歌う彼に、

まったく正しくこの島のシャーマンの系譜は継がれている気がして嬉しくなった。

拍手して手を振ったよ、そのとおりだと自分も思うよ。

自然と人との交歓と調和、ちむじゅらさんよー

 

 

龍だオーブだアセンションだとキャッキャする界隈を釣ってツアーして、

世界中の人々の健康を祈るなんて大仰な人ではちゃーならんと思ったけど、

なんくるないさ

 

 

ていうかまあ、それもまた縁だわけよ。

いちゃりばちょーでーゆいまーる

誰しも必要があるからそこに遣わされているんだはず。

 

実際のとこ祟り呪いとはいわずとも、

鏡写しの道理とか、オーバーフローとか、覚醒からの過敏とか、なくはないかもしらんので、

注意喚起はあるほうが親切。

 

集落の猫は近寄ると逃げちゃう感じだったが、

サイクリングロードの東屋にいたこの子はデレデレナデナデで猫欲も満足(*´з`)まやーちむがなさん

 

 

 

でーじイイ旅だったさー。

予報雨だらけでヤべーと思ったけど、

行ってみたら晴れたし、なんなら丁度よく曇って暑すぎなかったし。

いっぺーにふぇーでーびたん。

 

 

 

あ、もしこのブログ見て行きたくなった人がいるかもであれば、

注意点も書いておきましょうね〜。

 

島は海に囲まれてまず湿度パねぇから。

つか4月でもすでに夏だったから。

ウグイスがフーフイチョセミジージーグヮーが合奏するカオスだったから。

フツーに蚊にくわれるから長ズボン推奨で。

あと帽子と、日よけに持っていったタオルが蚊除けによかった。

靴をマリンシューズという選択にしてみたんだけど、それは一長一短だったかな~。

歩くのをサポートする機能はないし泥がしみるし小石がハマりこむけど、

濡れても履いてるうちにすぐ乾くのは快適だった。ビーサンの最上位互換って感じかな。

安かったのも良かったし。

 

えーとあと、島について自転車借りるのはマストだな。

歩きでも行けますなんていうけど、道中は景色おもんないし時間もったいないから。

 

日中の暑い時間よりサンライズとサンセットをおすすめしたいが、

島には民宿と交流館しかないからな。

風呂無しシャワーのみが地味にツラなのでそこはよく考えて。

食事も島に食堂が一軒なので、普通においしくはあるがグルメに期待とかしないように。

イラブー汁はまあ・・・、精がつくのはわかるけど一回食べたらもういいかな・・・。

現代人のよわよわのアゴではいつまでも嚙み切れなくてさー、ぐにぐにしてて、・・・うん。

そんでペットボトルとかゴミは持ち帰りで。島に焼却場がないから本島に運んで処理してるんだってさ。

 

 

 

自分が素晴らしいと思った場所はここ。

鏡も勾玉も剣も仏像も、いかにもありがたい御本尊はなーんも置かれて無いここで何を感じるか、

なにも感じないかは貴方次第だが、

 

当ブログ読者、ジブリ育ちであれば緑のトンネルを抜けるだけでそこは異世界なのだと心のどこかが囁いてくれるはずだ。

ふらっと足が向き、ここなんとなくエモいと思えて帰れたら、それが最高。

 

カフー アラシミソーリ

 

 

 

 

 

 

 

 


www.youtube.com

沖縄方言はだいだいこれで学んだ。

ネイティブからしたら間違いなく恥ずかしいハシャギっぷりでサーセン

 

 

追記。

自称霊感のある知り合い(自称前世ムーの神官w)に

これらの写真を見せたらば「ここだね」というお墨付きが出ましたww

マジかwwwあざすwww

 

 

追記のいらん考察。

 

しかし拝殿が立ち入り禁止で、本殿が全開放とはなぁ〜。

本末転倒のようで、もののわからん人々にはちょうどいい目眩しなのかも。

誰だって閉じられた金庫の中にこそお宝があると想像を逞しくする。

そして部屋のまんなかにポンと置いてあるものが最も価値あることに気づかないっていうね。

まぁまぁ、別に島はどこでも聖地であることには違いなし。いいわな。

 

それにしても、ほんとに草木を整え石を置くだけの、

子どもが遊びでもつくりそうな素朴な祭場であった。

 

それでいて集落の伝統建築は、小さな平家の家と祭壇が双子のように建っているもので、

暮らす事と祈る事の比重がほぼ同じであることを視覚的に感じさせたし、

住民の墓も本島と同じくシーミー(宴会)ができるスペースつきの立派なものが、

みんな海の方を向いて建てられているという厳粛なものだった。

ささやかな農業と漁業と観光と、現金収入に乏しいことは想像に難くない島で、信仰まわりにはがっつりコストがかかっている。

 

だからやっぱり、あえてそのままなんだろうな。

囲い閉ざせば滞るとか不敬にあたるとか、

最も神聖なところは、すでに完成されているから、できるだけ手を加えないとか、

そんな感覚かなぁ。

ちゅらかーぎー(美人)に余計な化粧はいらない、髪だけ梳いてすっぴんが一番。みたいな?

 

 

今週のお題「外でしたいこと」

Thisコミュニケーション/5種体癖主人公

 

 

 

 

15話ぶん無料だったから読んでみたら面白かった。

絵もどんどん良くなるし完結したら紙で買おう。

オススメしたいけどこれは万人受けはしないかもな~。倫理観が大問題w

毎回主人公によるホラー映画風殺人事件でオチるのが、だんだん慣れてギャグな気がして笑えてくるのはヤバいww衝撃の一話からどんどん自分の倫理観がバグってく感が中毒性高いww

 

 

 

 

 

5種体癖の特徴が強くでた主人公なので、

5種の感性が知りたい人にはいいかも。論理と合理の権化だ。

損得が感受性の中心であり、メリットとデメリットで行動原理が決まる。

視野が広く状況判断が適確、人の特徴を掴むのに長けていて指揮官適性が高い。

合理主義が行き過ぎてサイコパス殺人鬼になってるが、人情や感情の機微には実はむしろ敏い。グループをうまくまとめて盛り上げていく最強のコミュ強だ。

 

5種体癖主人公というと無職転生のルーデウスもそうだが、

誰よりも現実が見えてるからこそ、かわりに理想が低いというか、大それたことを夢見ることができない感じが似てるな~と思った。メシ食う以上の動機がない。

ルーデウスは脱兎・逃げ腰・低頭・詐欺師などと綽名されるビビリ気質だが、

デルウハは5種のわりに肝の据わってるというか振り切れてる感じだ。内面の不安の描写は無い。

 

策が尽きると見切りや諦めが早いっていう欠点が見えるのは、一話で自害をする場面だな。

食料がなくなり目的地が廃墟だったとこで、自分の命にもサイコキラーが発揮される。

 

 

一話で、雪山のさらに地下からでてきた少女の名が「よみ」

死の国や根の国からあらわれた女が黄泉(よみ)というのは中々興味深い。

そっち方向へも掘り下げられそうかな?どうかな?

 

まあ、まず体癖からメモしてみよう。

 

よみは7種かな。

「私より弱いやつには命令されたくない」というヒエラルキー思考。

初対面ではマウント気味。相手が力を示せば認めるというコミュ傾向。

ツンデレで考えるより先に身体が動くというと9種っぽくもなくもないが、

直感的というよりは脳筋で単純バカな感じ。騙されやすいし暴れたがりだし。

攻撃されてただ避けるのではなく反射でそのまま反撃してる攻撃性能の高さとか。

 

 

いちこは2種

「私は長女、みんなは妹」家族的結束が好き。

「クソマジメ、律儀にやりやがる」応用力の低いマニュアル思考。

頭脳型(勉強が得意そう)なのでデルウハが砲術を教えようと思ったのもわかるし、本を読んでる姿がハマっている。

猫耳みたいな髪型や、2種にしてはかなり表情豊かでかわいい。

 

 

むつ・・・は、6種かな?

5種デルウハと似た感受性でありながら「予想外の動きで俺を振り回す」っていうとな。

5種6種は裏切りや暗躍やスパイ活動にも適性がある。

むつはデルウハを出し抜けるのか、裏表になっている関係性にも注目だ。

裏主人公むつはラスボス悪魔デルウハを打倒できるか、というテーマもある。

あーデルウハなんて変な名前と思ってたけど、悪魔っぽさってことか?

 

 

にこは3種ぽい

依存的で享楽的でカワイイ。親を人違いしてたとかそういう間抜けな笑いどころを用意されるとことか。

 

みちは9種か。

かわいいものにしか興味がないという。感性が独特で協調性や表情に乏しい感じ。もっと出番があれば評価かわるかも?

 

いつかは10種。

「ぼかぁあいつが弱くて本当にうれしいよ」「強いばかりじゃ一人になる、そんなのさびしいだろ?」人情派きどり。

10種は博愛主義者。より弱い者や助けが必要な人が好き、という言い方もできる。

「おまえがいてよかった」と人の欲する言葉をかけてやれる直感力はお館様を思い出した、人を育てていける10種の才だ。

ガハハ笑いは女子に不似合いなようで、ざっくばらんでおおらかな10種らしさの表現でもあるのかも?

 

 

所長

体癖はなんだろうな?今んとこ判断の決め手がない。

「30分目を離しただけなのにまた殺人事件が起きている」

「絶好調ですな」ツッコミがおもろすぎるwww

 

 

っていうか、この作品は全体的にセリフ回しのセンスがいいよな~

「てめえらの死体の上でハイキングだー!」とかなんとも洋画っぽい叫びw

ホラー演出のどっかで見た感といい、映画をたくさん観てる作者なんだろう。

 

 

吉永神父は1種かな?

ずっとボッチで地下施設の人々を守りたいわけでもないのに、

自分の能力が正しく、少女を誑かす悪魔を倒すという勧善懲悪に酔う。

必要悪とか現場の判断とかよりも毀誉褒貶のお題目を好むのは頭脳型的だ。

 

 

作中にバランスよく各種感受性が配置されてるので、作者は人間観察に優れた5種だろうかとも思った。

あと足りないとすれば4種、8種か~。

 

オスカーはなんだろうなぁ・・・。

アンドレとオスカル、片目を失うなどベルばらオマージュっぽいんだけど。

デルウハが大それた理想を抱くような気質でないぶん、

オスカーが人類の希望みたいなものを示して導いてくれるキャラの配置なんだろう。

遠い神聖への信仰心があること、デルウハが最低クソ野郎と知りながらそのままに愛してくれるというのは8種の愛っぽいかもしれない。女性で軍人というのも耐えることと苛烈さを併せもつ8種向きかも。

 

 

Thisコミュニケーション、かなり意外性のあるパターンをうちだしてきていながら王道展開でもあって素晴らしい。ここからどんな物語になるのか楽しみだ。

個人的にはデルウハは最終話で死んでほしい(^ω^)勧善懲悪!毀誉褒貶!

いやまあ、種が滅ぶかどうかの瀬戸際で倫理も善悪もクソもねーけどなwww

そんなもんは人間社会の中でしか通じない実体のない概念、脳内世界にしかない共同幻想に過ぎない。

人間社会が失われているなら、自然の理である適者生存しかねーわ。生き残ったモンが正しい。

全員にしっかりがっつり殴られた後でならハーレムエンドでもいいです٩( ''ω'' )و

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体癖

体癖 - Wikipedia

 

 

参考文献はこちら。 

 

 

 

Amazonじゃなくて公式に著書がある。ガチりたい人は通販で。

もっと流行って廉価版とか文庫版とかでるといいよなー。

www.zensei.co.jp

 

 

 

 

ところで、ディスコミといえば植芝理一のこっちじゃろと思ってしまう。

民俗、呪術、心理、オタクの好きなものが濃縮煮込みにされた名作。キツネ面と学ランの組み合わせは素晴らしい。

 

 

 

 

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蟲師公式無料きてるて!!

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YouTube蟲師アニメ公式無料!!のりこめ~!

蟲師」(第1話~第13話)を期間限定配信!

 2024年1月31日(水)19:00 ~ 2024年3月1日(金)12:00

 

蟲師なんてもう当然大好きですよ。

はーまじで名作。

原作漫画はもちろん素晴らしいが、

アニメの音まわりがほんっとに蟲師の世界観を形作ってて素晴らしいから耳をそばだてて鑑賞すべし。

YouTube蟲師の音楽をどうつくってるかの紹介動画があって、

なんか見たことも聞いたこともないようなマイナーだか民俗なんだかの楽器を鳴らしていて感動した覚えがあるなぁ。

森林や雪や地下を流れる光の河、蟲たちの奇怪な動き、アニメーションももちろん素晴らしい。

原作強火勢もケチのつけようもない、ほんとに幸福なアニメ化作品だったと思う。

いやー、原作の取り扱いでモメてるこのご時勢だとありがたみもひとしお感じるね・・・。

え?蟲師の実写化ァ?知りませんねぇ~(^ω^)記憶を蟲に喰われたかな?

 

蟲師はとくに考察とか解釈とか要らん気がするけどな~。

世界観を感じて不思議な気持ちになれればそれで最高っていう。

 

淡々とした雰囲気の割にけっこう無情なことも起こるというか、

死が身近だった時代の空気感てのはこんな感じかと思うよな。

子を失う母の哀れとか、そうかと思えば産み過ぎて子捨てとかさ。

 

まあ、全部視聴してみてなにか思いついたら追記する。

あ、でも二期とか特別編は公開されないか~。まあ漫画も読みなおしてみよう。

 

 

 

 

 

 

ていうか、民俗学ラジオのMCも蟲師ガチ勢で全話解説するらしいぞw

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ああ~、タバコ、座敷童、マヨヒガ、なるほどしかない。

民俗学の文脈で解釈してくと永遠に話してられるんだなwww

 

TVアニメ「蟲師」オープニングテーマ「The Sore Feet Song」

宮崎駿の世界観を解釈する5 父性の変遷

 

 

当ブログではこれまで、

宮崎駿のテーマは作品を通して成長していくので、

前後の作品と比較しながら観ると色んな事に気がつくという視点を導入してきた。

魔女・猫・少年・飛行体、などの各テーマに注目して変遷を解釈してきたわけだが。

 

 

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いよいよ、

少年が成長して青年となったその先。

成人し伴侶や子を得て、家族という共同体を導く父となっていく、という人間の道程。

父性的なキャラクターに注目して記事にしてみたい。

 

父権を示す肩書としては父親、師匠、長(おさ)、主、族長、親方、将軍、王様、ボス、頭目、船長、社長・・・などなど。

 

 

該当しそうなキャラをざっと挙げてみよう。

 

風の谷のナウシカでいうと、ユパ様とナウシカの父であり風の谷の族長ジル。

ラピュタだと炭鉱の親方やモウロ将軍。

トトロだとサツキとメイの父。

魔女宅だとキキの父かパン屋の亭主。

紅の豚では不在

もののけ姫だと乙事主と牛飼い頭

千と千尋だと千尋の父

ハウルの動く城だとマルクルの師匠としてのハウル

ポニョだと船長の父

風立ちぬだと服部課長

 

で、最新作の君たちはどう生きるかでは父である勝一と、インコ大王。

 

 

まず注意して見ていきたいのは、父性存在と王佐や道化の違いだ。

同じような成人の男性でも、クロトワやムスカやゴンザは女王に侍る王佐、王配、組織の長ではなく二番手、参謀、補佐役世話役、といった役どころ。

そして、

ピッコロ社のおやじ、ジコ坊、黒川、青サギ男などはどちらかというと道化の性質が強い。笑いを誘う滑稽な動きや等身の低いコミカル寄りなキャラデザとかも判断材料だ。

おやじの猫みたいなヒゲ、ジコ坊のふんチラ、黒川の髪のモッサモッサする動きなど、

 

王と道化については、ちょっと豆知識というか歴史的教養が必要なところなので説明する。

現代感覚でいうと道化、クラウンやピエロというのはサーカスや大道芸で見るものだ。

旅芸人、アーティスト、観客を非日常へ誘ってくれるちょっと不気味な水先案内人といったところか。

Milageto 手作りの陶器人形、ピエロ人形、ハーレクインクラウン人形、人形、家

 

しかし過去へ遡ること王政の時代においては。

宮廷道化師といえば王の側に侍る職業であり、接待や緩衝材、いわゆる潤滑油としての人材だったという。

王という絶対権力者と相対すると、臣下はある種の緊張を強いられる。

そこで道化がふざけて場をとりもってくれたり、愚者として王と臣下の共通の蔑みの対象になることで、二者が対立する関係を緩和させたり。

そして物語においては、あらゆる権力や利害、関係性や責任と無縁であるがゆえに何にも憚らず真実を口にし、舞台の外から世界を俯瞰し、メタな視点をもちこむ狂言回しのような役割を担えるキャラだ。

 

タロットでいう愚者の意味合いだな。

ポニョのフジモトはキャラデザもまさに道化師かつ愚者だった。

 

 

あまり馴染みがないイメージかもしれないが、

日本においても封建時代にゃ幇間(ほうかん)、太鼓持ち太夫衆とかいう言葉が残っていて、権力者が存在するとその側には緩衝役も自然発生しやすいのかなとは思う。体癖でいうと3種が得意な職。

 

道化師 - Wikipedia

 

あとは父の段階を過ぎた老年期。タロットでいうと教皇や隠者。

タイガーモス号の技師のじっちゃんやカマジイはなにかを教えてくれる教師の役があるから教皇か。

顔も似てるし、ドーラとじっちゃん、湯バーバとカマジイの関係も楽隠居のじいさまをまだまだこき使う女主人てかんじで似ている。

大ババ様やポムじいや寛太のばあちゃんとか、いつか老人というテーマも注目してみても面白いかも。



 

で、

王佐や道化を侍らせている権力者、為政者、リーダーの方に話を戻そう。

 

宮崎駿が人間集団を描くときは、基本的に女が強い。

母や女王が集団の長をつとめている。

クシャナ、ドーラ、エボシ、湯バーバ、などなど女傑揃いだ。

 

一方で男性の父権はいつもどこかが不完全だ。

 

ユパ様は初手から最も理想に近い父権っぽく描かれる。

ナウシカの先生であり、エンディングではアスベルの師にもなって伴に旅立ってるようで、

べらぼうに強くて思慮深くて渋くてかっこよく、

この人についていきたいと思わせるカリスマがある。「私にユパ様のお手伝いができたらいいのに・・・」とか。

風の谷で「この子の名付け親になってください」と頼まれる場面があるが、

名付け親、ゴッドファーザーというのは子にとって親に次ぐ後見人であり保護者だ。

それはユパ様が皆から慕われてる立派な人物であるという表現なんだが。

ただひとつ、ユパ様は旅人であり、マレビトであり異邦人であり、共同体に属さない人、共同体の外の人なんだよなあ・・・・。

 

それはやはり配役としては王(皇帝)ではなく愚者なのだ。タロット的にいうと。

 

そして共同体のトップ、王であり族長であるジルは病の床に臥せていて、慕われてはいても族長としては機能不全に陥った状態であるわけだ。

姫であるナウシカが族長を代行している。

 

漫画版では王と道化の元型そのまんまのヴ王と道化というキャラも登場する。

ヴ王クシャナと兄王子達にとっての父権としてまあ割と過不足ないキャラなんだけど、

なんだけど、ちょっとびっくりするほど醜いというか、人外ギリギリの造詣であるところに含むものを感じる。あきらかに威厳を損なう外観にしてるだろこれ。

 

やけに頭が小さく首が体にめりこみ、目がイッてるという造詣は、

ラピュタのモウロ将軍もそう。あとライサンダー大佐(名探偵ホームズのキャラ)も同じ系統だな。

体癖的にいうと、首は生命力と知性を読み取る部位なので、首が無くて、脳ミソ入れとく頭蓋も小さいというのはずばり頭が悪いってことで、肩をいからせてるってのは緊張の強さ呼吸の浅さ、短気とか怒鳴る準備姿勢であるとか、そういう性質を想起しないでもない。デコ狭く目が離れてギョロってるというと10種ぽいかな、親分でありたい気質。

モウロとライサンダーは声も同じく永井一郎

金欲にかられて短絡的に「突撃だ~撃ちまくれ~!」とか叫んでからモブ兵とわちゃわちゃなだれこむコメディな流れも一緒だ。

レストレード警部やルパンの銭形警部でも「逮捕だ~」でモブ警官わちゃ~ってやってるお約束のあれ。

 

兵を指揮する将である、ということ、

率いる者の命の使い方を決めて命じる、というのは父権の最も特筆すべき権能であるというのに、

その描写がいつもいつもコメディになるというのはあまり褒められたことではないというか、まあぶっちゃけ宮崎駿の病理だったと言っていいだろう。

 

他の作者であれば、それは屈指の名場面をつくれる権能でもある。

たとえば進撃の巨人のピクシス司令のこれとか。

内地の守るべき人のため、兵士はここで死ぬまで戦えと演説する。

大義や理念を掲げられ、使命感を鼓舞されて高揚する。それが父権の力だ。

 

さて、風の谷からはユパ、ジル、ヴ王、で

ラピュタの壮年男性キャラはモウロ将軍と、炭鉱の親方がいる。

親方はマッチョメンでパズーの仕事を指導するあたりはなかなかイケてるのだが(それはやっぱ皇帝じゃなくて教皇だけど)

赤毛のおかみさんの尻に敷かれている。

「いい子じゃないか、守ってやりな」と、姫を守る勇者の使命を授けるのは、おかみさんだ。

いや、RPGとか、物語の定石でいうと勇者を魔王退治の旅に送り出すのは王様の仕事なんだけど・・・。宮崎駿作品ではその役がいつも女性っていうね。

 

 

トトロの父は、穏やかな学者タイプ。

子どもと目線を合わせて話してくれる優しい父。

魔女宅の父と、風立ちぬの二郎なんかもこのタイプだよな~。

 

これは父のような母、男のような女というキャラの配偶者を考えたときのバランスかもな・・・。

船頭多くして船山に上る、両雄並び立たず、という格言があるが。

男勝りの嫁と、男らしい男の夫婦では、多分家庭が破綻する。

互いの方針が食い違ったとき、どっちも家長を自負して譲らないんじゃ先へ進めないからな。

陽に沿うのは陰であるほうがよい。

夫唱婦随か、婦唱夫随か、

決定権を持つ責任者、家庭というチーム代表は一人にしとくべき。

 

だから、トトロと魔女宅の父は、女のような男、お母さんのように優しいお父さん、なんだろう。

男女の役割が反転した夫婦。

リアルでも結構よくある話で、それはそれでアリ。

 

二郎は、妹が医者になりたいっていう男勝りなんだよな。兄妹で男女の性質が入れ替わっているようだ。

あー、それで本庄・・・、二郎が実は女王で本庄は王佐のポジなのか。

 

で、紅の豚はモラトリアムの物語、親の目や社会の重圧から逃れ、ひとときの自由と放埓を謳歌する大学生くらいのノリなので、父親などというウザい煙たい存在は登場しない。

 

そして、もののけ姫

あまり目立たないし名もないキャラだが、牛飼い頭(うしかいがしら)のおやじさんは落ち着いて道理を弁えてて、割と良い感じに牛飼いという集団をまとめてるように見える。

「俺たちの稼業は山を削るし木を切るからな、山の主は怒ってな・・・」のセリフはなかなか、他者を害しながら生きるよりほかない忸怩な感じが味わい深い。

まあ、タタラ場の長はエボシであり、それに従う下部組織の頭なので、

裁量権はあっても最終意志決定権は無い、苦労の多い中間管理職だ。ハゲるもやむなし。

 

印象的なのは乙事主のほうだ。

太古の力を宿す巨大な猪神、山の主(ぬし)、

鎮西(九州)から何百頭もの一族を率いて海を泳いで渡り、

「たとえ我が一族ことごとく滅ぼうとも、人間達に思い知らせてやる。」

となるとこれは、典型的な父性・父権のキャラクターということになる。

一族に指針を示す族長で、

集団の進退を率いる将で、

時に構成員に死さえ命じる王たるもの。

 

だというのに。

ここまでの流れをふまえて観ると乙事主の描写も不憫に尽きる。(´;ω;`)

まずもって、乙事主は老い、盲いている。

あばら骨がうくほど痩せ、毛並みは毛玉がもつれて垂れ下がり、毛の薄くなった鼻、黒ずんで割れた牙、目ヤニなどから伺える健康状態は病んでるといって差し支えなさそうだ。ジルと一緒。

目が見えない、という設定は物事の本当の姿が見えていない、という暗喩として受け取っていいだろう。

「目が、目がぁ~」のムスカも、目が悪いからシータが真なる王であることを見抜けない、という暗喩があった。(過去記事参照)

全盛期の乙事主は、モロも惚れるほどもののわかった御仁だったのかもしれないが、

老いが彼の目を曇らせ、判断力や直観や大局観を鈍らせてしまったのだろう。

森と土着の神の力が衰え、人の力が増していく状況に焦燥を覚え、

衰えきって死ぬよりは、動けるうちに一矢報いようという心意気は理解できるが、

シシ神の在り方を自分達に都合よく誤解しているのは大変よろしくない。

モロに「そんなことも忘れたか」と言われてたやつ。

 

昼は人面獣身、夜は獣面人身、月の満ち欠けとともに生死を輪廻する神は、

獣と人、双方にとっての母なる神であり、

戦でどちらか一方に肩入れするようなレベルの存在ではない。

山や湖を創造する逸話をもつ神の心は、山や湖のスケールそのもの。何万何億年、幾星霜を生きる壮大な機構だ。

足元を這いまわる小さきもののめまぐるしい趨勢にはなかなかフォーカスできないんじゃないかな。そこに愛はあるとしても。

人間でいえば、庭を手入れし愛でつつもそこで生きる虫達の趨勢まではなかなか気がつかないみたいな。

 

乙事主はそういうことを忘れ、シシ神は森と獣とに属する神の頂点であり、森のために戦えばシシ神にも通じると思い込んだ。

いやーそれ、シシ神様サイドにコンセンサスとってないですよね・・・。

シシ神様一言も喋らないっつーか言語でコミュれる系のアレじゃないんすよ・・・。

 

一族を率いての突撃特攻も、

なぜかアシタカの察したビジョンという視点で描かれる。まわりくどい。

折角の見せ場を勢いよくフィーバーヒャッハーさせてもらえない。

時間軸一緒なのにわざわざ過去形にするとかなんなんだー。

エボシは景気よく「放てー!」で山犬も侍もふっとばしてるのとの落差よ(T_T)

「すべて分かっていても正面から攻撃したいのさ、それが猪の誇りだからね。」と矜持を表明する大事なセリフもモロ(♀)が言ってしまう。そこは猪(♂)に言わせてやれ駿(T_T)

 

さんざんフラストレーションためる構成にしといて、

 

乙事主がようやっと「進め戦士たちよ!」と配下に号令する、父権を発露し行使する場面があったと思ったら、

その時はすでに敗走中で、生皮剥がれた戦士の中身はジバシリ共だったとか、

 

これを不憫な描写といわずしてなんと言うのかって感じ。父権の不完全燃焼だ。

 

そして、敗走先のシシ神の池で、

ムスカがシータを見誤っていたように、

盲いた乙事主がシシ神を見誤ってたという場面になる。

 

森のために戦ったから、シシ神は助けてくれると思いきや、

乙事主は命を吸われてしまう。

 

どっかに書いたっけ?

シシ神はなぜ、アシタカの傷は癒し、乙事主の命は吸ったのか。

 

モロがヒントをくれている。

「シシ神は命を与えもし、奪いもする。そんなことも忘れたか」「私は十分生きた、シシ神は命を吸い取るだろう」「奴は死を恐れた、私は逃げずに死を見つめている」と。

 

あと、

アシタカは「曇りなき眼で見定め、決める」と宣誓していて、

乙事主の目は白く曇ってしまっているという対比も。

 

 

シシ神は、生死を司る。

生死は月の満ち欠けるように陰陽になって巡っているから、

サンはアシタカの前に切った若木を差しておいた。

根を切られもはや死ぬばかりの若木から、シシ神は命を吸った。

命を吸った次は、命を吹き込むターンが来るはずだ、だからアシタカには生が与えられますようにと、アレはそうあるよう整えられた儀式に見える。

サンにも優れたシャーマンの片鱗があるよな。

しかし、シシ神のような神に、儀式の力がどれほど通じるかというと・・・

猪の献身に応えないシシ神は、人の請願にも応えないような気がする。

 

だからこれは、曇りなき心に映ったことがそのまま起きるっていう、それだけなんだと思う。

 

生と死、二つの世界は隣り合ってはいるが、そこをくぐるとき、私たちは何も持ってはいけない。

人は裸で生まれ、死出の旅には肉体を捨てておもむく。

肉体が失われるのなら、それに伴って肉体に付随し肉体から派生していたものが必要なくなり、心から削ぎ落とされていく。

たとえば、生存本能や種族への帰属意識も意味を失くす。

すると、保身のための欺瞞、故意の誤解、自分に都合のいい嘘をつく必要性も無くなる・・・。

 

生死の神、シシ神と相対する時、己の死の淵を覗く時。

乙事主は、老いから犯した過ちに気がついたのかもしれない。

栄枯盛衰もまた自然の成り行きなのに、己の種族は衰え、若い種が栄えていくのを見るのは耐えがたかったこと。

流れに逆らうためには、猪神一族を全国から結集してもまだ足りぬ。

求心力を高め士気を鼓舞するためには、大義や旗印が必要だ。

例えば、自分達の主神であるシシ神と聖域の森を守るというような。

モロには「そんなことも忘れたか」と言われたが、

忘れたのではない。

シシ神の両義性についてはあえて口を噤むことにしたのだ。

子々孫々に語り継ぐべき信仰を歪めた。

戦のために、滅びを認めぬために。

都合の悪い真実を見ぬとしたことで、目は曇り盲いた。

しかし結局、神への無知は一族から更に神性を失わせ、戦には負けた。

それでもこの惨状を訴えればシシ神もあるいはと敵を引き連れ敗走し、聖域に戦の穢れとタタリをバラ撒いた。

一族の長として示すべき指針を間違い、群れのほとんどを死なせた・・・。

 

死の淵で、功も罪も偽りなく己の心のありさまのすべてを明らかにして、

決して逃れ得ぬその責任を負って、それでもなお生きるか、

と己の心に問うた。

 

返ってきた答えは、否だった。

 

と。

 

 

いや、まあ、考察つーか解釈つーか、ここまで書いちゃうと二次創作もいいとこなんだけどー。

でも順に考えるとそうならん?

目が見えない→暗喩的な盲目→シシ神の性質を誤認→それはなんのために?

あー、プロパガンダか…と。歴史を省みれば実によくある話だ。

あと、ムスカとシータの場面が踏襲されてるのもある。

 

ムスカとシータは追いかけっこの果てに、ラピュタ王の玉座の間につく。

乙事主もジバシリとの追いかけっこの果てに、シシ神の池、神域につく。

共通する意味は最深部、心臓部であるということ。

 

瞳孔の色が薄く、夜でも地下でもサングラスで目を保護しているムスカは多分、目が悪い。

「目が、目がぁ~」は彼の弱点を示唆するセリフでもある。

目が悪い彼は、リュシータ・トエル(真なる)王女がラピュタの王であり、パロ(副王)である彼の主人、彼の仕えるべき女王であることが見えない。

 

 

乙事主の目も瞳孔の色が薄く、盲いている。

目が見えない彼は、シシ神が両義性を備える神であり、

生と死と、獣と人との神であり、戦に加担するようなレベルの神でないことが見えない。

 

ムスカは「ラピュタは甦るさ!」と言っていた。滅んでしまった超文明の国を再興し、世界を支配したがった。

乙事主も、猪神や森、太古の超自然の力が再興すること、人を退け、神々やもののけの国の拡大を望んでいたのだろう。

それは陰陽になって流転する世界の在り方に反する願いなんだな・・・。盛者必衰の理あり。

 

そして、王女シータの首元のおさげ髪が二発の銃弾ではじけ飛んだように、

女神シシ神の首も二発目の銃弾を受けてはじける。

 

女傑ではあってもただの人間であるエボシが、神の首を落とすことができたのは、

ラピュタでの、王佐が女王を裏切り王国が崩壊した成り行きを下敷きにしている。

あの時は月も細く、月の満ち欠けとともに生死を行き来する神の最も死に近い時、

昼の姿から夜の姿へ変容する蛹のような不安定なタイミング、

そして、乙事主が神域にバラ撒いたケガレとタタリ、背信行為も神の力を削いだ。

神殺しが成立したのには色んな要素の重なりがあった、と。

乙事主さま、遺憾ながら(T_T)戦犯ですw

衰えや死の定めを見つめたくないからって、

いと高き神様を下界の争いに駆り出そうとしちゃいけねえのよ・・・。

神性が変質したらどうしてくれる。

 

それでもまぁ、あれはタタリガミになるより全然マシに死ねたんだと思う。

地母神、黄泉の女神に口付けられてその懐に還る死なんていったら最高に安らかそうで羨ましいくらい。

 

 

 

 

シシ神は、生と死の両方を持っているものだという。

人や猪神からすれば無尽蔵といえるほど豊富に生の力も死の力も蓄えている。

 

が、シシ神の心のスケールは大き過ぎ、彼我の差があり過ぎて、双方向の意志疎通は難しい。

 

だから、相対したときシシ神は心を写す鏡となり、扉となってくれるだけ。

 

シシ神から生を引き出すか、死を引き出すかは、向き合うものの心が決めているのだと思う。

 

過去に心を囚われ滅びまいと藻掻くものには、その混迷のままに死がもたらされ。

 

身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、と言うが、

記憶、感情、愛憎、矜持、家系、執着、未練、嘘、恐れ、様々に心を彩ってきたもの。

その全てを手放し、委ね、生まれ変わって良い。

という曇りなき自在の心でこそ、

死から生を、0から1を、無から有を、隣り合う世界から万象に成り得るエネルギーを引き出すこと、魔法を越えた創造を行うことができる。

「生きろ」と根源から生を呼び覚ます感覚を受け取ることができる。

 

銃弾が左胸を貫通した致命傷を癒すというのは、通常有り得ない奇跡だからな・・・。

即死しなかったのはナゴの守の呪いがバフでもあったからだろうけども。

ハウルが魔王にならずカルシファーに水をかけても生きてたことと同じぐらい有り得ないことだから、もののけ姫でも同じことが起きていたとみた。(過去記事参照)

 

 

 

乙事主の話から長くなったけど、

それは書きかけだった記事の内容が合流したからですまん。

 

ちょうどいつものまとめっぽく持って行けたところで、

 

以降の、千尋父、ハウル、船長父、服部課長、勝一、インコ大王、彼らについての後半戦は記事をわけようかと思う。

ちょっと先になるけど、君たちはどう生きるかのDVDが7月発売だから、それ買って周回してみてから書きたいんだよね~。

結局劇場一回しか行けてないもんで。

 

 

 

いやー、ムスカや乙事主みたいな心を愚かと笑うのは簡単だけどさー。

誰だって、自分についてる嘘のひとつやふたつ、無視してやり過ごしている不都合な真実の三つや四つ、あるからね。

例えばここんとこだとmRNAワクチン打つべきか打たざるべきか問題とか?

ほんとにほんとに、曇りなき眼で見定めて決めたと言えるだろうか?

あの騒動は大規模で、不安、恐怖、扇動、迎合、保身、差別、分断、支配、反発、金欲、義憤、正当化、自己顕示欲、エコチェン、そりゃもう心を曇らせるネガティブな想念の見本市てなもんで、無関係でいられる人はほとんどいなかったろうと思う。

 

恐れや欺瞞が生き方を歪めてしまう前に、

心の曇りをクリアにするメソッドを会得していこう。

 

大丈夫大丈夫。

アシタカのようにソフィのように、

死をも癒す奇跡、生きる力の源泉と深く確かに繋がって、

いつも新しい今このときを全霊に生きる。

その道はいつでも、誰にでも開かれてる。

 

シシ神と対峙するように、己の死の淵を見つめてみるのも一興だ。

死の瞑想。臨死体験というような。

臨死体験をすると価値観が変わるとかいう話があるが、

なにも銃弾貫通みたいな危ない目に遭わなくても、

段階的に習慣的にその淵を訪れる意識の訓練をすることもできる。

 

たとえば「武士道は死ぬことと見つけたり」とかいうけど。

弓や刀、命を奪う力を形に現したものを、正しく扱うためのわざを身につけるとか。

それは身体にフィードバックしつつ、彼我の死をシミュレートできる修行だ。

そういう言葉が内面から自然にでてくるようになると、

それは心の曇りが磨かれてるあらわれだよなーと思う。

 

 

たとえ身の内に人間どもが打ちこんだ毒の礫がくいこんでいようとも、

 

恨みを忘れ、曇りなき眼で己の死と生を見つめるのなら。

 

空なる無限の淵から、癒しの奇跡をひきだすこともできようというものだ。

 

色即是空 空即是色

 

 

 

 

 

 

 

 

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反ワクにもワク信にも与しないし、自分は打たないことにした。という過去記事。

結局一本も打ってないし、考えも変わってない。

しかしなんでそんなオチに転がっていったのか自分でも謎ですまん。

 

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ムスカの目がうんぬんの話はこの記事。

 

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致命傷を癒すとか、魔法以上の奇跡とはどのようなものか、という記事。

 

 

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唐突にタロットとか引用したんじゃなくて、

そもそもポニョを読み解くのに必要だったから、タロットの本とか読み始めたんですよ。

この本が抜群におすすめ。

 

まあ弓や刀を持ちださんでも、この作者の臨死瞑想メソッドをハウツーする本とかでも捗るw

 

 

 

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もののけ姫の過去記事、ここらで書いたことを前提にしちゃっててすまん。

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今回こちらの記事のコメント欄で、もののけ姫の続きの記事やる気あんの?という有難いコメントを頂きまして、ようやっと着手に至った次第です。読者さんありがとうございました。

いやー、書いてみてまた色々気がついたよね。有難いなあ。

 

 

 


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前半だけ公式で見れる。ライサンダーもちょっと見れる。

当時劇場でナウシカと同時公開だったんだって~。

 


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レストレード警部とモブ警官の突撃シーンはここでちょっと見れる。それにしてもハドソン婦人は最高過ぎる。

ハエのような飛行機やプテラノ飛行機、プロトベンツ、宮崎駿の造詣センスはもうここから非凡に爆発していた。

 

 

 

フェイスマグネットのサムネだけでモロとモロの子の区別がつくものだけが真のジブリオタを名乗ってよし!(`・ω・´)

青白っぽいか黄味がかっているかの色でわかれ。

 

 

٩( ''ω'' )و追記。

 

玉座弱視ムスカがシータを見誤ってる場面と

神域で盲目の乙事主がシシ神を見誤ってる場面は、色んなとこがよーく似てるな~と思いつつ見ててもうひとつ。

 

「うるさい、人間なんか大嫌いだ!」で小刀でグサッとやるサン、それをそのまま抱きしめるアシタカの場面は、

指をガブッとやるテトと、「ほら、怖くない」で包みこむナウシカの場面によーく似ている。パニックを愛で受けとめ鎮めている。

 

テトはそこからナウシカとずっと一緒にいてくれて、

サンもアシタカと一時行動をともにしてくれるけど。

 

そのあと生きる場所が別れちゃうんだよな~。

ナウシカがチートなのか、アシタカに魔力が足りないのか、サンはテトより複雑なのか・・・、まあ、その全部かな・・・。

アシタカめっちゃかっこいいのに、ヒロインと結ばれないのはタロット的には奇術師というより愚者だからかなぁ。放逐され、どこにも属さない者。

 

 

٩( ''ω'' )و追記。

 

「シシ神は死なないよ、生と死と両方持っているものだから」とアシタカが最後に言うけど。

そこはぶっちゃけどうなんだろうね?

首を返したところで、朝日を浴びてシシ神は倒れた。

神聖不可侵の大森林は里山や草原になった。

神殺しによって環境が不可逆に変化したのは間違いない。

モロや乙事主のような神々は、次作で湯屋で清められて次の世界へ葬送される。

が、シシ神は名のある川の主よりも更に神格が高く、不死性を備える。

ん~。

ていうか川が汚染されると神がクサレるという相関関係からすると、

シシ神がほんとに首もってかれて死んでたら、

神体でもある周辺地域一帯で地は割れ日は翳り水と土とは枯れ腐り、となるわけか。

ドロドロにエナジードレインされたあの惨状がどこまで広がったのやら…。

あの辺がまだ住めそうに豊かな地であるからには、やっぱ生きてるんだろうな。

朝日の前に首を返せたから、あのくらいで済んだのでは。

大ダメージが入って弱体化、元通り回復するまで百年千年単位で時間かかりますとか、

そのころには今度は人類のほうが滅んでました。とかはあるかもねww

つーか天朝様と師匠連とジコ坊は、そんな超天災級の被害が出ると知ってなお不死を欲していたと?都から遠い地方への関心なんてそんなもんか。シンプルにクソだな。為政者ってやつぁいつもそうだよ。

エボシはタタラ場が住めなくなることも承知だったのかなあ。そうなったらなったで、その恨みさえ国崩しに使いそうな人ではある。

M1グランプリで体癖演習~ 第三回

 

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一年が過ぎるのが早い、早過ぎる。

もうまたM1があるのかと。

体癖という概念を知ってからもう3年かと。

 

去年より自分の認識は進んでいるだろうか?

他者を観察しているようでいて、実は自身を露呈しているのかもしれない。こえー。

 

まあやるけど。慣例となればやらねばと思うのが1種体癖w

 

 

lemino.docomo.ne.jp

今年の見逃し配信はYouTubeではない模様~。

 

 

 

令和ロマン

 

結構好きかもw二体の日体大wにたいのにったいだいww

どうでもいい正解より面白いフェイクを愛せ」というのは名言な気がした。

そうだそうだ。体癖観察が正確かどうかより、考察する過程が脳に刺激的ならそれは愛すべき娯楽。さすが言うことがカッコイイわ。

高比良くるま、とても10種体癖みが強いね!

顔が小林よしのりに似たタイプ。眉や涙袋のくっきりした濃い顔立ち。ふとした時に隈が目立つのがどうにも陰型な感じ。

肩幅も広めの高身長に見える。10種は大柄になりやすく、若い時は足も細いが後年太りやすいという

言語感覚も巧みではあるが、リアクション芸が多いのに注目する。

10種って身振り手振りの身体感覚でなにかを伝えようとする人が多い。

子どもウケもよく、お母さんといっしょの体操のお兄さんお姉さんにもよくいるタイプ。

 

松井ケムリのほうがなんだろうな?

太めの3種?肩の厚みやデコの四角さは5種

 

二本目見ても、松井はツッコミだからな~。

んん~でもどっちかというと5種にしとくか・・・?

体格良い割にどことなく小心そうな目つきとか、

吉本にはこういう人います・・・って言った時の感じがなんとなく。

5種は人間観察に優れ、かつ利にならぬ者にはドライ。

 

 

 

 

シシガシラ

 

浜中と脇田、え~どっちも9種っぽく見えるな・・・。

脇田のファッション、紫のスーツに赤のタイと靴下というのは9種っぽい独特さのパターンに見える。空気読まないで我を通すスター気質。

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ハゲはまあ、求心顔に見えやすくはなるけど。

あ、ていうか頭の両側がハチ張ってるのがわかりやすいね!それ9種の頭の形~。

あと声のカン高さが、3種か9種かというところ。

3種は子どものような声の高さで、9種は声帯を締める力が強いことによる高さ。

脇田の場合はどっちもありそうではある。

っていうか首が短いなぁ~で肩幅が広い。不思議な体形だ。

 

浜中も、眉の長さや眉間がきゅっと狭い鼻つきで、本能型10種か9種の顔に見える。

緑のスーツも、なんかこう垢抜けない妙な緑色を着ている気がする・・・。その色をチョイスする感性、9種なのでは。

 

どっちも9種のコンビか~・・・。

9種がコンプラをネタにするのはハラハラするわ。

ズバッと本質を突き過ぎたことを言いだしそう。

「ここからはアウトで、ここまではセーフ」のグレーゾーン、

そういう明文化されないルールみたいなものが苦手なタイプだからなー。

ネタではあるけど、この人達はマジにわかんなくて困ってる実感の話なのかもしれん。

 

 

 

さや香

 

一本目爆笑~( ̄▽ ̄)ブラジルのエンゾ氏まで届けこの地団駄www

新山のオラつき気味の積極性を、石井が押したり引いたりで振り回してるのをみると、

7種6種みたいに見えるし、それで噛み合ってて面白い。

「ほぼケンカ」というキャッチコピーも納得。それ捻れの感性。

石井のギョロギョロした目力は6種っぽいよなあ。地黒っぽい肌質とか。

肩やアゴは呼吸器型と断じるには控えめではあるが。

 

しかし二本目はどういう・・・?

見せ算で眼・・・??前提を呑み込むのに時間がかかって笑えるまでが遠かった。

中盤まで石井と同じ怪訝な顔になるしかないやつ。

 

もし新山が9種体癖の気質が強ければ、こういう空気を読まないで自分ワールドを語る芸ももう少し映えたのかもしれないが。

これは滑ってる・・・よな・・・。

 

新山は7種か、でなければ4種みたいな外見なんだよな~。

途中でスーツ脱いだ体型はやや痩身というか、いうほど筋肉質でもない感じだった。

まあ、4種だけであの暴れっぷりは無いと思うけど。

 

 

 

カベポスター

去年も観察したコンビではある。

背の高いメガネ永見大吾が1種体癖

小粒に見える黒服、眉のくっきりした浜田順平が9種体癖

 

今年のネタは体癖観察に使えそうなとこがあんまり・・・?

いやまあ、1種体癖はそりゃ、怪談を理詰めで解体するのは大好きだよ。うん。

あと、俯瞰して盤上の駒のように人を動かすのも確かに好きだねww 

脅しは良くないけど因果応報の大義名分があればやるでしょうね。

 

メガネの気質の現れたネタではあるのかもしれない。

 

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マユリカ

初見だけど彼らはわかりやすかったかも!

坂本が6種体癖

中谷が3種体癖かな。

 

坂本のアゴがまあ、わかりやすくシャクレ系で一見して6種と見当をつけたw

で、神経質そうな雰囲気で、倦怠期の夫婦のツンツンした感じを演じだしたんだけど、

っぱ人の気を惹くが巧いわ~。しれっと聞き捨てならないやつをぶっこむテクニカルな話術。

ああいうやりくちで人と親密な距離感をつくるんだなと。

 

で、ピンクの服が似合ってて声がカン高くてぽっちゃりめの中谷が3種かなと。

そりゃ夫婦を演じたら妻役だわな~。

頑なさが持続せずコロッと気分が変わって、6種にいいように転がされるチョロかわいさよw

3種体癖に倦怠期とかあんのかねえ~??

3種は飽きるのはそりゃ一番早いけど、いつでも今が楽しい子どもっぽさが持ち味。

ケンカしてもいつの間にか仲直り、が最もやりやすい相手だとは思う。

 

 

 

ヤーレンズ

あれ?また9種か・・・?なんか毎年どれかに偏るなあ~。それもまた面白。

 

楢原真樹、顔つきはさほどでもないが、この独特の人の話聞かないマシンガンなトークと唐突にぶっこむリアクション芸。9種っぽい~。服の変な丈と色も9種っぽい~。

おばさんキャラじゃなくてガチのオネエではってくらい堂に入り過ぎた演技よw必要以上にやり過ぎる9種みを感じる。

 

出井隼之介はどっちかというと10種みたいな顔に見える、目が離れた魚顔というか。

でも喋りのスピードがもはや9種wいや相方に釣られてるのかねえ。

 

ああでも、楢原のほうが大柄で出井のほうが小柄だな。

体癖でいくと、縮む力の強い9種の方が小柄に見えやすく、広がる力の強い10種のほうが大柄になりやすい、という先入観はあるのだが逆だね。

いや、9種でもけっこうデカい人はいるけどね~。その場合は肩幅はないことが多い気がする。横から見るとお尻がプリッとしてて立体感がある感じとか。

 

うーん、ボケの体癖はわかりやすいが、ツッコミの体癖は判断材料に欠けがちかも。

 

二本目のラーメン屋のネタのほうが面白かった。

 

 

 

真空ジェシカ

 

見るの3年連続だぞスゲーなー。

見る方も慣れてきたのかちゃんと磨きがかかってんのか、前年までより笑った。

いや今回はネタ元がだいたいわかるジャンルだったのもあるか。

 

似たようなヒョロガリノッポで顔色の明るいほうが1種体癖、

演技派で地黒で頬骨などの角張りが目立つほうが2種体癖という体癖的にもわかりやすいコンビ。

 

頭脳型特化の笑いは言語とパロディに振ってるから、ある程度の文化的下地を共有してないとわからないな~。

本能型の笑いが非言語的身体的で子どもでも外国人でも笑えるのと対照的だ。

 

どちらが優れてるとかではなく、違いが観測できることそのものが興味深いね。

 

 

 

ダンビラムーチョ

 

いや、うるさっwww

人間カラオケすごいけど、うるさー。ハーモニーになってねえ~。

 

これは大原優一が・・・、8種か、やや9種もか・・・。かなりの地声の伸びと歌唱技術がありそうではある。

首あたりの肉のたっぷりさと鷲鼻が8種感。胴の厚みには8種と9種のどっちもありそうな感じ。

原田フニャオが笑顔が4種みたいな?歌は別にうまくねーけど。首のしっかりさと高身長は1種っぽさもありそう。

 

TVや宴会で生歌や流行歌をうたえる芸人って一定の需要があるからなー。

安売りしないアーティストとはまた違う歌い芸の在り方、それもまたヨシ。

 

 

 

くらげ

 

杉昇が8種かな・・・、鼻筋が通ったお公家さんみたいな顔してはる・・・。

渡辺翔太が10種かな?縄文系の濃い顔にアロハはナイスチョイスゥー。(*‘ω‘ *)b

31アイスにサンリオに口紅と完全に女子の趣味の名称がゴツめのおじの口からすらすら出てくるのおもろいわww

この形式でもっと見たくなったけど、体癖が活きてる漫才という感じでもないか?

まあ8種は確かに、人から言われると咄嗟に「違う」みたいな反発を口にしがちではあるかもw素直になれない系〜

 

 

 

モグライダー

おととし観察したコンビか。

 

芝大輔 2種体癖、ヒョロガリノッポ、地黒で頬骨などの角張りがあって、青系の地味色を着ててあとハスキーボイスも2種感あるな。歌うめー。

ともしげ 9種・・・と思うんだけどな?求心顔。赤い珍妙な服。

 

あんまヒネリの無いネタではあったけど、気楽に笑えてよかった。

釣られる呑まれるあるあるww

9種はあんまり釣られないほうだと思うけどな~。

 

 

 

はー。

よし、今年はざっとこんな感じで。

 

優勝は令和ロマンおめざした~。

リアクション芸の本能型10種が優勝で、

しかし言語想起特化の頭脳型1種2種の漫才が3年連続進出で、

なかなか体癖的にも興味深い対照のある回だったな。

 

そういえば本能型頭脳型はニュアンスは違うがどちらも持続力のあるタイプだ。

M1グランプリには出場資格があって、それは

「結成から10年以内」としたのは若手漫才師の大会にする、という理由のほかに「10年芸人を続けても3回戦に進めないようなら、見切りを付けて他の道に進んだほうが本人にとっては幸せである」

というコンセプトによるものだという。

M-1グランプリ - M-1グランプリの概要 - わかりやすく解説 Weblio辞書

 

 

3年通して体癖観察したところ、消化器型3種4種の漫才師が最も少ない傾向にあったと思うが、

3種4種はノッてるときは華やかだが、長期展望や持続力に欠ける、というやつがある。

売れない芸人を10年続けられるかどうか、という篩(ふるい)にかけたとき、

脱落していくのはたしかに3種4種からになるのかも、と納得してしまったのであった。

 

3種4種はアイドル的な売れ方のほうが向くだろうね。

旬のうちに売れるだけ売っといて去り際は潔くみたいな。

 

 

しかし、これが10年だからまだしも、

20年30年鳴かず飛ばずでも芸の道を諦められない気質もあるわけで。

そうなると、なにが幸か不幸かわからんよな・・・。

いや禍福は糾える縄の如しであり、

目に見える結果でなく、求める道のうちにこそ心の安寧があるべきなのだろう。

 

www.m-1gp.com

 

 

youtu.be

 

オズワルドを推しているが、今年はファイナリストならず。

このネタ好きだけど結構何回か見ちゃったからな~・・・。新ネタで来いよ!頼むよ!

まあ、6種体癖が両面性でもって人を振り回すという気質に合ったネタではある。

肩が厚くアゴが長い畠中が6種、童顔をヒゲでごまかし声のカン高い伊東が3種。

 

 

 

敗者復活もぼちぼち見つつ記事にしてみようか。

見逃し配信はまだしばらく公式で見られるし、ご意見ご感想などもお待ちしております~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献

 

 

体癖ガチりたい人はAmazonでなく、公式サイトに野口晴哉の著書がある。

www.zensei.co.jp



ズートピアを解釈する。メンつよはフィジ強から。

 

 

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www.youtube.com

 

 

金曜ロードショーズートピア初めて見た。

おーもしろかった~!

 

これは完成度ヤバイな。

ふわっふわの毛並みの表現だけでも目に楽しいし、

わりと長くて二転三転するシナリオなんだけど、まったく飽きさせないテンポの良さというかスピード感?疾走感がすごい。

反復というか天丼が効いてる演出もしゅき。

冒頭の演劇シーン、ウサギのジュディが食べられちゃう演技をクライマックスのオチにしたりとか。

署長のミーティング場面とか、「詐欺師って呼んでくれる?」とか「氷漬けだ」とかとか。

すでに見た場面に意味が再付与されるの脳が気持ちいい~。

長い鑑賞時間と情報過多に耐えてるところにご褒美成分うめぇ~あざますってなる~。

 

 

草食肉食、大型小型、多種多様の動物が暮らす世界観は

人種、ジェンダー、社会的階層、ドラッグ、様々な社会的分断のメタファーを、まったく説教くさくなく視聴者に読み取らせてくれる。

 

多産のウサギは農民

ずる賢いキツネはその日暮らしの詐欺師

百獣の王ライオンは市長

 

動物のイメージがズートピアにおけるステレオタイプになってて、

非力なウサギが警官を夢見ても諦めろと諭され、努力して就任しても侮られて閑職にまわされ。

キツネは社会的信用が必要な職にはつかせてもらえない。

 

「誰でも何にでもなれる」という希望のスローガンは逆に種族差という圧倒的なハードルがあること、理想と現実のギャップを何回も提示してくる。

それは「自由・平等・民主」のスローガンのもと誰でもワンチャン成りあがれたアメリカンドリームが形骸化し、

貧乏人の子は貧乏人という階層の固定化、諦めムードをドラッグで紛らわしてやり過ごすという現代の空気を写しているんだろうな。

 

金持ちの子は親も高学歴で習い事も旅行も塾もと豊かな経験を与えられて賢くなりまた金持ちになりやすく・・・という風刺画。

 

 

ジュディに弟妹が270匹いるという絵面には童話的微笑ましさよりもなんか若干の違和感というか、

駅にある人口カウンターがカチカチと増加し続けてるという描写も、この映画がただ優しいだけの夢の世界でないことを示していそう。

捕食による淘汰圧のない世界で、多産のウサギがネズミ算式に増えてったら、食料問題や住環境がどうなってしまうんだぜ・・・?という疑問がチラつく。

種族による寿命差とか、肉食動物が何を主食にしてるのかも気になるところだが。

 

一見モフモフがいっぱいでディズニーランドのような楽しい世界の随所にシビアなリアルが盛り込まれている。

世界観だけでもほんとによく出来ていて惹きこまれるわ~。

 

闇深を描こうとすればなんぼでも描ける世界で、全年齢向けの明るさ楽しさを牽引しているのはウサギのジュディのつよつよメンタルだ。

「誰でも何にでも」という理想、憧れをそのまままっすぐに叶えようと努力を惜しまず、

嫌がらせや無理難題をおしつけられても拗ねたりいじけたりせずに良い結果を目指す。

世間知らずのお人好しにつけこまれて騙され落ち込んでも、次に会う時には騙し返してみせるほど、したたかで学習力応用力が高い。

 

ジュディが光属性を詰め込んだハイスペ主人公として活躍するのも楽しいし、

それに影響されてスレた小悪党だったキツネが頼れるバディに覚醒していくのも楽しい。

 

ところで、ディズニーといえばヴィラン(悪役)も見所なわけだが。

日本漫画アニメの敵が悲しい過去ありきで盗人にも三分の理があるというのがお約束なら、

ディズニーのヴィランはもっと単純にブッ飛ばして爽快かつ、罪悪感のないコミカルさを備えてるイメージがある。

 

ズートピアヴィランは、

高圧的で短絡的、厚い胸板を高級スーツで包んだいかにもなアルファ(群れの最上位)マチズモ(男性優位主義)の権化、なんぼ殴っても死ななそーなTheジャイアンって感じのライオンの市長・・・

 

というのがブラフで、

 

実のところはごく小柄でおどおどあわあわした女性、The被害者!のステレオタイプみたいなヒツジの副市長が真犯人だった。

 

副市長という肩書ながら、雑に小突かれてるわ書類の山を持たされてるわ執務室は物置同然だわで、かなり侮られ虐げられている描写がある。

大きすぎてズレるメガネをしているが、見かけに気がまわらない性格なんだろうなっていう。

それは女性としての示威意識に欠けるってことでもあって、

なんかもーいかにも地味でおとなしそうでナメられやすくて痴漢に遭いやすそうなタイプっていうかね・・・。

 

ヒツジの副市長は軽んじられることに恨みを募らせて悪事に手を染めるのだが。

 

ところでヒツジの彼女が、ウサギのジュディとほぼ変わらないサイズ感であることがふと気になった。

 

 

彼女は史上初のウサギ警官となったジュディに「あなたは小さな動物の誇りよ」と言うけど、

普通に考えて、ウサギは小型動物で、ヒツジは中型動物ではなかろうか。

なんでヒツジを小さくした?

 

ヴィランである彼女のサイズを、ヒーローであるジュディに合わせたってことかなあ。

 

そうすると、彼女たちは似ているというか、共通項が多いことに気がつく。

ウサギは子沢山の描写があり、ヒツジもズートピアにおいて選挙の票の多い動物だという。

数の多い動物、マジョリティであるという属性。

小柄で非力であること、女性であることもそう。

政治の現場も警察の現場も男の社会であり、そこに飛び込む先進的で仕事のデキる女であるということ。

そして彼女たちはそこで男社会の手厳しい洗礼を受ける。

 

そこで道が分かれた。

ジュディはあくまで挫けなかった。キツネの詐欺師とも、無理難題をいいつけた水牛署長ともすこしづつ良い関係を築けた。

 

ヒツジの副市長はライオン市長と良い関係を築けなかった。

悪口ジョークを言い合おうとしてマジギレされたという距離感のミスり具合はわかりみが深い。

そして彼女には転売ヤーのケチな詐欺師ではなく、ドラッグ関係のガチな裏社会住人が寄ってきてしまったのだろう。

 

 

ジュディと副市長、ヒーローとヴィランは背中合わせの紙一重の光と闇のやつだった。

 

ジュディも、署長のパワハラに耐えかね都会のドライさに心折れ親の理解のなさに反発して、

自分に報いてくれない社会への無差別な復讐に走るルートがあったかもしれないのだ。

 

してみると、ジュディと副市長の違いってなんなんだろうな・・・・。

 

 

 

 

 

メガネ・・・?

 

 

 

 

 

おっとメガネ民への偏見がw

いや確かに偏見、バイアスではあるけどもw

キャラクターのアイコンとしては頭脳偏重マジメ優等生ヒョロガリみたいなことであって、それも多少無くはない。

この絵文字はまさにnerd face というw

 

ジュディはメンタルもつよいが、身体能力も高い。

腕力はなくともパルクールは花丸満点だ。

というか、身体能力が高いってことはそれを制御する脳機能も優れてるってことで、

地頭の良さとか機転の利き具合とか自己肯定感の高さ、コミュ力や人を信じられる強さとも無関係ではない。

むしろジュディのメンつよの根拠は優れた身体にあるといってもいいのかも。

 

鬱には筋トレが効く、筋肉は裏切らない。というのは意外と至言ではある。

 

まあ、実は筋肉ダルマになっても動きづらくなるばかりなので、

その意味ではジュディのように自然環境を模したアスレチックで実用的な身体をつくっていくというのはとても推奨できる。

 

副市長の焦ってあわあわした動きというのは、肚が据わらない動き、気がのぼせてしまってる動きでもある。心の脆さがそのまま動作にあらわれている。

 

 

ズートピアは動物らしい動きをアニメに落とし込むのも巧みなもので、

イタチのスルスルニョロニョロ走る動きや、ウサギの足ダン、オオカミの遠吠え、カバやサイの重量感ある動作なんかもとても見応えがあるのだが、

そういう観察の優れたアニメーターたちが心理によって起きる動作を疎かにするはずもない。

 

副市長の動き方とジュディの動き方は、重心の位置から力の分配のスムーズさから、観れば観るほどまるで違うはずだ。

 

 

理想に向かって努力し、それが現実に圧し潰されてしまったとき。

 

キツネのニックは、偏見という現実に迎合することにした。

まっとうな職を諦め、狡猾なキツネにお似合いの詐欺師へと自分を貶めた。

 

ヒツジの副市長は、パワハラという現実に復讐することにした。

ドラッグを蔓延させて社会を分断し、パワーバランスの逆転を謀った。

 

ウサギのジュディのように、何度折れても立ち直り。

「世界をより良くしましょ」という青くも崇高な使命を抱き続けるには?

 

 

 

この物語には主人公の内省のターンがある。

ジュディは一度は夢破れて実家に帰るが、

それは必要なシチュエーションなのだ。

大都会ズートピアは自然いっぱいの理想郷に見えて、

砂漠エリアの外壁はヒーター、氷河エリアに降雪機、密林エリアにスプリンクラーと、膨大な電力を使って環境を改変維持している描写がある。

負荷、不自然、ストレスがある場所だ。

ジュディの住環境も壁の薄い激狭ワンルームで、食事はレトルトにんじん。

そんなことでは心の以前に、体のケアさえできない。

HPの回復ができず、手持ちの体力を使い切ったら詰む。

 

都会から田舎へ、人為から自然へ、

広々してストレスフリーなニンジン農場で、まるまる大きく実った野菜を食べ。

ちゃんと食べて寝て、走りまわって。身体から心を整える。

そうしてるといじめっこ狐に再会して和解できたように、自分を縛っている過去の思い込みを解放する機会が訪れる。

 

大事な人を傷つけ、自分を不幸にする価値観に囚われてしまっていることは、誰にでもある。

 

その古い鋳型に自分を当て嵌め、あるいは世界を変えようとしても、いつまでも苦しみは消えない。

 

自分の過去や記憶を辿り、心の痛みを癒し、新しい認識にアップデートするほうが本質的解決になる。

 

 

まずは、自分のケアをする時間をもつ。

森とか草原とか海とか自然が調和してるところに心身をチューニングしてリセットする。

社会を変えようとする前に、自分を変えるとこから始めるっていうのは、

きっとそういうところからだ。

 

 

ムーア:
 ジュディの旅の目的は、世界をより良い場所にすること。
 僕自身、若いころにこの業界や自分の世界をより良い場所にしたいと思っていたことを覚えている。僕が学んだレッスンで、劇中のジュディも学んだことがあるんだ。
 それは、世界をより良い場所にするための最善の方法は、自分自身を見つめるべきだということ。
 必ずしも外側を変えるのではなく、内側に目を向ける必要があるんだよ。ジュディは失敗して、自分自身を見つめなおし、できるだけ良い人間になろうとする……というより、できるだけ良いウサギになろうとするんだ(笑)。自分たち自身を最良の人にしようと努力する時、僕らは世界を変えられるんだと思うよ。それはとてもパワフルなメッセージだと思うな。

 

2人の監督が語る『ズートピア』の世界 〜現地レポート Part 1〜 | ROOMIE(ルーミー)

 

 

ズートピア、素晴らしい物語だった。

アメリカの子ども、いや世界中の子供に何度でも繰り返し観てほしいなあ。

こういう物語が潜在意識や深層心理に刷り込まれてると、挫折したときふと思い浮かんで道標になるんだよ。

 

 

 

 

 

体癖も気になっちゃうから書いとくと、

 

初志貫徹の意志がバリ強く、勘も思いきりも良く身体能力が高いジュディ・ホップスは9種体癖っぽい。お尻が大きいというか腰に力がある体格もそんな感じ。腰だめ姿勢で走るとジュディらしいポーズになるというか。

署長がクビだと言っても辞めないし、署長と市長がひきとめても辞めるし、親の諭しも聞かないし、マジで全然人の言うこと聞きゃしねー。

自分の直感した通りにしか生きられず、しかしそれでこそ輝くのが9種。自己責任上等。

血ドバーブシャーからグエー死んだーで聴衆が苦笑いになるやり過ぎ演技もな。

空気を読まずに自分の感性で突っ走り、自分に惹きつけるように空気を変える。スター気質。

 

 

enesco Disney Traditions ズートピア ジュディ&ニック 4057956

 

 

詐欺師ときくとそれだけで5種体癖な気がするwのでニック・ワイルドは暫定5種。

人間観察に優れ、威圧感が無く社交的、口が巧く抜け目なく脱法行為にもさして罪悪感なく金儲けができる。

捕まりそうになったピンチですぐ「もうダメだ!」とか諦めちゃう、見切りとか損切りみたいなことが早いとことか。

ジュディに失望した時、ただ去っていくあの感じ。

人間関係をスパッと切ったり、謝ってきたら拘りなく付き合いを再開したり、対応がドライというか合理的というか。感情のコスパのよさとでもいうか。

感情に制御が効いててあんまり取り乱さないのが5種の心な気がする。

しかし、だらっとした服装や猫背、マズルの長さとか外見や雰囲気はどっちかというと6種っぽい。

ワルな感じと優しさナイーブさの二面性で女性人気が高いとこもな。

しかし6種だったらピンチの時にはオオカミどもに突っ込んで「俺はいいからお前は逃げろ」みたいな自爆行動が典型的だろう。あそこで真っ先に諦めて抵抗をやめるのは5種だって。

 

 

高圧的でプライドが高く、格下に逆らわれるとマジギレするというライオンハート市長は7種体癖。

市長とか署長、組織のトップを好むのは7種か10種かというアタリをつけるが、10種だったらもっと鷹揚。

ただ7種の方が最終的に面倒見は良い。凶暴化した動物たちを見捨てるような気はほんとになかったんだと思う。アフターケアも任せてよし。

水牛のボゴ署長も7種だな。

上司を同じタイプにすることでジュディとヒツジ副市長の対比がより明確になるというテクニックすばらしい。

上半身が大きく腕や胸が厚い体格も同じ。やっぱキャラのデザイナーも性格と体格に関連があることは経験的に知ってるよな~。

ボゴ署長はジュディには激しいパワハラかますが、乗り越えると認めてくれる。

初手でマウントして、一戦交えることで絆を築こうとするのは7種のやりかただ。

ゾウ警官の誕生日を覚えていたり、子分認定すると情が厚いはず。

そして市長にチクられると前言を撤回したり、格上や目上には服従する傾向がある。

体育会系の脳筋。警察や消防、軍隊的な組織に向く気質だ。

 

 

 

ドーン・ベルウェザー、ヒツジ副市長はなんだろうな~。

低調の人の体癖はわかりにくいわ~。

メガネもあるし、あたふたと気がのぼせるのが不調の出方で、理想が通じなかったときの脆さと悪だくみの机上の空論ぶりは妄想体質の1種体癖かもしんない。

1種っぽいスラッと感はないけど。

頭のうえのモフモフは頭でっかちってことの表現かな?キャラの重心も上がって不安定な動きもやりやすくなるだろうし。

 

 

ライオン市長がヒツジ副市長を「クサイウェザー」という悪口のあだ名で呼んだとき、

彼女は「オナライオン市長」という悪口で応酬しようとしてブチギレられたらしいが、

これは7種と1種のあるある不仲パターン。

7種はヒエラルキー意識が強く上下関係にうるさい体育会系だ。格下にナメられたらきっちりシメねば示しがつかんと考える。

1種は人類皆平等公平対等、などといいつつ自意識のポジションは俯瞰の高い位置にあるので、ナチュラルに偉そう。

言われたら同じだけ言い返して何が悪い?としか思えない。

7種父親がいた1種体癖の子としてこの不仲の関係性はすごいわかるw

どっちが悪いとかじゃなく、感受性の相性が悪い方にでちゃうこともあるよね〜。

 

 

体癖 - Wikipedia



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