ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

すずめの戸締り 仕事と大人

Suzume no Tojimari

 

すずめの戸締り 2周目いってきた~。

 

色々自分の中で未消化だったことの答えが見つかった気がするが、

 

まず帰ってすぐウチの猫をめちゃくちゃ抱きしめて頬ずりしながら「お前はずっとうちの子だよ」「大好き大好き大好きだよ」を10回くらい言った。

奇行に猫は暴れたが。

 

2周目のダイジンはマジで胸にくるものがある・・・。

 

初見での不吉で謎めいた印象を払拭して、

周辺の情報からあらためてダイジンの気持ちを想像するとだ。

 

要石になることは、凍るほど冷たくて動けなくて記憶や体や心が消えていきながら永い時間をかけて神になっていく、そういうツライお役目で。

 

そんなとき、温かい手が抱き上げてくれて、動けるとなったら、とりあえず走って逃げる気持ちも分かる。

 

しかしおそらく、自分を縛るその役目が存在理由でもありエネルギー源でもあったから、

ダイジンは最初はボロッボロなんだよな。

自由になりたかったけど、それを叶える力が無くて、だからもう一度すずめのところへ行く。一度助けてくれた人が、もう一度助けてくれるかもと期待して。

 

すずめは煮干しと牛乳をくれて「うちの子になる?」と言ってくれる。

すずめと主従になれば、式神として主からエネルギーを得られるのだろう。

飼い猫にエサをやるのは飼い主の義務だ。

ダイジンはフワシャキッとして、閉じ師すずめの式として役に立とうと後ろ戸の開く場所へ案内をはじめる。

 

ダイジンとすずめはほとんど会話してないからな~。

いろいろ誤解とすれ違いが生じているし、まあ、薄々察しつつも不都合なことを無視するという心理もあるかもしれない。

 

只人には見えない後ろ戸を開け閉めし、要石を抜くことができたすずめを、ダイジンが閉じ師と認識していても何もおかしくない。

 

要石がどんなものであるか、草太はおそらく羊郎じいちゃんに教わってない。

羊郎じいちゃんはサダイジンと旧知であり敬う態度だったのに、草太は「お前は何者だ!」みたいな認識だったからな・・・。

 

草太が椅子にされて要石にされたように、

ダイジンも猫にされて要石にされた元閉じ師の可能性もなくはない。

というか、要石になることも含めて閉じ師の仕事という可能性だな。

それを教えて覚悟させるか、教えないでなし崩しに封じるのかは、育てるものの裁量によるのかなあ・・・。

わからんけど、過酷な仕事だ。

 

で、ダイジンは要石の役目は何も知らない新人の草太に押し付けて、自分はすずめの側でよろしくやろうと思ってたら、

すずめは「草太さんを戻して」「どっか行って、二度と顔も見せないで」と。

主従の契約を反故にするので、ダイジンは「好きじゃなかった・・・?」でまた急速にボロガリになってしまう。

なんならあそこが一番泣けたんだけど今回。猫がボロになる心的ダメージが自分的にクソデカなのよ。

 

いや、「うちの子になる?」ってさ。

気軽に言っていいことじゃ無いっていうか、すごくすごく重い言葉なんだよね。

 

こどもや子猫が育つまで、衣食住不自由ないように整え、様々なケアをしてやるってことはさ・・・。

 

叔母の環がすずめに「うちの子になろう」と言った、

その言葉の責任を環は12年重く背負いつづけた。

「12年あんたに尽くしてきて」の内実は、家や職場に飾られたたくさんの記念写真、

手の込んだキャラ弁や煮干しが常備されてる台所事情(煮干しで出汁とってる丁寧さ)

貯金を使えるようなってる携帯、仕事を休み東京まで迎えくる行動、随所にあらわれている。

環は実の親でもそこまではってくらい、すずめをきちんと育てている。

 

ま、そのきちんとしてるってことがプレッシャーになるのもわかるけど。

 

サダイジンが環に言わせた、「そんなの覚えてない」「うちから出てって」という拒絶の言葉は、

すずめがダイジンに言った「二度と顔も見せないで」という拒絶の意趣返しなんだろうね。

 

すずめが深く考えずに言った「うちの子になる?」で、

ダイジンがどれだけ喜んで、暖かい自分の居場所を見つけて、役に立てる仕事を見つけて、この先も現世で生きていく縁を得たと思ったのか、

そして拒絶の言葉でそのすべてを失った、その絶望について、

すずめにはもうちょっと配慮してもらいたい!無責任な言動の意味を思い知って頂く!というサダイジンの気持ちには禿同。

 

♪叱ってもらうわマイダーリン♪まで芹澤が歌ったのはアレか。ダーリンであるすずめをサダイジンママに叱ってもらう場面へのフラグだったか。

 

そしてそれでも結局、ダイジンはすずめを導きつづける。

ボロのまま芹沢の車に乗り、ボロのままサダイジンと合流し、

そしてすずめの「ありがとう」で、もう一回ふわふわ元気になるところで、

二番目に泣けたわ今回。

 

ダイジン、手酷くフラれても結局すずめが大好きじゃん。すずめが世界の中心じゃん・・・。惚れた弱みが一方通行ぅぉぉ・・・。

 

で、すずめの「私が要石になるよ!」で、そうはさせじと要石に噛みついて役を引き受けなおし、

「ボク、すずめの子にはなれなかった、すずめの手で戻して」で姿も石像に戻るところが三番目に泣けた。

 

もう2周目の主人公はダイジンだったわ。ダイジン物語だったわ。

報われなくても尽くす悲恋の物語だったわー。

 

 

いやまあ、今度は隣にサダイジンいるから、きっと寂しくないといいんだけど。

 

 

 

 

猫周りがまたクソ長文になったけど。

2周目だからみるべきところは見たよ~。

 

 

まず、宗像という名前から連想する三人の海の姉妹女神。

 

辺千果は黄色いスクーター、スナックはぁばぁ()の二ノルミは黄色い自動車

そして最後に岩戸環が拾って漕いでいく自転車も黄色だった。

三女神は千果・ルミ・環とみるべきなのか。

 

そしてすずめの椅子も黄色だ。傷ついて戸の中に隠れているというのは天照大神

 

何度も出てくる蝶もみんな黄色モンキチョウや黄アゲハ。

冒頭のすずめの布団、バス停の雨宿り、東北の丘、日記の表紙、常世の草原・・・

 

ちな、東京で草太がダイジンが飛び出した道路で轢かれそうになるのも黄色い車。

一方で芹沢のオープンカーとすずめの通学自転車は

 

どういう意味でのカラーリングなのかなあ。

 

スクーター、自動車、自転車、女性は黄色の移動手段を持ってる、という共通項でくくって、

んで逆にいえば、黄色い羽という移動手段もつのは女性であると想起させ、

それが誰かといえば、岩戸椿芽、すずめの母、とか?

まあとりま仮説で。

 

 

 

あと、天気の子では人柱やめて天候制御システムの破棄だったのが、

すずめの戸締りでは要石を据えなおして地震制御システムの維持だったのはなぜなのか。

 

2周目では納得いったわ・・・。

 

 

お仕事だから。だ。

 

 

「大事な仕事は、人から見えない方がいい。」のやつ。

 

 

そもそも天気の子、陽菜と帆高は15歳とか14歳、こども、未成年だ。

 

すずめの戸締りでは、草太が大学4年だから多分22歳。それは、大人や・・・。

大人とこどもは年齢で明確に区切れるわけではないが、

草太は教員採用試験はともかく、

家業の閉じ師はじいちゃんが引退してるから、草太が当代当主ってことなのでは。

若くても重大な家業に責任をもつ人ってことになる。それは大人にならざるを得ない。

 

仕事、責任、役目、職業意識の高さ、プロの矜持、使命・・・。

 

こどもは自由で無責任なら、

おとなは責任と義務っていう対比、あると思います。

 

須賀がオフィスを構えて従業員を雇ったとき、

彼らに給料を払う責任を負い、代わりに、彼らに仕事を割り振り命じることができるように。

 

草太は、当主として閉じ師達に仕事を命じ、またその命を預かる責任を負う。

猫達に、ふたたび要石として閉じ師としての役目を果たすよう命じるのは、大人だからできることでもあり、すべきことでもある。

 

どうりでなー、キャラデザが目が小さめになったなとは思ってたよ。

大人っぽさを意識してたのか。

 

いやー。

 

新海誠ジュブナイルでボーイミーツガールの監督っていう先入観があったのがいけなかった。

あと、アニメはこどものためのものっていう先入観も多少あったな。

 

まさか、大人として仕事にどういう意識をもつべきか、責任をどう負うべきか、なんてテーマがアニメ映画で提起されてるとは。職業ドラマだったとは。

大人になったらな。絶対に穴をあけるわけにいかない仕事とか、身命を賭して、石に齧りついてもやり遂げるべき仕事とか、そういう場面もあるよね…。子育てでもそういう場面はあるだろう。

ブラックだからバックレはバイトの特権つーかw

 

 

でもそう、小説の天気の子での夏美のモノローグ

 

私の少女時代は、アドレセンスは、モラトリアムはここまでだ。

少年、私はいっちょ先に大人になっておくからね。君や陽菜ちゃんがどうしようもなく憧れてしまうような大人に、早くああなりたいって思えるような大人に。

とびきり素敵な、圭ちゃんなんて目じゃないまだ誰も見たこともないようなスーパーな大人に。

 

っていうのが、ちょうどすずめなんだろうね。

高校生のすずめは、ダイジンを要石を据えること、目下のものに役目を命じることで、大人になるイニシエーションを通過したんだろう。

 

誰かになにかを命じること、それは重い責任を負うことだけど。

それで「うちの子になる?」の重さがはじめてわかるというものだ。

親や雇用主や責任者に、使われる方から使う方に、支配と庇護の表裏一体を与えるほうになる、という心の成長の段階がある。

 

 

実感としてわかるなあ。

こどものころ、犬が欲しいといって犬を飼ったけど。

エサを買うのも親の金、病院行くのも親の金、自分が世話をサボれば親が怒る。

自分が飼ってるつもりで責任を負ってるのは親だった。

 

若い頃、職場で半野良みたいな猫をかわいがったけど、自分の生活もカツカツなのにその猫を引き取ってやれなくて、数年で行方不明になってしまった。

 

今、ようやくその頃みたいな後悔がないようにという決心で猫を飼ってる。

避妊去勢注射投薬風呂など、心を鬼にして猫の嫌がることもせねばならぬ。気軽に旅行も行けないし、環の不満もいくらかわかる。

 

 

そういえば、環は婚活がうまくいかないこともすずめのせいにしてたけど、

漁協の同僚岡部稔への応対をみる限り、結婚できないのはすずめのせいじゃなくて、恋愛力が低めな本人のせいだと思うのであった。

 

完璧主義&不器用ぽいというか、「すずめをちゃんと育てる」のタスクで頭がいっぱいで他を見る余裕が無いんだろうね。開閉型9種み。

 

 

 

えーと後そうだ。

 

冒頭の夢の場面の景色。

津波の被害を受けた街がそのままに緑に覆われている、というのは、

実際には無かった光景のはずというか、(片付けがあったはず)

あれはすずめの心が当時の痛みを抱えたままで時間が経過している、という表現に見えた。

常世というのは死者が赴く場所といいつつ、死んだ母の姿が草原にあらわれることは無かった。

むしろすずめの要所でいつも側にいる黄の蝶こそが母の魂のように見える。

 

今回描かれた常世は、心の中、記憶、精神という意味での常世に見えたかなあ。

 

人の心が重しになって、後ろ戸にミミズが封じられているというのは、

人々の平和に暮らしたいという願いが、本来自然のサイクルとして起こるべき地震を先送りにしている、ということだろうか。

集団での願いの力ってバカにできないからねえ。

でもだから、人々が無意識にでなく、もっと能動的に心の力を使えたら、

閉じ師や要石みたいな少数にリスクの高い方法でなく、

然るべき心のメソッドで住環境を治めていくことも可能といえば可能な気がする。

無自覚に誰かに押し付けてしまってるものはきっとあるよな。

それをちゃんと自分のぶんを引き受けられる大人でありたいと思う。

 

 

 

思いつくままに書いたから順番がめちゃくちゃだが、2周目の感想はそんなもんで。

 

前回はボッチ観賞で、今回は人と一緒に行ったのだがその人は君の名は天気の子よりすずめの戸締りが良かったそうだ。

 

色々あるね!

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

 

すずめの戸締り 小さいつづら

 

小説 すずめの戸締まり (角川文庫)

 

見て一日たって、忘れないうちに気になったことをメモしとく。

二周め行く前に見なおす用ってことで。ネタバレあり注意で。

 

 

● すずめの戸締り、というタイトルから

すずめのお宿あるいは舌切り雀からモチーフをとるのかと思っていた。

いじわるばあさんがすずめの舌を切ってしまう。

やさしいじいさんはすずめのお宿(常世)へ誘われる。

歓待されてお土産に、小さい葛籠と大きい葛籠のどちらかを選ぶ、ってやつ。

小さいつづららしきものは出てきた、「すずめのだいじ」の箱だ。

絵日記という過去の感情や情報がそのまま収まっているものが入っていた。

では大きいつづらは? 大きくてヤベーものの詰まった箱・・・というとミミズという災禍が溢れてくる後ろ戸そのもののことだろうか?

 

欲をかいたばあさんは大きいつづらを選ぶ。

遊園地、温泉歓楽街、欲をかいた人間がつくった大きな箱ってこと?

でも学校は人の営みに必要なものな気がするなー。

 

 

新海誠のフェティッシュは今回も全開。

椅子になってJKに座られたい踏まれたいという性癖は素直に気持ち悪い。

ただまあ。歪さをうまく昇華するとただ健全であるより魅力的な表現になるものだ。

口噛み酒はうまく必要な要素として落とし込まれていたが、イスは・・・?

そういえばなんでイスなんだろ。三本足の椅子・・・、

要イシと要イス…

あーいや、三本足といえば八咫鴉か。東征を導くもの。奇数、陽、太陽の意味もある。

カラスじゃなくてイス…?(まだ納得いかない)(図像的にも意味的にもイス≠トリ)

 

 

● 名と神話ネタ、岩戸すずめ

天岩戸とアメノウズメという名前。

天照大神が素戔嗚が暴れた件のショックで岩戸に隠れ、天鈿女命が踊り、天手力男が岩戸を開き、天照大神が出てくる。

素戔嗚が天照に会いに来たとき山河が揺れた、地震が起きたという記述もあるな…。

日が隠れて再び現れるという日蝕や太陽再生の神話であり、

戸の中に隠れていたのは、母を亡くして傷ついた幼いすずめだった。

幼いすずめは戸から出る。太陽は再び地上で輝くと。

細女=すずめ 天照=幼女すずめ 

 

では、天手力男=宗像草太?だろうか。

しかし天手力男は戸を開ける神なんだよな。草太は戸を閉める人だ。逆ゥ!

細女と対になる神には猿田彦もいる。道案内の神、四辻の神、道祖神や土俗的な神の習合した性格の神だ。

四辻というのは交差点、隣り合う二つの世界の境、その扉の守り人である閉じ師とイメージ的に近いのはそっちかも。

宗像というのは九州の宗像大社を思わせるけど、あれは三姉妹の海の女神を祀るとこだよな?

三人の海の女神・・・、岩戸すずめ、二ノルミ、部千果、三人の女性は姉妹のように縁があるってことかな? 宮は神社のことだし、スナックの店名はハーバー(湾)だ。海関係。

 

そして三女神は天照と素戔嗚が和解したときに生まれた神々でもあるからー、つまりえっとー・・・。

 

まあ、神話でガチガチに答え合わせするべきものでもなかろうが、

草太の白衣を着たすずめの恰好は、前を斜めにピンでとめて腰をしばって古代日本っぽさではあった。こういうの。

最後に幼女すずめは振り返って草太を見たから、

冒頭のすずめは「どこかで会ったことありませんか?ってそれじゃナンパか」ということになるわけだな。

 

 

●黄色いモンキチョウが二匹。

胡蝶の夢プシュケなど諸々、蝶は人の魂のメタファとして普遍的なもの。

作中何度も黄色い蝶の場面がある。

二匹、というのは母と娘かと思ったけど、両方ともすずめという意味にも、他の意味にもとれるなあ・・・。

 

 

● 天気の子との反転。

空の白い水の龍と、地の赤い火の龍、という図像の反転だけでなく、

人柱や要石、生贄、命を代償に使って天災を防ぐシステムを破棄するか続行するかというテーマの反転がある。

 

すずめは「死ぬのは怖くない」「草太さんのいない世界が怖い」「私が代わりに要石になるよ!」っていう、芹沢のいうところの自分の扱いが雑な人だ。

叔母と和解し、道中で優しい人達との交流があり、草太が好きなのに、

それでも自分を大事にするっていう基本の心構えがなってない。

自己肯定感の低さ、自己犠牲、人柱を受け容れる陽菜と一緒の心の段階であり、

 

須賀のいう「人柱一人でもとの天気に戻るなら歓迎だね。てか皆そうだろ」っていう、

天気の子では否決されたはずの、皆のツケを誰か一人に押し付けるやりかたですずめの戸締りは解決するんだよなあ・・・。

ダイジンとサダイジンは人間じゃないからオッケー☆という話ではないと思うぞ。

 

でもまあ、反転、陰陽、となると、どっちが善とか悪とかではないからな~。

 

 

● あと反転といえば、

すずめの戸締りは道中がやたら順調だよね。

愛媛のミカン落とした民宿の子も、神戸の双子の母でスナックのママも、

初対面なのに好意的で親身で、そしてすずめに親切にした日は普段より客が多かったという。

 

天気の子では、都会の大人はヤなヤツが多かった。

ホテル街の女衒の男、二人の刑事、児相や警官、みんな陽菜と帆高に親身じゃなかった。

 

天気の子では周囲が逆風で、尽くす意味や価値を見いだせない社会だった。

すずめの戸締りでは追い風だ。人も運もすずめ達の味方。みんなに尽くされたぶん、みんなに尽くさなくてはという気持ちになる。

 

 

 

 

● っていうか、地震が、ミミズが、人が去った寂しい場所から、人が神から自然から借りたものを返さない土地から湧いて出てくる災いであり、

後ろ戸の戸締りを生業とする閉じ師がいるということは、

 

3・11の震災は誰かがミスったから起きた人災の側面がある、という見方が出てきちゃうんだよな~。

 

天災なら誰を責めようもなく諦めもつくはずのところ、

天災じゃなくて人災だというなら、そこに責任を追及するっていう発想が出てきて、

原発、東電の責任を問い、賠償を求めたように、

戸締りをすべきだった人達の怠慢を責めかねないよね。民衆ってさ・・・。

家業副業、ボランティアでやっていいような仕事じゃないってことになるよね。

じゃあやっぱ秘密でこっそりしないとってことになるのかね。

「大事な仕事は見えないほうがいい」って謙虚なだけじゃなくて、人が責任を負えるようなものじゃないからって意味もあるのか?

 

いやまあ、野暮なツッコミではあるのかもしれない。

 

つか、震源地は海だったしな・・・。

地震より津波こそが脅威だったわけで。

津波を鎮める呪的システムはまた別とか?いやいや・・・。

 

● 体癖。

新海誠のキャラって体癖わかりにくい!

キャラありきじゃなくて脚本ありきって感じがする。

作家界隈ではよく、良いキャラクターが造形できると、そのキャラが勝手に動いてくれる、キャラが物語を導いてくれるとか言うけど。

新海誠とか宮崎駿は違うタイプな気がするわ。筋書きが主でキャラが従って感じ。

それでも分析を試みるなら

草太2種、陰な雰囲気、教員に適性、家業にマジメ、椅子にされる境遇に馴染めるメンタルは、役を与えられるとそれに成りきれる2種っぽさか。

すずめ9種、身体能力の高さというか、考えるより先に走り出してる直感的なとこ、

車が走ってる道路に飛び出しちゃってなんとかなるっていうのは、9種の思いきりと野性かなあ。

しかし9種は最も愛が重いタイプなので、叔母の愛に「それが重いの」とか言わなさそうかあ~。う~ん。2周目の課題だな。

ダイジン3種か6種か。懐っこく子供っぽくかわいらしく、早合点でうっかり、注目を集めたがるのは3種かな~。

でも「お前は邪魔」の攻撃性とか「人がいっぱい死ぬよ?」で脅して誘導したり、結局は自己犠牲を選ぶのは6種なのか?

 

● で、キャラの名前をググってたら、草太のじいちゃんの名前、宗像羊郎っていうのかよ・・・。

 

え、羊って草を食べるってことだよね。

めっちゃ広範囲に草食べる系の、割とアホなイメージの動物だよね。

じいちゃんはアレか、毒親なの・・・?

 

草太はじいちゃんに頼りたくなさそうで、

じいちゃんは草太が要石になってもしょうがないねって態度で、

しかも、気になってたのはじいちゃんは黒デカ猫のサダイジンにすげー敬った言葉遣いだったのに、

草太は要石だった白チビ猫に対する態度がさぁ。なんも知らなさそうっていうか、

なんかこう、重要なことを教えられてなかったのかな?っていう・・・。

 

草太が自分の扱い雑っていう自己肯定感低めっていうのは、

育て親の愛情が条件愛だった可能性が高いんだよなあ~。

 

じいちゃんは草太に身を守る術を教えず、要石にすることも想定内で育てた可能性がギルティ・・・。

 

草太・・・、でもほら友人には恵まれたしさ・・・。イケメンでモテてるしさ・・・。

じいちゃんもすずめにヒントはくれたわけで、人間の心は複雑だし禍福は糾える縄の如しだし、幸せになって・・・。

 

 

 

● 開墾、開拓の対義語としての閉じ・終い、の戸締り。とじまり、とじまい。

パンフレットにあったとおりだけど、近代の人間ははほんとやったらやりっぱなしだよね・・・。今の日本マジで廃墟だらけで。

開墾、開拓の対義語さえ辞書に無いのだ。対義の発想が無い。

墾田永年私財法の時代から、開拓したら自分らの所有だと思ってる。

少子高齢、人口減少の時代になって、

大地から自然から借りてた土地をお返しする、という思想が出てきたのはすごく重要だ。

借りたら返す。

原状復帰が望ましく、なんだったらキレイにして返すのが、貸し借りの礼儀というものだよな・・・。

あそっか、開墾開拓の対義語は原状復帰とか復旧ってことになるかー。

いやー、遊園地とか団地群とか解体して原状回復工事してたらお金いくらあっても足らんなあ・・・。

 

● あとは、鍵をかけるという動作について、光る鍵と光るスマホの関係とか、なんか気になりつつ言語化できるとこまでまとまらない。

 

 

 

 

しかしアレだな。色々書いたけど、

すずめの戸締りはややテーマの詰め込み感があるというか、

その割に心惹かれる謎の部分が無いというか。

 

 

天気の子≧君の名は>すずめの戸締り ていう評価かな~。

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

すずめの戸締まり 猫の魔。


www.youtube.com

 

すずめの戸締まり!

初日初回から見に行くとかどんだけ楽しみにしてたんだっていうね!

 

最近の映画館はソーシャルディスタンスがとれててすごい快適だったわ…。

隣に他人がいなくて画面に集中できた。

涙が出るの堪えなくていいのすごく気持ち楽〜。

 

とりあえず面白かった!

まず映像体験として、猫と椅子のチェイスがスピード感と臨場感あってギュンギュンしてて良かった。

津波で建物の上に漁船が乗ってしまってるあの絵は今もすごく象徴的で刺さった。

新海映画お約束の、好きな人に会いたくて走る切ないやつも健在。

 

現世と常世とで隔てられる想い人、というのは君の名はでも天気の子でも共通のモチーフだった。

 

オカルト、震災、廃墟に表れる時代性、色んな切り口から解釈できそうだけど。

 

とりあえず、猫の話。気になったところから徒然に書きとめておこう。

 

当方は猫飼い。しかも2匹。

 

なのでどーしても猫関係の描写には注目する。

 

猫を当然に愛するあまり、天気の子では須賀がアメを捨てたという発想が完全に盲点だったこともあるが。

 

アメは帆高や須賀の責任感の在り方を表現する装置としての猫だったが、

すずめの戸締まりでは、舞台装置以上の存在感をもった猫だったね。

新海誠監督は動物やクリーチャー周りは興味なさそうと思ってたけど、それも今後は伸びてくる要素だったりするのだろうか?

 

豊かな表情をみせる猫には感情移入できた。ダイジンもサダイジンもたいへん推せるキャラクターとして仕上がっていた。

 

 

ここからネタバレ有り注意〜。

 

 

赤いオープンカーで東京から東北へ旅するくだり、

松任谷由実の「ルージュの伝言」が再生される。

「旅立ちといえばこの曲でしょ、喋る猫もいるし。」というセリフがあり、

 

オマージュされてるのは言わずと知れた「魔女の宅急便」で猫はジジのこと。

 

 

魔女の宅急便 [DVD]

 

あとSNSで#リアル耳すま ていうのもあったね。耳をすませば、猫が電車に乗って雫が追っていく、猫の道案内。

 

 

大御所の名作をわざわざ引き合いに出すあたり、並々ならぬ自負というか意気込みと受け取らせていただく。

 

ジジにも引けを取らない猫を描く、という意を汲むとして。

 

当社比ではまずキャラデザの魅力で宮崎駿に軍配あげるけどね。ダイジンは目がデカすぎて猫というよりメガネザル。

 

ジジはキキの使い魔、魔女のマスコット。

キキの相棒とか、助言役とかそんな感じだけど、

ダイジンは要石というもっとはっきり重要な役割を担う。

地震の化身を封じる要石、

草太が代わりの要イシならぬ要イスになった時は、陽菜と同じやつだなーと思った。

つまり、多数に降りかかる災禍を肩代わりする人柱だ。

 

陽菜は人柱を拒否して、数百年周期の呪的天候制御システムを破棄して現世に帰還するが、

 

ダイジンは要石=人柱を再び引き受ける。

古文書を見た感じ数百年おきに石を据え直して続いてきた呪的地震制御システムは、

この時代でも再びメンテされて継続された。

ということのようだ。天気の子と反転のエンドっぽい。

 

ただまぁダイジンにはサダイジンが、相方がいる。

幼気なものがひとりぼっちでずっと永い御役目に封じられるというのは酷な話だけど、

宮崎と東京とに離れて置かれていた要石が、東北に揃えて置かれることになったということは、

白チビ猫も黒デカ猫が側にいるから寂しくないよ、という救済措置なのかな。

雌雄、阿吽、左右、大小、陰陽、で対になれば安定するという思想でもあるだろう。

大小猫二匹、初対面はシャーいうてたけど、

すぐ仲良しになってペロペロしてたし、あそこでなにか猫同士、要石になることの意義説明や薫陶を受けてた可能性あるかもしれない。

例えば、要石になることにも何かリターンやメリットがあるとか。

地脈と繋がることで化生から神様に存在がランクアップできるとかありそうな話。

 

 

扉の両脇に獣が控えるというのは、狛犬や稲荷やシーサーなど見慣れた絵面だ。

猫の神使っていうのはあんまり見ないけど。やっぱ猫は門番としてはな。

犬の方が忠実だし吠えるし(警報)噛むし(対人戦闘力)

番犬なら犬系がベターではあるだろう。

ダイジンが要石やだーっつって逃げちゃうのも、まぁ猫ならしゃーないっていう感じではあるなw

人選ミスというか動物選びをミスってる感ww

 

とはいえ、喋るうえに巨大化してバトれる猫っていうのはロマンあっていいよね。

ていうかジジっていうよりは、犬夜叉の雲母に似てる気がしてきた。

普段はポニテ娘の肩に乗るディフォルメされたチビの姿で、

でっかくなって単騎でも戦えるし騎乗することもできるステキな猫っていうとね。和風白猫だし。

あ、でも雲母は喋らないか。

 

黒デカ猫のサダイジンが変身すると白い大化け猫に成り、

白チビ猫のダイジンガ変身すると黒い化け猫に成るという反転は意味深なのかどうなのか。

白猫の左目に黒ブチ、黒猫の右目に白ブチがあるのは、太極図でいう陽中の陰と陰中の陽だろうな。

とりあえず、一心同体とか二匹で補って完全になるとか、そういう意味かな。対の強調。

 

 

 

ダイジンが要石の任から逃げ、すずめの前にあらわれたときのボロ加減、「うちの子」に、主従になることによって急速にシャキッとしたり、

「好きじゃなかった・・・?」でショボくれたってレベルじゃなく萎れたり、そこからすずめの「ありがとう」までずっと本調子じゃなさそうに寝てたり、

なんていうか、実は単体では長く存在を維持できないくらいに弱いのでは?という気がする。

要から抜いて、ただほっといたら消滅してたのかもしれないくらいに。

すずめを後ろ戸に案内していたのは、何かすずめの役に立っていれば、すずめに認識されることで存在を維持できるエネルギーが得られた、みたいなことだろうか?

 

 

猫まわりではとりあえずそんなことを思ったよ。

 

 

後そうだなー。

 

天気の子では空にある水の白い龍がでてきて、

すずめの戸締りでは地に臥す赤いミミズがでてきたわけだが。

 

ミミズ退治にはスズメだよね!という名づけはわかるとして、

 

なんか、草太の祝詞では「ひみず」と呼んでた気もするね?

ミミズじゃなくてヒミズは日不見、太陽を見ない地下の、モグラの一種だ。火水ともいうけど。

モグラ土竜、土の龍と書くわけではある。

 

地の赤い火の龍。そんな絵だったね。

 

人柱システムの破棄と、要石システムの続行というテーマも反転だし、

空の白い水の龍と、地の赤い火の龍も反転の図像イメージではありそうだ。

 

だから何の意味があるかっていうのは・・・、これから考える( ̄▽ ̄)

 

日不見の神に、久しくお借りしていたこの山河をお返し申す、という祝詞だった気がする。

この大地はそもそもあの赤いミミズのものであると。

借りっぱなしのまま荒れ放題の廃墟になっててゴメンだから、このたび人から自然へお返ししますと。そういう。

白い龍もそうだけど、目も顔もない神の姿というのは、善悪とか感情とか人間の理解できるスケールではない神、自然そのものの神格化っていう感じな気はするね。

 

大雨も地震も、人間の暮らしにはすごくすごく困るけど、

自然としてはそれもまた健康なサイクルに不可欠な要素であるわけで。

 

 

後、ラストで草太はもう教員採用試験は捨てて、廃墟を巡りながら旅することにしたようだけど、

教員というのは拘束時間が長くて副業しにくい職だし、

今この時代なら、廃墟巡り系ユーチューバーとかもそこそこの収入になりそうなのに~と思ったww

自分的にはすごく需要あるのだ。最近ソレ系よく見てるし。

あ、でも廃墟は入る許可が要るところもあるから、そこは注意で。

 

【過去一】バブル時代のリゾート地が丸ごと水没してできた廃墟がヤバすぎた - YouTube

 

今日は鮮度重視で一旦投稿!

二周目行くとか、また何か思いついたら書くね~。

 

 

つかエンドロールで神木隆之介おった!ってなって、

瀧パイセンのカメオ出演かと焦ったけど、フツーに芹沢だったわ。

どうりで頼れる感溢れるニキだったwww

東京も水没してないし、君の名は天気の子とは世界線違うんだろうね~。

 

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

【Amazon.co.jp限定】すずめの戸締まり (特典:CDサイズカード(絵柄C)付)

漂流団地を解釈する2 海は生前、地下は死後の常世。

スタジオコロリド公式ファンブック「雨を告げる漂流団地」

今回はネタバレ有りで。

 

 

youtu.be

inspiration.hateblo.jp

 

そういえばタイトルの「漂流団地」のは見たままわかるけど、

雨を告げる、ってのはどういう意味が込められてんのかなあ。

 

まず漂流団地だけだとアレだ、

これ系の作品の金字塔、楳図かずお漂流教室と色々紛らわしいから、

なにかサブタイトル的に文字数増やして差別化したかったのかと思うけど。

漂流教室〔文庫版〕(1) (小学館文庫)

 

作中で確かに、雨は重要だ。

大雨に呑まれることで少年少女は神隠しに遭い、この世ならざる経験をする。

漂流中も他の建造物と邂逅するときは必ず雲や雨や嵐を伴う。

 

雨や霧や川や橋や鏡のようなものは、異世界への境界にはお約束の表現ではある。

 

水は異界、

そのメタファーをざっくり解釈すると、

 

人類は皆かつて胎児であり、母の胎内、羊水に満ちたところで発生し、

その水中の世界から、この空気中の世界へ産まれてきたという原体験をもつ。

 

水中の世界は、生前の世界であり、

生以外の世界ということは死の世界であるともいえる。

 

此岸と彼岸ということだが、

岸、という言葉がそもそも水に隔てられた此方と彼方ということだ。

世界の境めには水が在る。三途の川とかステュクスとかな。

 

リアルの地理で考えても川を挟んで高地では暮らし向きが豊かなのに、

低地では湿気やら洪水被害やらで貧民の住むところになりがちで、

川一本隔てて街の雰囲気や方言や文化が違うってことは割とあるあるで、

肌感覚としても頷けるところだ。

お堀の向こうは城で、こっちは下町だったりとかね。

 

また原初の生命は海で発生し、永い年月をかけて陸上へ進出してきたわけで、

海は全生命の郷愁、過去の世界であるとか、

あるいは、羊水の成分は海水とよく似ていて人は体内に海をもつわけでもあり、

それは女性や母に限ったことではなく

胎内という閉じた空間で羊水に浮かぶ胎児と、

頭蓋という閉じた空間で脳漿に浮かぶ脳は、象徴的にイコールでもある。

 

水に包まれるということはそのように様々な解釈を可能にする舞台装置だ。

漂流団地での包み込むような大雨や嵐の描写は、

過去や郷愁、死出の旅路、神隠し、再生、どの現象についても一定の説得力をもてたように思う。

 

それにしても、雨を告げる漂流団地。

 

雨が意味するものは、過去、死、非日常、再生、等々。代入すると、

 

過去を告げる漂流団地

死を告げる漂流団地

旅を、再生を告げる漂流団地

 

みたいな?

あるいは、告げるという言葉とよくセットになる言い回しとしては「別れを告げる」とか。

まあなかなか、雨が色々に解釈できるメタファーになってていいのかもしれない。

観た後で意味がじんわりしてくるというか、

国語のテストにありそうだなあ。

 

 ( )を告げる漂流団地 のタイトルにおいて雨以外で( )のなかに入れて成立する単語を本文中から抜き出しなさい、複数回答可。みたいなw

 

なんか、石田裕康監督は天才タイプというより秀才タイプのような気がするので、テストとか言いたくなるなー。風呂敷は広げるより畳むほうが得意そうというか?

気になる体癖は・・・、

youtu.be

短めの首、縦長に広いおでこと輪郭、頬から首のラインが繋がりがちでアゴが小さく尖る。という顔の造作は8種っぽい。

が、割と肩が張ってるし、とてもにこやか。ずっと笑顔。

8種はそういう表情じゃねえなあ・・・。左右型みがある。

デコや頬が角ばってるというよりは、丸みがあるか。3種か。

童顔にハクをつけたくてヒゲをはやすのは3種男性あるある。

 

ん~?8種と3種でこの作風、この仕上がりになるのか・・・?

謎なので保留。要追加検証。

 

 

 

そうだ、再生や生まれ変わりというなら、

夏芽が夏休みだというのに、わざわざ蒸し暑い押し入れの中で熟睡してて、

航佑が屋上のテントで一人で寝て、熱中症になりそうなことをしてるが、それでも

あえてああいう狭い空間に篭るというのは、胎内回帰的な感覚の表現のように思った。

夏芽も航佑も、行き詰ってしまって、内省と再生を必要としていたから、

そういう舞台装置というか、再生の儀式にふさわしいシチュエーションというものがあるわけだな。

 

あと団地の屋上へ上る丸い出口とかもソレっぽく見えるな~。

暗い狭いところから丸いトンネルをくぐって、明るく開けたところに出る。

胎内から外界へ産まれ出でたような感覚を無意識で想起させる。

そういう図像を暗喩として仕込むのが、フィクションに説得力を与えるテクニックというものではないだろうか。

 

 



 

 

さて、漂流団地は心情の成り行きとか、キャラクターの描き方が素晴らしく丁寧だった。

行動原理も人間関係も実に過不足なく造詣されていると感じる。

 

ということは体癖メソッドでの分析にも十分に耐え得るクオリティのはずなので、アタリをつけつつ2週目視聴してみた。

 

体癖 - Wikipedia

 

熊谷航祐 5種

素直になれないのはお年頃、反抗期的捻れのせいであるとして、

作戦立案が得意な司令塔的リーダー、建物へ乗り移る道具の制作とか器用だったり、

リアリストというか、現状把握が常に冷静、一方でビビりというのは、5種だね!

 

兎内夏芽 暫定9種

抑圧と自己否定がひどすぎて性格や体癖がわかりにくいが。

人に頼るのが苦手で感情のごたごたを避ける、レイナに言い返すことなく席を離れるのは1種っぽいムーブだなー、とか

ノッポ君の世話をやき航佑を弟扱いし、生殖器型は面倒見が生き甲斐。

「勝手に突っ込んでケガをする」タイプというのは9種っぽいムーブだなー、とか。

7種だったら突っ込んでもケガしないで勝ちそう。9種って防御や耐久は捻れ型ほどじゃない気がする。

ブタメンばっかり大量に買い込む偏執っぽいとこもまあ、うん。

凝り性の9種が備蓄癖を発揮するとそりゃ大変なことになるよね・・・。今回の冒険では吉と出たけどw

 

ん~。でもまあ9種ぽいか。

人間関係がバラバラになることを恐れる(1種なら人間関係に執着がなく孤高を好む)

思い込んだことを変えるのにものすご~く手間がかかる頑固さ。意固地さ。

あと航佑の「アシストで突破する」っていう、突破力を期待されるパーソナリティ。

ジュリを助けに飛び出すとこや、ノッポ君のためイカダから団地に引き返すとこの咄嗟の思いきりのよさ、直感的な判断力というか、野性的な反射と勘の良さというか。

(1種も自律行動派だけど、ああいう無謀で危険なことはあんまりしない気がする。周囲を俯瞰してイケると判断するまでややラグがありそうというか。)

 


羽馬令依菜 7種

典型的捻れ型の性格。

積極性が高じて言い過ぎやり過ぎの傾向、絶対謝らないマン。

ずっと文句を言ってる役どころになってしまったけど、

まあ、間違ったことは言ってないし、

観覧車ちゃんを引き寄せたお手柄はレイナの想い出だし、

観覧車ちゃんと出会って別れて、夏芽の気持ちも分かったろうし?

7種って、実際に体験したことからしか学べないとか、失敗しないと分かんないっていうよね。

痛みを伴わないと、言葉でいくら説明してもホントのとこが分からない。

だから、経験の浅い若いうちは無謀だったり無神経だったり、不良になりがちだとはいいますな。

ひと夏の大冒険が一番身になるのはレイナちゃんかもね。

 

安藤珠理 6種

CV花澤香菜の声と演技は癒し系な4種っぽさ全開なんだけど、

「女は先手必勝!」でレイナちゃんをけしかけ、

「ってお姉ちゃんが言ってた~」で自分は引くという、駆け引きで人を動かすところか、

「もっと頑張る!」でやる気を出した結果、団地から落ちそうなタイシを助けて自分が落ちるとか、

そういう自滅的英雄行動になっちゃうところ、

まさにとっても典型的に6種であると言わせて頂く!

体調不良で人の気を惹こうとする、看病シチュが好きなのも6種ゥ!

 

橘譲 10種

気は優しくて力持ちで大柄で面倒見が良い、それは10種。

彼はおふくろポジションだったなあ。

居るだけで安心感っていうか、おおらかで感情が安定してたね。

 

小祝太志 3種

賑やかし少年。

他の少年少女がやたら物分かりがいいというか大人びていたので、

子どもっぽさを振りまくタイシがいることでバランスがよかった。

 

 

そういえば、

熊、兎、馬、などキャラの名前にはモチーフが入ってるっぽい。

熊は用心深さ、兎はスピードスター、じゃじゃ馬、みたいなことか?

橘とユズはともに柑橘で、祝いとタイはおめでたい感じだろうか。

安藤珠理は・・・、あんどうじゅり・・・? angel、天使?

6種体癖は天使というより小悪魔という印象だけどw

まあ、レイナにとっての天使ではあるか。

ジュリがストップをかけてくれるからギリギリ許されるラインで留まれる。

羽馬というとペガサス?天使とペガサスの友情とかメルヘンな。

観覧車というかメリーゴーラウンドの意匠みたいだ。

こういうのがモチーフなのかな。

 

ノッポ君の鴨宮団地、カモというのも水にプカプカ浮いて漂流する団地の感じに合った名前だ。

 

さて、ところでノッポ君の体癖、感受性の形を掴もうとすると難しい。

掴みどころがない雰囲気や感情の曖昧さは4種のようでもあるが、なんか決め手に欠けてしっくりこないのだ。

しかし観終わった後キャラ自体には説得力を感じるという謎。

 

それもそのはず、体癖メソッドでは解らないところに、ノッポ君の造詣の意図がある。

 

gunber.hatenablog.com

こちらのブログではエニアグラムによる考察がされてて、とても腑に落ちた。

この考え方は体癖メソッドの死角というか、

体癖って人間の関係性を観る視点に乏しいんだよな。元は治療の方法論だから。

体つきや顔の造作、口癖や動き方など、肉体という物証から観ていけるのが優れてて、自分に合うメソッドなんだけど。

体癖とエニアグラムは補完し合える方法論だと思うので、今後とも学んでいきたい。

 

で、まあ、ナツメの裏、航佑の裏、そして安ジイ、彼はそれらの複合人格というか、

ノッポ君自体はカラの依り代で、場面によって反射してる人格が違というか。

 

なるほどね。

 

ええと、

 

例えば新海誠は本人がムー愛読者を公言するだけあってオカルト的考察も捗るのだが、

漂流団地はオカルト的にはいまひとつ筋が通らない感じがしてて。

 

まず、日本の妖怪史的には器物が変化する付喪神(つくもがみ)というのは九十九神(つくもがみ)、つまり99年か100年の時間を経て成るものという。

 

鴨宮団地は出来てから60年。まだ60年なのだ。

 

いっちょまえの妖怪変化になるには未熟だから子どもの姿なのかもしれず?

60年の半人前付喪神では、器はできてても、まだ人格や意志までは曖昧なのかもな。

それで、団地に想いを寄せる人の心を反射したり、響きあったりしたのかもしれない。

 

ノッポ君は足が欠けたりもするけど、

不具のモノ、形を成しそこねたモノが海に流される、というモチーフはヒルコのようだな・・・。

水蛭子 (ひるこ)とは【ピクシブ百科事典】

こないだのサマータイムレンダのアニメ化も大変良かったわ。

 

 

ヒルコの流れ着く先は常世か・・・。

 

 

そういえば、常世、幽世、黄泉、あの世、彼岸、異界、そういうところを思う時、

図像として想起されるのは海でもあるが、地下である場合も多々ある。

 

海の常世はワダツミとすれば、

地下の常世は根堅州国という。根の国、木の根をつたっていく地下深く、というイメージだ。

地下へ伸びる穴、ラビットホールを潜るとアリスの不思議の国があるように、地下=異界の図式は東西を問わず普遍的なものだ。

 

では、海に流されて着く異界と、地下へ降りて至る異界は、どう違うのか。

あるいは、創作に使う場合にどう使い分けられるべきなのだろうか。

 

という疑問が湧いた。

 

ので、ここから恒例の楽しいホラ話のターンだ。

 

 

日本の神話を読み解き解釈するなら、

ヒルコが生まれ損ねた時、まだ地下は黄泉では無かった。

というか地下という概念そのものが登場していなかった、ということは創造されていなかった、設定に無かった、ということだろう。

まだ世界は混元から凝りはじめたばかりの原始であり、大部分は曖昧だった。

思いつくままノートに書きはじめて余白たっぷりの物語のように。

 

地下である黄泉にいるのは女神イザナミであり、

彼女は神話世界ではじめての死者として、その国を象徴し統べる神となる。

 

つまり、イザナミが死んだとなった時にはじめて、その別離の行く末である黄泉の国が生まれ、それはどこかといえば地下である、という設定が生まれたのだ。

 

古代人の心を想像するに、

死者を埋葬するという行動様式が、死者は地下にいるという発想を生むのは必然だろう。

愛別離苦を癒すため、人の心は物語を紡ぐ。

死んでしまった恋しい誰かのことを想い夢に見て、その人は今側にはいないけれど、どこかであの頃のように暮らしているのでは、という気がする。

どこで?亡骸は埋めたのだから地下だ。

そこには今までに別れた人もたくさんいて、

そこでその人たちはきっと生前のように暮らしている。

人間が暮らすところはどこであれそれなりに、衣食住を満たす生活の様がある。

ということは、そこは地上と同じく共同体の様相を呈しているという想像になる。

 

そういうのが根の国

生き終わった者の行く死後の国、とすれば。

 

不具の子、歩くこともなく流された子、成体になることのなかった未熟なもの、

つまり、生まれなかった者であるヒルコが流され着く海の国というのは、

 

未だ生まれぬ者が戻る生前の国、という対比を解釈できる気がしますなあ。

 

いや、国という言葉は似つかわしくないな。

そこは人の理の通じぬ無秩序で曖昧な、未だ凝らぬ混元に近いところだから。海の常世だ。

 

七歳までは神のうち、などと言うけども。

性格や言動がはっきりして労働力になるまでの年齢、

全員が何かを持ち寄り支え合って暮らす共同体の一員と見做せるまで育つ年齢が、

目安として七歳くらいなのだと言ってもいいかもしれない。

 

だってなぁ。歩けず喋らぬ幼子が親と離れてひとり、どこかの共同体へ行ったのだと想像しても、そんなのあの子だけじゃ日々の暮らしもままならないのにっていう心配にしかならんし。そんな物語では心の安らぎにならない、不採用だ。

 

七歳未満は人間未満ということで、両生類や魚類の水中世界、人間に進化する前の生物の世界、海という胎へと戻せば。

また現世に、陸地の世界へ進出してくる時が再び訪れるだろう、なんて思ったりもできる。

 

どや。

 

常世、彼岸という言い方ではワダツミも根の国も同じだけど、

 

生者のものでない世界という言い方では海も地下も同じだけど、

 

生より以前か、生より以後か、

 

地下は死後の世界、海は生前の世界、という使い分けはアリな気がしてきたね。

 

 

もちろんぜーんぶ今考えた嘘なんだけどね! (゚∀゚)ハッハッハ 

人の話を簡単に信じちゃいけねえな。(゚∀゚)ハッハッハ

 

ただ、この単なる言葉の羅列のなかに、なにか心に響くものがあったのなら。

「きっとそうなんだろう」と感じたのなら。

 

その心の琴線の在り処、それが訪れた感覚にはすすんで親しんでほしい。

 

心が感じとった真実の気配は、疑ってはならない。

「そんなわけないか」の一言で蓋をするなど、とんでもなく勿体無いことだ。

心をセンサーにすれば、ただ開かれている真実に気がついていける。

 

そうやって生きられれば、間違わないんだよな。

 

まあ、でもまず現代人はナツメのように間違った思い込みと自己否定を幾重にも背負って、大事なアンテナが傾いちゃってるから。それを外していくメソッドを習得しよう。

 

漂流団地を見て、ナツメの気持ちがわかるとか、ナツメにイライラするとか、何か感情が反応したなら、そこを起点に心のクリーニングを始められる。

 

物語の効用だ。

同じ問題、同じ波長は共鳴する。

その共鳴を保持したまま、物語の主人公が自分の心に向き合うのを観る。

一度は死に、そして再生する主人公とともに、

一度死んで生まれ変わる、その疑似体験をする。

 

本来、人は毎日生まれ変わって新しい今日を生きるものなのだ。

昨日までの自分の死を恐れることはない。

 

どんなことも大丈夫だと言えるようになるには、

過去に別れを告げ、新しい自分を生きること。

 

小6女子にできたこと、大人になってもやり続けてないといけなかったなんて、最近ようやく知ったよね~。

そーゆー大事なこと誰も教えてくれないと思ってたけど、

気がついてみたら、ずっと何もかもがそう教えてくれていたんだよな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

古事記序文

それ、混元(こんげん)既(すで)に凝(こ)りて、氣象(きしょう)未(いま)だ效(あらは)れず。

名も無く爲(わざ)も無し、誰(た)れかその形を知らむ。

然(しか)れども、乾坤(けんこん)初めて分れて、參神(さんしん)造化(ぞうか)の首(はじめ)となり、陰陽ここに開(あ)けて、二靈群品(ぐんぽん)の(おや)となりき。

所以(このゆえ)に、幽顯(ゆうけん)に出入(しゅつにゅう)して、日月(じつげつ)目を洗ふに彰(あらは)れ、海水に浮沈(ふちん)して、神祇(じんぎ)身を滌(すす)ぐに呈(あらは)れき。

故(かれ)、太素(たいそ)は杳冥(ようめい)なれども、本教(ほんきょう)によりて土(くに)を孕(はら)み島をみし時を識(し)り、元始(がんし)は綿(めんぱく)なれども、先聖(せんせい)によりて神を生み人を立てし世を察(し)りぬ。

寔(まこと)に知る、鏡を懸(か)け珠(たま)を吐きて百王相續(そうぞく)し、劒(つるぎ)を喫(く)ひ蛇(おろち)を切りて、萬神(ばんしん)蕃息(ばんそく)せしことを。

安(やす)の河(かは)に議(はか)りて天下(あめのした)を平(ことむ)け、小濱(をばま)に論(あげつら)ひて國土(くに)を淸めき。

ここをもちて、番仁岐命(ほのににぎのみこと)、初めて高千嶺(たかちほのたけ)に降(くだ)り、神倭天皇(かむやまとのすめらみこと)、秋津嶋(あきづしま)に經(けいれき)したまひき。

化熊(くわいう)川を出でて、天劒(てんけん)を高倉(たかくらじ)に獲(え)、生尾(せいび)徑(みち)を遮りて、大烏(たいう)吉野に導きき。

(まひ)を列(つら)ねて賊(にしもの)を攘(はら)ひ、歌を聞きて仇(あた)を伏(したが)はしめき。

 

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

 

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

 

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

 

 

漂流団地を解釈する1 時はまさに大廃墟時代。

映画「雨を告げる漂流団地」Original Soundtrack

 

youtu.be

 

雨を告げる漂流団地すごく良かった・・・。

これはオススメできる!

 

思春期のキャラクターたちの心情がすごく丁寧で感動的で、

ぶっ飛んだ設定や絵面に違和感を感じなかった。

 

まずネタバレ無しってことで遠回しなところから褒めると、

全体通してのイメージボードの題材がいいよね。

今という時代の雰囲気を掴んでるんだろうなっていう。

 

今冬公開の新海誠の「すずめの戸締り」も似た画面作りのようなんだけど、

 

廃墟と緑と水っていう、いわゆるポストアポカリプスなイメージ。

 

これは流行りというか、

日本の今を象徴する図像って、もうそういうのなんだろうなーって思う。

 

 


www.youtube.com


www.youtube.com

 

メインビジュアルが驚くほど共通してるなーと。

これはもう監督の感性が現代っ子ってことな気がする。

30~40代の作り手として最盛期の年代に見えてる風景がこれというか。

 

無人化し、草生して水没し、時とともに自然に飲み込まれていく建築。

かつての栄耀栄華が失われ朽ちているのに、美しくノスタルジックで、盛者必衰の無常を感じさせる。

 

一昔前の流行だと、

攻殻機動隊ゴーストインザシェルとかカウボーイビパップとかアクダマドライブみたいな、

サイバーでパンクで蛍光ネオンがピカピカしてるのと、雑多で猥雑でごちゃごちゃの街並みのコントラストみたいなイメージが、アジアンでハイテクなジャパンのイメージだったんだよなー。

最近でも残響とかのPVがそんなビジュアルだけど、

これはリバイバルというか、もはや復古調というか懐古趣味というか、

ひとつのオワタでテンプレなアイコンとして使われてるんだと思うわ。


www.youtube.com

 

それは高度経済成長期の日本人の心象風景でもあったんだろうけど、

 

少子高齢化時代を迎えて、地方から目に見えて人口が減り、

かつイケイケどんどんの時代に乱立した建物群が寿命を迎え始めた。

そして壊すにも予算がいるので、財布に余裕がないと後回しというか棚上げというか実質放置され。

 

今や、日本の至るところに膨大でリッチな廃墟群があるのだ。

 

時はまさに大廃墟時代。

 

廃墟巡りユーチューバーはネタに困ることがない、この現状。

 

テレビとか見てるだけだと気がつかないんだよな。

人が集まってお金が回ってるところを紹介する番組ばかりだから。

実際、観光や再開発で賑わう地域と、廃れて忘れられてく地域では後者の比のほうが高いはずよな。なにしろ人口が減ってるんだから。

 

 

【過去一】バブル時代のリゾート地が丸ごと水没してできた廃墟がヤバすぎた - YouTube

【バブル遺産】280億円で建設された宗教遊園地が廃墟化。中に大量の観音様があってヤバ過ぎた… - YouTube

バブル遺産の温泉街「鬼怒川温泉」に行ったらほとんど廃墟化してた - YouTube

 

最近こういう廃墟巡り動画をよく見てるので、

漂流団地のシチュエーションにはスムーズに感情移入できた。

 

団地か~、団地ね~。

戦争で家も街も焼けて、そこからベビーブームと経済成長が起きて、

その需要に応えるために、バストイレキッチンの生活をユニット化してコピペで作った住まい。

出来た当初は、空襲で燃えることもなく、ご近所との格差に悩むこともなく、必要十分に整えられた時代の最先端の憧れのライフスタイルだったけど、

 

そこから60年経って建物も設備も老朽化した現代では、年金老人や生活保護世帯や出稼ぎ外国人など、もはや社会の底辺が住んでるヤベー場所みたいなイメージだからな・・・。

 

立地によってはURであーる案件とかリノベでイメージを変えたとこもあるらしいけど、

【令和の団地がヤバい】驚きのアイデアで進化を遂げた令和式のリノベ団地を内見! - YouTube

 

だいたいは撤去か廃墟かなと。

【国内最大級】巨大廃墟の真名団地に行ったら誰もいない異様な雰囲気だった… - YouTube

 

実際の廃墟動画はどうにも荒れていて物悲しいので、

そこに青く澄んだ水や瑞々しい新緑を添えて魅力的な絵に仕上げていくアニメ作りは素直に凄いと思う。

フィクションの力は人間の認識を変えるなー。

それもものすごく強力に、だ。

 

リアルの廃墟巡り動画だけ見ていると、国力の衰退に気が滅入るようだが、

物語の中で少年少女の冒険の舞台になると、キャラへの好印象がスライドされて廃墟にも肯定的な印象をもつようになる。

廃墟とはステキな場所であるという一種の先入観が生まれる。

これまで廃墟萌えは一部のニッチの趣味だったけど、

これからもっと万人にとって普遍的な原風景になっていくのかもしれず。

 

この国の現状を認識するうえで、

ポストアポカリプス作品群の発するものはとても重要になるのかもしれない。

 

 

 

本編の内容についても感想書きたいけどここまでで一旦投稿!

 

最近いまいちブログに時間がとれなくて慙愧に耐えない。(慙愧に耐えないとか言ってみたいだけ)

 

 

 

歌声と体癖2 天心の歌 Nightbirde

前回の記事から、体癖と歌声の関係について、検証継続中だ。

おおむね間違いないと確信を深めつつある。

 

inspiration.hateblo.jp

 

歌うとき響かせるその人の身体の中心がある。

胸で歌うのか、頭で歌うのか、腹で歌うのか。

心を開いて見聞きすれば感じられる。

 

メインで使うチャクラと、それが発するフィーリングや感受性、そこから生まれる姿勢や仕草、体の形、体癖。

全てに密接な関連がある。部分と全体はフラクタルになって現れているのが解る。

 

歌声だけからでもだいたいの体癖を察することさえ出来るだろう。

 

例えば私見だが、

顔出しNGの最近話題の歌姫、ado は8種体癖だろうな~と思ってる。

 

「うっせぇわ」みたいなオラッとした、攻撃的な曲で持ち味が活きるってところで捻れ型やろなーという見当がつき。

このツイートで8種であることほぼ確。

下半身太めとなればな~。

 

そういえば鬼滅の刃ラジオで、声優の下野紘が善逸でギャーギャー騒ぐ演技やり過ぎて太ももが筋肉痛になったと言っていた。

プロの叫び演技は下半身の支え鍛えがいると。

大きな声を出すには、下半身の発達が重要だと。

上半身は力が抜けて空洞、よく響く共鳴胴であることも重要。

8種は下半身が強く、肩は撫で肩、角度が落ちて脱力した形だ。歌ウマ体癖。

 

よって ado の容姿にも予想がつく。

8種の歌手てえと、美空ひばりとか鬼束ちひろとか坂本冬美とか。

やや面長で色白モチ肌で、顎は小さく尖って、鼻筋のしっかり通った、そういう系統の顔のはずだ。

 

 




www.youtube.com

聞いてればわかるけど、しっとり優しいバラードやララバイみたいなのより、トットムジカみたいなドスの効いたフィーリングの歌が圧倒的にカッコイイ。

「みんなで仲良しウフフ」とかではなく、

「絶対負けないブッ殺ス」と思うとき力も魅力も出るタイプ。

ウタでも結局うっせぇわちゃんの顔になってるのはほんとに草 かつ興味深い。

youtu.be

 

 

前回の記事から気をつけて色んなMVを見てメモもとってるし、

そのうち自分なりに体癖別歌手の一覧表もつくりたいなーと思いつつ。

相変わらず5種体癖の歌手がマジで全然いなくて笑う。キングヌーしかいないw

6種はまだちらほら見かけるんだけどな~。

 

・・・なんつって。

そんな風に歌手を上から目線で観察することに慣れていた今日このごろだったのだが。

 

衝撃の動画が無自覚の傲慢を吹き飛ばしてくれたので、紹介したい。

 

youtu.be

 

いやもう、まず聞いて。

謎の涙がだばだばで画面が見えなくなるから。

 

観察とか分析とか、いやいやそれどころじゃねえ。

心が震えて制御できねえ。俯瞰できねえ。これが感動か。ってなったわ。

 

ファーストインパクトではなにひとつわからなかった。

彼女のフィーリングは自分にとってキャパオーバーだったのだろう。

それでも「それが何故なのか知りたい」のが1種体癖の自分だから。

30周くらい聞いてると慣れてだんだん解ってきた。まだ涙は出るが。

 

体癖は左右型、どちらかというと4種だろうな。

声は高く若く少女のようで、癒し系の響きは4種っぽさだ。4種も歌ウマ体癖。

歌い出しで両手を翼のように広げる。

多分ジェーンという自己からナイトバードへ、歌う鳥へと意識を変容させる儀式なんだろうけど、すこし傾いている。左右非対称の身体性。

歌う時も左足に重心がかかっている。背の直線ぽさ、肩の形も4種傾向か。

歌うとき、喋るときも、顔を左右に振るしぐさ、癖がある。

 

 

 

佳人薄命というような儚さ嫋やかさが魅力となるのは4種のなせるわざか。

顔は、童顔といえば童顔だろう。

3種といえば丸っこさ、4種といえば角張りなのだが。

しかし、病のせいでひどく痩せていて顔からは判断しにくい。

というか、顔形を見るより、目がどうしようもなく印象的で惹きつけられる。

 

 

赤ちゃんみたいに透き通って明るい瞳だ。

これはもう、造作は関係ない。精神性のあらわれ。

 

画面が審査員に切り替わると対比で目がドブのよーに濁って見える。いや普通の大人の目なんだが。ナイトバードの目が透き通り過ぎてるだけなんだが。

メイクも服も髪も肉もゴージャス盛り盛りの審査員と、

ノーメイクで服装もまったく飾る気がないナイトバードの対比も絵としてすごいな。

病んだままをありのまま、自分として見てもらおうというマインドが、もう。

髪も抗がん剤の副作用で抜けるってやつだろうけど、カツラや帽子で隠したいとか、そういう気持ちの段階を越えている。

審査員が「君の笑顔と姿勢はそれ(病の辛苦)を感じないね」と言うけど。ほんとそう。

とても奇麗な人だと感じる。姿も言葉もだけど、なにより瞳が。

 

生と死のあわいに立ち、それをただ見つめる境地、明鏡止水とでもいうような。

 

「重要なのは、影の上に自分がいること」と彼女は言った。

他の動画にこういうコメントもある。

Because hope is the bird that sings even when she can't see the dawn.

希望は夜明けが見えなくても歌う鳥だから。

Nightbirde、夜の鳥という名前、自分で自分につけた名、道を求める自分を象徴する名。心を変容させるためにつけた新しい名の意味するところ。

彼女は、夜明けが来ないこと、死の訪れをなかば受け容れていて、それでも夜に影に絶望に呑まれず、希望を歌う鳥であろうと、自分自身を定義した。

 

天心にあるとき、技がアートになるとき。

もう体癖とか関係なくなってくるのが、よくわかった。

 

審査員もわかっている。

エスを越えているとか、本物だ。君が何気なく語ったことに何か大事な・・・(言葉にならない)とかコメントする。

歌手としての技量とか、そういう次元を超えてるということだ。

むきだしの魂の輝きそのものが、ダイレクトに心を揺らしてくる。

 

大きな魂の人。

もはや物質の世界にそぐわないレベルの人ではありそう。

それでもいい加減、こういう人も肉体を維持して生きていける世界にならないといけないのだが。

 

歌詞ももう、彼女にしか歌えない心そのままの詩。

ただサマータイムとサムタイムが最初と最後で韻を踏んでるあたり素人じゃねえなっていう感じはするけど。

 

It’s Okay / by Nightbirde 和訳: ジェフ

I moved to California in the summertime (夏にカリフォルニアへ来て)

I changed my name thinking that it would change my mind (心を変えるため名を変えた)

I thought that all my problems they would stay behind (悩みのタネを深く埋めた)

I was a stick of dynamite and it just was A matter of time, yeah (けど爆弾は時間の問題)

Oh, dang, oh, my, now I can't hide (そうよ、もう隠せない)

Said I knew myself but I guess I lied (自分に嘘をついてる)

It's okay, it's okay it's okay, it's okay (けど良い、それで良い)

If you're lost, We're all a little lost and it's all right (みんな迷いながら進んでる)

It's okay, it's okay it's okay, it's okay (だから良い、それで良い)

If you're lost, We're all a little lost and it's all right (みんな迷いながら進んでる)

It's all right (良いのよ)

I wrote a hundred pages, but I burned them all (100ページ書いて燃やした)

Yeah, I burned them all (全てを)

I blow through yellow lights and don't look back at all (黄色信号を突き進む)

I don't look back at all (振り返らずに)

Oh, dang, oh, my, now I can't hide (そうよ、もう隠せない)

Said I knew myself but I guess I lied (自分に嘘をついてる)

It's okay, it's okay it's okay, it's okay (けど良い、それで良い)

If you're lost, We're all a little lost and it's all right (みんな迷いながら進んでる)

It's okay, it's okay it's okay, it's okay (だから良い、それで良い)

If you're lost, We're all a little lost and it's all right (みんな迷いながら進んでる)

it's all right to be lost sometimes (良いの、時々なら)

 

 

イッツオーケイ、か。

そういえば、野口晴哉の詩もそんな結びだったな。

 

 

「我あり、我は宇宙の中心なり。我にいのち宿る。

いのちは無始より来りて無終に至る。

我を通じて無限に拡がり、我を貫いて無窮に繋がる。

いのちは絶対無限なれば、我も亦 絶対無限なり。

我動けば宇宙動き、宇宙動けば我亦動く。

我と宇宙は渾一不二。一体 にして一心なり。

円融無瞬にして已でに生死を離る。況んや老病をや。

我今いのち を得て悠久無限の心境に安住す。

行往坐臥、狂うことなく冒さることなし。

この心、金剛不壊にして永遠に破ることなし。 ウーム、大丈夫。」

 

きっと同じことだ。

 

イッツオーケイ、大丈夫。

 

そういうことなんだろう。そういう言葉になる感覚。

 

どうしても苦しみにばかり囚われてしまうけれど。

 

ほんとうは、死も生も、いのちのとる形のひとつに過ぎない。

 

生と死を巡りながら、魂は永い旅をしている。

 

すべての始まり生まれるより以前から、すべての尽き果てて終わるその先まで。

 

心でそこに至り、無限との繋がりをとりもどすと、

果てしなく思えた時間も空間も意味を失くす。

すべては今ここにある一瞬だけ。

いのちは、無限から有限を汲みだしている通路。

そこから射し込む光が見せる幻燈のこの世界で、

絶望をみるも、希望をみるも心次第。

それはただ委ねられているから、

 

「幸せになろうと思うまで、困難を待たないで。」

 

今このとき、ただただ、大丈夫で、オーケイな、魂の安らぎが在ること、それと共に在っていいということを。

 

キリスト教風にいうのなら、最後の審判を待つことなく、原罪の贖いを待つことなく。

神の許可を希うことなく。

ただ、神の愛と共にあると、それは知るだけでいいことなのだと。

 

幸せになるのを妨げているのは、自縄自縛の思い込みだけ。

それを手放すだけでいい。

なにも持たないとき、すべてとともにあるとわかる。

 

そういうことなんじゃないか。

 

あなたの魂に安らぎあれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイトバードのチャンネルもある。

Nightbirde Music - YouTube

が、スタジオでの録音より、番組での歌のほうがいいと感じる。

もしアーティストのライブだったなら聴衆は皆ファンだけど、この番組では誰も彼女を知らない。

アウェイの環境での歌い始めには緊張があって少し声が震えている。

数フレーズかけて彼女のフィーリングが観客の心を掴み、揺らし、会場が一体になる。

その過程も含め、奇跡のようなすべてが素晴らしいのだ。

歌ってるときはもちろん、歌い終わったときの彼女の表情も良い。

自分でも驚いているような顔に見える。

そう、インスピレーションを体現したパフォーマンスができると、自分でもどうやったかわからないという驚きや感動がある。そういう顔だ。

 

録音か・・・、録音ね。そうか。

例えば、1種体癖の歌手なら、ライブでもレコーディングでもさしてクオリティは変わらないかもしれない。8種も孤独も力になるタイプだ。

が、4種や6種、孤独に向かずコミュ力や共感能力に長けた体癖の歌手には、観客と一緒になって歌うことが重要なファクターである気がする。

ひとりで歌うといい歌手も、

みんなで歌うといい歌手もいる。

ひとくちに歌手といっても体癖を活かすスタイルがありそうだな。

 

 

 

 

そういえばこの番組、AGTアメリカズゴッドタレントっていうと、

スーザン・ボイルとかこの番組で発見されて売れたシンデレラストーリーなアレじゃないっけ。

 

youtu.be

 

ああ、番組はBGTだけどサイモンていう審査員が同じだね。若いなこの時。

スーザンボイルは8種っぽいな。このアゴが。

首と頬の肉が一体化しがちの中からアゴがクイっと主張してるの8種っぽいわ。

肩が落ちてるのも8種ぽい~。

顔は面長で、鼻もまあ。

ただ、受け答えの朗らかさに10種かなにかを感じるか。スターな気質とか。

8種だけだとこんな愛嬌無い気がするなあ。

 

えっと、まあ美醜というのは、顔の造作でなく、心身の調和に感じるものだけど。

ado もスーザンみたいな顔である可能性もなくはないね?

いや、マツコ会議によると普通におキレイな人ということだったけどw

 

 

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

 

 

 

参考文献

 

 

体癖ガチりたい人はAmazonでなく、公式サイトに野口晴哉の著書がある。

www.zensei.co.jp

 

今週のお題「おす

 

すめブログ紹介」

おすすめブログ紹介

 

次に回したい人のidを入力(2人)

id:

id:

モノノ怪全話公式無料きてるやん。

youtu.be

 

こないだの一挙配信のときのチャットのリプレイも見れるだと・・・。

もう一回見るしかないな。

熱心なファンが多くて考察や小ネタが投稿されるのも面白かった。

 

全話ぶっとおしで見ると、

女性の扱いというか、女というテーマが変遷していくのが感ぜられるところだ。

 

化け猫では、花嫁タマキは男どもの食い物にされながら、復讐さえ思いつかない。

無垢ともいうし、無力ともいえる。守られる以外に生きるすべのない段階の女。

 

座敷童では、母性、母になる覚悟、夫の助けがなくとも子に責任を負う。守られるのではなく、守る側に立つ女。

 

海坊主では、無償の愛とも盲目の愛とも。我が子ならどんな子でも可愛い母の愛、推しのためなら死ねる。ダメンズに尽くして全てを捧げてしまう女。

 

のっぺらぼうで、自立。親の条件愛による洗脳に気がつき、自分の意志でどこにでも行ける、どうとでも生きていけるという、自分自身への信頼を回復する。

 

鵺、では化け猫と逆に、男どもを虜にし、食い物にする魔性の女。

 

そして最後の化け猫では、最初の化け猫と同じ登場人物が用意される。

あてはめていくと、花嫁タマキは、新聞記者節子のポジションになる。

男社会で男に負けない能力を発揮する女。さらに女としても最先端のモダンガール。

中居のような旧態依然の女、タマキのような女を惨めだと見下す女。

 

 

なんつーかこう。

親に守られて育った箱入り娘が、男に騙され捨てられ、社会の荒波に揉まれつつ、

偶像を愛したり、期待を裏切られて苦しんだり、やられたぶんはやり返したり。

無力だった自分を嫌悪し、それを他者に投影してみたり。

泥臭くもがきながら人間性を陶冶してく過程を見ているような?

女性の精神の段階的発達において、母になることがゴールでなく、むしろその先のほうが長いというのも観察が深いところだ。

 

各話ヒロインに託された、監督の中の女性像が成長していくのを見ることができるというか。

描きながら監督も成熟しているのが解るというか。

 

作品を通して作者の認識が進み、テーマが発展していくのを見るのは快いものですな。

 

 

女と、妖と、猫と。

それらはみな闇の眷属であり、親和性の高いモチーフなんだよな。

 

正しく命題を整え、正しく問うから、答えはおのずと導かれるというか。

それがまさにアートの本質だと思うのだ。

 

 

 

 

 

過去記事

inspiration.hateblo.jp

inspiration.hateblo.jp

 

inspiration.hateblo.jp

 

モノノ怪ろくなグッズねぇな~。

劇場にあわせて商品展開がほしいところ。

個人的には、薬籠に入った天秤ちゃんとお札セットが欲しい。

あと、化け猫のケットシーっぽいあの服ほしい。うちの猫に着せたい。