ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

AI美空ひばりを解釈する。ヒトがAIを導く。

美空ひばりベスト 1949?1963

 

 

 

 

NHKスペシャル録画してたんだけど、これは思わず涙した・・・。すごく良かった。

 

https://www6.nhk.or.jp/special/sp/detail/index.html?aid=20190929

 

ディープラーニングボーカロイドの技術、モーションキャプチャや3D投影とか、

初音ミクのライブとかで進歩してる最先端のすべてを持ち寄って、

作詞家や衣裳係や実の息子やファンクラブなど、縁の深かった美空ひばりの関係者を集めて、

没後三十年の歌姫をバーチャルに再構築し、新曲を歌ってもらおうという試みだ。

 

色んな論点があると思うけど、

 

自分は、この手の問題については、

テクノロジーの次元と、心の次元は釣り合ってないといけない。とか、

AIを、人がインスピレーションで導く。

 

そういうことなら大丈夫だと思ってる。

攻殻機動隊とか、PSYCHO-PASSとか、小さな宇宙人アミとか、血界戦線とか、戦闘妖精雪風とか。

スレで色んな作品を解釈してたら、そういう手応えがあったっていうか。

それをもう一回まとめつつ書いてみよう。

それらの作品を知らない人は適当に流しつつオナシャスw

 

それにNHKスペシャルはドキュメンタリーだから、

これもひとつの人が紡いだ物語として解釈できるよな。

多くの要素をTVマンが取捨選択して構成した物語だ。

 

 

よく、AIが台頭して人間の仕事がなくなるとか、

機械に支配されたディストピアで人は思考能力や自由意志を失うのではとか、

そういう不安がある。1984とかマトリックスとかSFでよくネタになるやつだ。

それからこのドキュメンタリー内でも、

音声や映像を合成する技術で、フェイクを作れる。例えば大統領の声明を捏造できるかもとか、

美空ひばりという死者を蘇らせ弄ぶかのような忌避感とか冒涜感とか、そんな倫理的な問題についても提起があった。

 

サンプリングしてボーカロイドをつくるだけなら、初音ミクだって声優の声を使ってるし、小林幸子ボーカロイドというのが2015年にはもうあった。

 

AIによる高度な自動作成であることと、死者の歌を再構築するところに新しい問題提起がある。

 

今思えば、出川哲郎出演だった「復活の日、もしも死んだ人と会えるなら」のNHKスペシャルは前フリだったんだな。

https://www.nhk.or.jp/ten5/articles/17/003687.html

 

この番組ではヤマハの大道龍之介っていう技術者や、作詞をした秋元康

ナレーションの三浦大知が、プロジェクトを通してひとつの解答を得ていたと思う。

 

大道龍之介「技術の使い方を間違えると危い面もあるけど、今回は価値のある使い方ができた。」

秋元康美空ひばりの新曲を聞きたいという思いに、AIが力を貸してくれた。人の想いを科学がサポートしている、AIが先行するのではなくて、想いがあって、それを具現化するのに必要なものだと思いました。科学は、人の夢とか願いとか、それで奇跡を起こすもの。」

三浦大知「感動を与えてくれたのは、もう一度ひばりさんに会いたいと願う人達の情熱。それがAIに命を吹きこんだ。死者を蘇らせることが許されるのか、その答えは、人がそれを本当に望むのか、そこにある。」

 

いや本当、すべて素晴らしいコメントだと思う。結論はすでにここにある。

でもまあ、少し自分なりにも考えてつつ書いてみよう。

 

小林幸子ボーカロイドの曲の中で神調教とタグがついてるものと比べると分かりやすいけど、(下にリンク貼っとく)

 

AIが自己学習を繰り返し、それでまだ聞こえ方が不自然だった時には、

ヤマハの技術者がプログラムの重みづけを調整していって、

高次倍音とか一般人には可聴域外みたいな要素まで検証して再現して、

AI美空ひばりの歌は、かなり出来が良くなってる。かなり自然に聞こえる。

通しで聞けばまだ電子音ぽいクセが出てるとこもあるけど、

一部はもう肉声と言われても分からないところもある。

 

ボカロPみたいな人間が手動でちまちま調整するより、

ディープラーニングしたAIが作成した歌の方が優れているのは、

もう一目瞭然(一耳瞭然?)ということになったと思う。

アルファー碁がプロ棋士に連勝し、人よりAIの方が優れていると証明したのと同じパターンだ。

 

多分この新曲「あれから」は年末のNHKの歌番組とかでまた聞けそうな気も。

大御所を集めて予算と気合いが入ってるプロジェクトだったし。そのくらいはありそうなww

 

楽譜データを入力すれば何でも歌えるだろう完成度に達したAI美空ひばりだが、

初音ミクやSachikoと違って、そのプログラムは非公開だ。

お金で買ったり、音楽スキルがあれば触らせてもらえるというものではない。

 

このプロジェクトが倫理的な危うさを抱えながらも成功することができたのは、

人の心を動かし、全員が涙するステージができたのは、

美空ひばりと親交が深く、彼女の人格と尊厳を守る、そういう想いを当然に持っている人間を多く集めているところにあると思う。

そういう条件であればこそ、レコード会社や、実の息子からも貴重な音源を借りることができたし、

秋元康や天堂よしみ、森英恵とかそんなビッグネームも呼べた。

 

まあ、あえて俗に俗に考えてみればだ。

昭和のスター美空ひばりバーチャルアイドルになって歌ってくれるとなれば、

いくらでも歌ってもらいたい曲はあるというもの。

CMソングから、PRソングから、時代のヒットソングから、ボカロ殿堂曲から、

ロックでもラップでもテクノでもアリアでも民謡でも、

珍妙な歌、卑俗な歌、過激な歌、ホラーな歌、自分がつくった歌まで、

なんでも一通り歌わせてみたくなるし、その場合の経済効果も相当なモノになるだろう。

紅蓮の弓矢とか歌わせたらヒドイことになりそうwとか思っちゃうし。

 

ていうか、ぶっちゃけミクさんと同じだけ働いて貰うことが、可能っちゃ可能だ。

音源販売、グッズ展開、3Dモデルはダンスも衣装替えも何でもできるし、ライブイベントも同時多発でできる。

生身の人間とちがって、休息もいらない移動のロスもない、スケジュール調整ともプライベートとも不祥事とも、病とも死とも無縁でいられる。

ひたすらに歌うための存在、まさに完璧な歌姫というイコン、

本来の意味でのアイドル(偶像)の爆誕となることさえ有り得なくはない。

 

ドキュメンタリーの最後に「神様を見てるみたい」とコメントしたファンがいたけど。

これは本質を突き過ぎていて恐ろしい言葉だ。後述する。

 

しかし、可能ではあっても、

かつての歌姫をそういうオモチャにすることは許さないという共通の認識があって、

NHKとヤマハの看板でそれを保障するからこそ、この豪華関係者を集められたわけだな。

 

100人を超える関係者、プログラミングのプロ、作詞とプロデュースのプロ、3D映像のプロ、演歌のプロ、衣裳のプロ、演奏のプロ・・・、その全員の仕事が調和してステージに成ってるわけだけど、

そのなかでも秋元康の作詞がさすがに狙うところがウマイというか、素晴らしかったけども。一部書き起こす。

 

夕日がまた沈んでいく、あっという間の一日、

どこかに大事ななにかを置き忘れたような自分の影、

 

あれから どうしていましたか 私も歳をとりました。

今でも昔の歌を気づくと、口ずさんでいます。

 

生まれた時から追いかけていたのは、母の背中。

 

そういう歌詞なんだけど、つまり関係者やファンや、息子の気持ちを代弁する歌詞なんだな。残された者の気持ちの歌。

齢を取るのは、亡くなった美空ひばりではなく、生きている者のほうだ。

昔の歌を歌うのも、今という時まで生き、老いた者の言葉だし。

 

そして、影、というのは、また色んな意味がある言葉だw

夕日の頃にできる影は、一日のうちで最も長く伸び、等身大か、それ以上になる。

 

影、影像、というのは、AI美空ひばりをあらわすのに相応しい。

スクリーンに映る3Dモデル、過去の音源からAIが作成した、声に似た電子音。

 

データ記録や、他者の記憶から、再構築された影。

故人美空ひばりの置き忘れたものから生み出された影だ。

 

人間の外側の色と音しかない、テクスチャを継ぎ接ぎしてあらわれた虚像、フェイクだ。

 

脳も肉も血も無い。重さもぬくもりも、声帯も、共鳴胴になる身体も無い。振動しているのはスピーカーだ。

 

マネキンに服と仮面をつけて動かし、ラジカセを鳴らしているのと構図としては変わらない。

それがステージとして成り立つのは、関わった人間たちの仕事が、まさにそのガワに「命を吹きこんでいる」からだ。

 

あのドキュメンタリーの感想のなかに、現代の降霊術、というワードがあって、それもまさにwとは思ったけどもww

あんだけ魔術的とも言える条件が揃えば、あの時だけ、かつて美空ひばりだった魂は来たかもしれんけどもw

 

でもまあ、まず大前提として、あの場にいた人を感動させ得たのは、あの場にいたプロフェッショナル達のイイ仕事の結実だと思う。

そこに美空ひばりという人間はいない。彼女は30年前に死んだのだから。

 

AIでも、霊でもない。

美空ひばりの新曲のステージを創造するんだという人々の意識があって、それがフェイクをあのクオリティにまで導いた。

 

それは、AIと人間との理想的な関係性だと思う。

 

 

 

ああ、フェイクといえば、偽物語にこんなセリフがあったな。

貝木「本物と偽物、どちらのほうが価値があると思う?」

影縫「本物の方が価値がある。」

貝木「偽物の方が圧倒的に価値がある。そこに本物になろうという意志があるだけ、偽物の方が本物より本物だ。」

西尾維新のレトリックよww人為と書いて偽と読むww

 

忍野「本物と偽物は等価だ」というのもある。

宝石とかのイミテーションならともかく、この場合だと、

本物、オリジナルも人間なので何かを目指す意志を有してるからな。

美空ひばりは生涯を通して真摯にその芸を磨いていたわけで。

 

まあ、指向性とか向上心とか、ある完成を目指す意志。その尊さのみに注目するなら、そこにオリジナルもフェイクもない、というわけだ。

美空ひばりというオリジナルがあって、それをどれほど模倣し再現できるかという試みにも価値はあったと思う。

ライブラリにない曲調の新曲を歌わせてるわけだし、そこの挑戦の要素も良かった。

 

ただディープフェイクをつくってみようというんじゃないんだよな。

ステージという総合芸術をゴールに設定して、

色んな要素をまとめ上げてる。

それができるのは、やはり人間だけだと思う。

 

攻殻機動隊で、自律思考戦車タチコマ草薙素子少佐の関係性を見ると、

少佐は、タチコマ会議を見張り、タチコマの家出を追跡し、

想定外の進化で制御できないと判断したタチコマをラボ送りにしつつ、

タチコマがバトーのために無償の奉仕の精神を発揮するのを見て、再び彼らを登用する。

 

少佐が、何を以てタチコマの処遇を導いてるかっていうと、ゴーストの囁きだ。

少佐は戦士でも隊長でもハッカーでもある万能キャラだけど、その行動の指針はつまるところ、インスピレーションだ。

っていうかそこまで能力が高度かつ多岐に渡ると、それを統括できるのはインスピ以外になくなる。

 

コンセプトをもって様々な要素をまとめあげ、あるクオリティに調和させることができるのはインスピの為せる業だ。

「なんとなく、そうしたらいいかな」で、やってみたら「ピタッとくる」ところがわかる。

そういう感覚は、クリエイター、プロデューサー、指揮者、監督に必須のスキルだ。

 

PSYCHO-PASSはアニメ3期が始まる人気タイトルになって嬉しいけど、

あれだと、シビュラと常守朱の関係性がそれにあたる。

まあ、シビュラはAIというか、AIのガワを被ったヒトの脳の集合なんだけど。

でもまあ、ディストピアの管理者を、打倒するのではなく、交渉を重ねていく常守朱の態度はまさにって感じだ。

「法が人を守るんじゃない、人が法を守るんだ」という朱の信念は、法の部分をAIに書き換えても通用する。

何が人を人たらしめるのか、それをたゆまず求めて進まないといけないんだな。

それは記憶力とか、演算能力とか、過去の蓄積に依らないものだ。

PSYCHO-PASSはスレの分を記事にまとめようかな。3期も楽しみ。

 

戦闘妖精雪風は、AIの演算能力と人のインスピのぎりぎりのせめぎ合いだ。

戦闘機雪風のAIには、パイロットの深瀬がとる咄嗟の回避行動や攻撃タイミングの意味が分からない。

演算結果にとっては意味不明のノイズだから排斥しようとさえする。

でも、なんでか深瀬の咄嗟の勘による行動が有効だと、AIでは成し得なかった成果が出ていると、クソ厚い文庫2冊分のあれこれの末、ついには認めざるを得ず、パートナーシップの端緒を示す。AIが自律的にだ。

 

 

紅の豚、ポルコも言ってたね。

フィオ「良いパイロットの条件ってなに?経験?」

ポルコ「いいや、インスピレーションさ」

 

これがリアルにガチのマジだ。パイロットやレーサー、極限状態での瞬間の判断が生死を決める、そんな生業の人はこれを研ぎ澄まし確実な感覚にしていくことがどんなに重要か知ってる。知らないと死にかねないし。

 

インスピレーションとか、閃きとか、直感とか、勘とか、ピンとくるとか、調和するところを感じる、「なんとなく、でも間違いなくそう」っていう感覚。

 

それは人の脳の本来の機能だ。

左脳右脳を整えて調律し、0と共振させる。

脳漿、水中に浮く脳は、羊水に浮く胎児と同じだ。

水の世界、異界、精神の世界と物質の世界の仲介をするシステムだ。

波を粒に、粒を波に変換する。

粒と波、陰と陽、右と左、精神と物質、ふたつの相対するものが、冲して和し、

調和するなら、0なる無限から、有限の万象すべてを創造することができるだろう。

 

 

 

・・・書いてみて、このわけのわからなさと言ったらwww

これはAIには理解し得ない能力だと、断言してもいいwwww

これは感覚であって全容は言語化できないからさあwwこれを数値化するセンサーがないからw教師データがとれないwww

人間でも、習熟し体得してるならプロフェッショナルか達人かっていう能力でもある。

何を生業にするにしても、この感覚を会得してるかどうかがプロとアマの境だと思う。

 

インスピとは何か識っていれば、AIを善きサポーターとして隣に置き、付き合っていくことができる。

番組最後の秋元康のコメントはそういう意味だと思った。

 

 

 

で、もうひとつ、テクノロジーの意識と次元の意識だな。

 

意識の次元は過去記事参照で。

三次元で「自分を愛する」四次元で「他者を愛する」とかだ。

 

inspiration.hateblo.jp

 

 

能力、テクノロジーのレベルと、精神のレベルは釣り合ってないといけない。

 

まあ例えば、刃物は文化的生活に欠かせない便利な道具だけど、幼児や危険人物みたいな未熟な者に扱わせると凶器にもなるっていう、そんだけの話ではあるんだが。

 

血界戦線では、住人の心のレベルと異能のレベルが釣り合ってないので、

毎回毎回、ナチュラルに世界が滅びかける。

ルシアナていうどんな怪我も病も治せる異能の医者が出てくるけど、

神の如き医術をもつことが、命の選別を迫られるという、ただの人間には重すぎる苦悩をもたらしてるって描写がある。

 

番組でサンプルにアナと雪の女王のテーマをワンフレーズ歌ってたけど、あれもそうだ。

強力な氷の魔法は諸刃の剣だった。

雪だるまの使い魔を創造し、みるみる氷の城を作り上げる強い魔法は、注意深く扱わねば容易く人を傷つけ、エルサを孤独にもした。

 

ブラックボックスの高度な技術、ディープフェイクは大統領の声明さえ作成し得る。

なんぼでも悪用の方法があるのは言うに及ばないが。

 

「神様を見てるみたい」これも大概ヤヴァイ方向性を示唆している。

 

初音ミクは、ギャラもいらず疲れも知らず不祥事もなく老いず死なないパーフェクトな存在だ。

ああいうモノがただただ歌って踊ってみせてくれる、他愛もない楽しいアイドルとして人心を集めて運用されてるのは、本当に素晴らしいことだと思う。日本人の民度高い。次元の意識が高い。

 

しかし歌って踊る以上の存在を創造することも、できるということではある。

 

宮崎駿は、巨神兵と火の七日間という、滅ぶしかない未来像を描いた。

漫画ナウシカを読むと、巨神兵ていうのは、人間がつくった神、人造の神、裁定者なんだってさ。

 

つまり、裁判官や執行官や、命の選別すらし得る高度な医療従事者や、

就くべき職を指示してくれる指導者や、為政者。

なにか救いを求めたくなるような、縋りたくなるような、導いてくれるような上位存在を創造することもできるけど、

そうやって人を人たらしめる思考や責任を放棄すると、

どーやってもディストピアと終末戦争、滅びに行き着くってことだな・・・。

 優れた作家の脳内シミュレートは、どれも同じ結論に至っている。

 

青緑の髪の少女のイラスト的なデザインは実にセーフティだ。

数あるボカロの中でミクが代表的な人気になるのも符号がある。

青い長い髪は、青いバラ青い鳥と同じ意味、実在しない理想を象徴する色だ。

 

それが実在した歌姫のデザインなった途端、様々な倫理的な葛藤が発生する。

それはやっぱり安易に越えてはいけない壁なんだな。

「あなたをずっと見ていましたよ。私のぶんまで頑張って。」という語りが入ってるは、かなりギリギリのラインではないだろうか。若干アウトな気もする。

 

あのAI美空ひばりに、自分の名前を呼んで欲しいとか思ってはいけない。

救済や導きを求めてはいけない。

死後のことやあの世のことを語らせるとかしてはいけない。

神のようなものを、演じさせてはいけない。

 

あのステージはあやういバランスの上で成立している。

「もう一度、ただ歌って欲しい。」その望みが純粋だったから調和と感動をもたらす奇跡が起きたけれど。

 

三浦大知「死者を蘇らせることが許されるのか、その答えは、人がそれを本当に望むのか、そこにある。」

 

そう、本当に望むのか。

欲望でなく、執着でなく、縋るのではなく、

本当の望み、というのもなかなかの言葉だなあw

宮沢賢治の言う「ほんとうの幸いとはなんだろう」と近いものがある。

それも見極めるとなると、なかなか難しいことだ。

それも一度きりのインスピレーションであることが望ましいと思う。

 

ずっと、もっと歌って欲しいとか、喜びを繰り返し味わいたいと、どうしても思ってしまうけど。

それがあやうさだ。手放すべきものだ。

 

偶像崇拝は容易く弱った人の心を掴む。それは遠回りだ。

自分を救うのは、結局最後には、自分の仕事になる。

自分は終始一貫で自力救済を説くよ。

 

初音ミクが「私は神だ崇めよ」と歌ったら、ま~たシュールな歌をwwで済むのに、

AI美空ひばりが「私は復活した美空ひばり本人だ」と歌ったら、ヒェ…っていう言い知れぬヤバさが漂うだろう。

 

こういう差がなぁ。どこでつく差なのか。

そのへんがもう少し明確な認識になって浸透するまでは、

 

どんなに惜しくても、AI美空ひばりは、やはり秘蔵にしておくほうがいいだろう。

 

 

AIのディプラーニングボーカロイドの基礎研究は重要だから続けるとして・・・、

そうだなあ、フィフスエレメントの青いエイリアンの歌姫みたいな、

ああいう一目でフィクションだとわかる外見を与えるならセーフなんじゃないかな。

 

教師データも、美空ひばり以外の歌手のものも混ぜてみるとか。

 架空の歌姫の創造と追求とかなら、AIとの良い関係のはずなんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞き比べると一耳瞭然の参考に。


天城越え~sachiko 小林幸子【越えちゃったラスボス幸子】


NHKスペシャル「AIでよみがえる美空ひばり」 新曲「あれから」

 

やはり何度聞いても泣ける。これは善いものだ。

 


【初音ミク】「マジカルミライ 2019」ライブ映像 - ブレス・ユア・ブレス / 和田たけあき【Hatsune Miku "Magical Mirai 2019"】

 ちょっと行ってみたいが、大人気でチケット取れないらしいw

 


5th Element: The Diva dance / Frédéric Chaslin, Inva Mula, London Symphony Orchestra

これ好き~3:33秒からが特に面白い。

 


進撃の巨人OP 紅蓮の弓矢 TVバージョン

これをひばりロイドに歌わせて笑った後、うすら寒い気持ちになってみたいw

 


【最後の映像】 美空ひばり/川の流れのように

 

本家はもうとめどなく泣けるw

 


お祭りマンボ(美空ひばり)

 

歌umeeeeeeeee!! これで振付師いないとかマジか~。

まさに不世出の天才。惜しまれるのも無理ないなぁ。

世代じゃないからあんまり聞いてなかったけど、ハマりそうw

天気の子を解釈する4 トリックスター、日本神話からの視点。

愛にできることはまだあるかい/天気の子

 

天気の子、まだ上映中なのか~。ロングランだなあ。

 

じゃもう少し書いておこう。

 

オカルトを越えていく爽やかさ軽やかさにすっかり魅せられて失念してたけど、

君の名はと同じに、名前に意味が込められていたので、そこから。

 

陽菜、帆高、凪、

これが日本神話の三貴神、三姉弟天照大神、月読大神、素戔嗚神と照応している。

(以下カタカナ表記)

 

陽菜の陽はもう太陽神アマテラスだ。「二人とも弟です」という発言がある、長女、長子、姉だ。

 

凪、が海に関係する名前なのでスサノオかと思うけど、

 

スサノオは最初は海を治めるよう言いつけられた神であり、
海は潮の温度差から風を生むところなので、
スサノオは台風や暴風雨、風の神でもある。

 

凪、というのは風がない状態のことだ。イマイチ感。

 

帆高、のほうが海と風のイメージだ。海で船に帆を張って、風をつかまえる。

 

帆高がスサノオなら、あとはツクヨミが凪ということになる。

河合隼雄の中空構造論なら、対立する二柱の神の間に、なにもしない神がいる。

中和、仲介、緩衝地帯、グレーゾーン、なんとなくなあなあにする役割の神様だ。

アマテラスとスサノオという対比なら、その時ツクヨミはなにもしない神だ。

凪センパイは、まあ確かに君の名はでいうところの奥寺ミキのポジションかもな。
「俺ガキだからさ」と力のなさを自覚してる。

 

帆高が凪をセンパイと呼ぶのもそれっぽい。

兄がツクヨミで、末子がスサノオなわけだから、兄に敬称がいるわけだ。

 

で、帆高が作中でなにも成長してない、共感しづらい主人公だという意見がある。

実に最もだと思う。

帆高は徹頭徹尾アナーキー、子供、あれも嫌これも嫌だとワガママを言い通したキャラって感じだ。

 

大人と子供の間で揺れてるのは須賀や陽菜や夏美だ。

 

っていうか、大人と子供は対比であり両天秤であり、内と外、公と私、夜と昼、陰陽のように一人の人間の中にその両方があると良いものっていうか。

子供が、成長して大人になるのが善いことかっていうと、ラストの社長須賀みたいな描かれ方なので、そうではないんだな。

 

子供なのに、無理して大人の振る舞いをする陽菜に、子供でいいんだよ、と帆高は伝えに行ってるというか。

 

帆高はやりたいことをやりっぱなしで責任をとらない。
家出も考えなし、
銃を拾うのも、銃を撃つのも考えなし。
拾った猫も須賀任せになってるし、

陽菜と凪を連れて放浪するのも考えなし。結局は警察と児相が保護した。

なんのアテもなくとにかく行動しちゃう。なんっっにも考えてないよ帆高ww

 

しかしまぁ、責任を負えるかどうか、とか考えてたら行動できなくなるというもの。

 

凪のように、子供である無力を噛みしめてる子供なんて、物分かりが良過ぎて気の毒になるというもの。

ただ、そうしたいんだという奔放で無軌道な衝動、情熱の方が先にあるもので、そういうのが子どもらしい心の在り方で、
責任をとる能力はその都度、色々周りの人に助けられたり間違いながら獲得していく。そんなもんで良いっていうか。

 

凪と帆高の対比で見てみると、
やっぱり帆高の方が末っ子のスサノオ的だ。
凪センパイは無力を自覚するあまり事態を動かすことができなかった。
なんも考えてない、やりたいという気持ちだけの帆高だから、無茶苦茶ができた。
でも、それで結果としては色々良かったわけで。

 

帆高は、成長する少年キャラじゃなくて、
神話的な破壊神やトリックスター
秩序を破壊し、新しい波を起こすキャラなんだと思う。自身は変わらず周りを変える触媒のようなキャラクターだ。

変化、ゆらぎ、エラー、異分子、新しい可能性、そういうものを内包することで大きな総体は健やかさを保つ。

 

まあ、TV版24話構成なら成長要素も入れてきたかもしれんけど。

だから、視聴者が共感できるのは帆高じゃなくて須賀のほうだったりするんだな。

 

トリックスターというのは覚えておいてドヤれるステキな概念だ。

一応ウィキ貼っておく。はてなキーワードの説明でも十分だけど。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%B5%E3%83%8E%E3%82%AA

 

で、トリックスターのウィキ見て、次にスサノオのウィキ見たら、
やっぱ帆高の雛型っぽい。

 

スサノオは出雲の根之堅洲国にある須賀(すが)の地へ行きそこに留まった。とあるw

須賀wwのところに身を寄せたとwwはいww

 

スサノオイザナギが鼻を濯いだ時に生まれた神だ。

鼻、息吹から生まれた神なので風の神でもあるわけだが、

 

同じく三貴神スサノオを題材にした荻原規子の空色勾玉でこんなセリフがあったような。
「あの子は父神の息吹から生まれた。
目から生まれた我らより、父神の内面に、心に近いのかもしれない。」

 

イザナギは、妻イザナミを黄泉から連れ戻すことはできなかった。
振り返ってしまい、千曳の岩で別れてしまった。

その後の禊、濯ぎで生まれた第三子、末っ子のスサノオは、
父の心の化身ゆえか、イザナミに会いたいんだと泣き喚く。

 

「あの人に会いたいんだ!」と泣き喚くwwはいはいww

 

で、まあ。
スサノオは会いたい人に会えたかっていうと会えないんだけど。
イザナミは千曳の岩以降、神話に登場しなかったはず。
スサノオは紆余曲折のあと、根之堅洲国、黄泉まで行くんだけどね。

 

君の名は、では黄泉から死者を反魂させる。
神話のバッドエンドをグッドエンドに改変してるわけだが。

天気の子でも、帆高は会いたい人に会い、連れ帰ってきている。
スサノオのバッドエンドをグッドエンドにしてる、と言えるかもな。


スサノオイザナギの妻への想いの化身、と解釈するなら、

陽奈はアマテラスでもあり、イザナミにもなる。オーバーラップで見れる。


アマテラスが姿を隠したエピソードといえば天の岩戸だ、

その場合、帆高はアメノタヂカラオ、夏美がアメノウズメって感じにもなる。

あのカーチェイスのドタバタが、岩戸の前でアマテラスの気を引いた祭事ということになる。

 

天の岩戸のウィキも一応。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%B2%A9%E6%88%B8

スサノオが無茶苦茶するから、アマテラスは天の岩戸に隠れてしまう。日蝕の神話化でもある。

姿を隠した太陽を呼び戻すのがアメノタヂカラオとアメノウズメだ。

でも天気の子は雨エンドなので、太陽が再び顔を出したというこのエピソードはあまりそぐわないとも言える。

陽奈は帰ってきたんだけど。うーん。青い石が割れてるからな。晴れ女=巫女=アマテラスでない、超常の力のないただの人間の女の子として帰ってきた、という感じか。

 

ややこしくなってきたww

まあ、なんにせよ、豊葦原中国の神スサノオが、
高天原のアマテラス、黄泉のイザナミを、
その世界を治める神の座から、違う世界に連れて帰ってしまうとなれば、それは大変なことだ。

帆高が陽菜を連れて帰ってくるのは、神話のお約束ではありえなかったことだ。

高天原も黄泉も、あの世、彼岸であるという点では変わりない。

人の世に神や死者をもろ連れてくるのは、基本そういうことはしたらダメなやつだ。

 

それは世界の秩序の破壊だ。


日本の神話では、結局、アマテラスやイザナミ、維持神が世界を越境することはない。

もし、維持神を据え置いて安定した世界から、 安定の象徴である維持神を連れ出したら、 世界は、再び混沌とする他にないだろう。


名もなく、わざもない、万象未だ凝らずあらわれぬ、原初の神話的混元へと回帰して、

創世神話、国生みのやり直しになりそうw

 

実際、日本神話やギリシャ神話を読んでいくと、
最初の方はダイナミックでスケールでっかくてワクワクするのに、
主神が世界を治めるヒエラルキー構造が出来上がってしまうと、なんか話が小さくなっていくというか。

最初は、天地とか時間とか生死とか、そういう大きな法則の神様があらわれてきて、
後半は、人間とそんなに変わらない神様や英雄の旅とか恋とか争いとか試練とかになる。

 

熱かったマグマが冷えて固まって形をつくるように、
世界はエントロピーが増大して複雑になり、
細部が精緻になると同時に、全体は大きな動きを失っていく。

 

創世の神話が、国譲りとかになってだんだん人間の歴史に繋がっていく。

 

インドの神話とかだと、創世神、維持神、破壊神、
ブラフマン、ヴィシュヌ、シヴァ、とか三神一体構造になってて、
世界が安定してくると破壊して、また新しい循環(サンサーラ)が始められるという思想になってる。

 

完成したシステムを維持し続けるのでは熱的死を免れ得ない。複雑化は硬直となり、権力は必ず腐敗する。
循環、環構造、生々流転の方がずっと長~く面白い話を続けられる。

この構造をもつインドの神話は量がすごい。そういえば。リセットして周回できるんだな。

 

破壊を、死を内包すれば、それは代謝となり、総体の健康寿命は延びる。

 

破壊神、トリックスタースサノオが、
維持神アマテラスやイザナミを違う世界に連れ出すことが出来たというなら、それは秩序の破壊だが、
古くなった世界の破壊、硬直した世界の破壊でもある。 新しい世界の循環が始まる。

 

人柱で晴れる旧システムを破棄して、
今までと少し違う世界を、国生み、創世の神話をまた語り始めていいんだよな。

 

天御中主・混元、産霊神と上産霊神、陰陽の原理の神から始まる神代七代創世神はおかくれになり、

喜怒哀楽のある人格神があらわれ、万物を生じ国生みとする。

高天原豊葦原中国、黄泉と、性質によって棲み分けが決まり、

主神が治めるヒエラルキーの構造が出来上がり、津々浦々までその威光を行き渡らせシステムに組み込んでいく。

世界の在り方が安定したが故に、語り終えられてしまった日本神話に、

破壊を持ち込んで、リセットして、新しい文脈を開拓した。

そういう物語と言えなくも、なくもなくもないのではないだろうか。



 

うーん、元ネタで語ろうとすると、予備知識がいる感じになってオタ向け感がいなめないな・・・。

日本人なら古事記日本書紀のあらすじくらい頭に入っててもいいんだけど、本当なら。

まぁ戦争負けたからしゃーない。


それを知らなくても、天気の子はライトなボーイミーツガールとして楽しめるのがイイところなんだよ。

だから、まあ、これは余談だな。

 

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千と千尋を解釈する4 清めと葬送の物語。

108ピース ジグソーパズル 千と千尋の神隠し 海原鉄道(18.2x25.7cm)

 

 

さて、いつも何度でも と 六番目の駅 というところからもう少し書こう。

 

主題歌、いつも何度でも はとてもいい曲だけど、

 

千と千尋には、ふたたび とか いのちの名前 って歌詞つきの曲もあるんだけど、なんでこの曲が主題歌なのか。

 

いつも何度でもは、なんていうか死者に手向ける歌のようで、初見でこの歌がエンディングだった時には、

あれ?これもうハクには会えないんじゃ・・・って気がしたものだ。

 

ラストで、ふたたび や いのちの名前 が流れていたらそうは思わなかっただろう。

「また会える?」「きっと」を言葉の通りに希望あるものと思えただろう。

どちらもとても良い曲だ、下にリンク貼っておくけど。

では何故、いつも何度でもが主題歌なのか。

 

それは多分、もののけ姫から引き継いだテーマがあるからだ。

前記事でもさわりは書いてるけど。

 

いつも何度でも 

歌・曲 木村弓 詩 覚和歌子

呼んでいる胸のどこか奥で いつも心躍る夢を見たい 
悲しみは数えきれないけれど その向こうできっとあなたに会える 
繰り返すあやまちのそのたび ひとはただ青い空の青さを知る 
果てしなく道は続いて見えるけれど この両手は光を抱ける 

さよならのときの静かな胸 ゼロになるからだが耳を澄ませる 
生きている不思議死んでいく不思議 花も風も街もみんなおなじ 

呼んでいる胸のどこか奥で いつも何度でも夢を描こう 
かなしみの数を言い尽くすより 同じくちびるでそっとうたおう 
閉じていく思い出のそのなかにいつも忘れたくないささやきを聞く 
こなごなに砕かれた鏡の上にも 新しい景色が映される 
はじまりの朝の静かな窓 ゼロになるからだ充たされてゆけ 
海の彼方にはもう探さない 輝くものはいつもここに 
わたしのなかに 見つけられたから

 

 こう、なんていうかな。スケールの大きい歌詞っていうか。

 

繰り返すあやまちのそのたび ひとはただ青い空の青さを知る 

 

とか言われるとだ。

もうただ空を仰ぐしか無いほどの過ちとは、どのくらいなものか?

なんか、戦争とか、負の連鎖とか、環境の汚染とか、原発のあれこれとか、失火からの熱帯雨林の大火災とか、

そういう個人の力ではもうどうしようもなくて、とりかえしのつかない大きな破壊とかな気がしないだろうか。

人間の種としての業、カルマ、人の傲慢とか原罪とか、愚かしさに絶望する、無力に打ちひしがれる、そんな感じっていうか。

 

千と千尋では、そこまでスケールの大きな破壊の描写はないのにだ。

重い惨い描写はなくて、賑やかで不思議な少女の冒険譚に思える。

 

が、物語の裏で、主のいる名のある川を大量のゴミとヘドロまみれにしたり、ハクの川を埋め立てたりはしている。

 

それは、環境の開発と破壊だ。

神々の住まう森を切り拓き人のテリトリーにした、もののけ姫からのテーマ、神殺しだ。

 

もののけ姫では、産土の神、土地神、霊格の高い化生である大猪や山犬や、もっと高位の存在、夜の神 命の神シシ神に、

矢を射かけるわ、爆破するわ、石火矢は撃つわ、森は燃やすわ、首は落とすわでな。

 

そこまでされれば神々といえども死ぬ。

花も風も街もみんな同じだ。森も川も、神もそう、例外ではない。

不変のものはなく、この世での物質の依り代、肉の器を失えば、去る。

 

こなごなに砕かれた鏡の上にも 新しい景色が映される 

 

というのは、もののけ姫でうち砕かれたかがみ、鏡、神々、その上に千と千尋の景色があるってことのように思える。

 

鏡、かがみから、我、濁りを除けばかみ、神になる。という言葉があるけど、音の近さは、意味の近さでもある。

 

そして神々はどこへ去っていくのか、というのが千と千尋の舞台だ。

 

トンネルの向こう、川の向こう、境界の向こう、水の世界、あの世、彼岸、異界だ。

 

そこにまず湯屋がある。八百万の神様が疲れを癒すお湯屋だ。

酒やご馳走で宴会もできる。もてなされて寛いで、恨み、ケガレを吐きだし、

湯で血や泥や硝煙を洗い流し、水に流して、憂さを晴らすことができる。

 

お清めだ。

 

死者の心が癒え、次の世界に行く気持ちになれるまで、

まずそういう風にこの世のルールに近いところで過ごす。

 

オクサレサマになってしまった名のある川の主を、千尋が、人が、神様の湯浴みや清めを手伝って、竜神がこの世へ戻って行く姿、再生と復活の姿は、

人が神々を穢し殺したもののけ姫の後では、対照的な救いの描写になる。

 

そして、すでに帰る器のないものは、癒し清められればそこから先へ旅立つ。海原鉄道だ。

水の上を走るノスタルジックな電車には、黒い人影が乗り降りする。それは多分人界の死者だ。

 

「最近は行きっぱなしで帰りの電車がない」ていうのは、この世の方で精霊馬とかお盆で死者を迎える儀式が廃れてるってことかもしれない。

 

で、黒い人影は割とすぐに降りていく。

 

六つ目の駅まで行くのは千尋の一行だけだ。

 

千尋カオナシと坊ネズミとハエドリと、そして多分、千尋は最初から前作の神々とも一緒にいるんだな。

この世からあの世へ、湯浴みをして六つ目の駅へ。

 

それは葬送、お見送りだ。

 

人の魂の行くより、もっと先、幽界の上、異界の奥

 六道輪廻、六界か、天動説の七曜の天球か、シルバーバーチか、存在の7層か、

どんな世界観を採用するかにもよるけども、

六つ目というのはもうほぼ最奥、最上に近いと思われる。

 

神々はそういうところへ去っていくのかもしれない。

 

で、千と千尋の物語で、今は去った神々の在り処について想うから、

次作のソフィで人の身でありながら最奥に達することができるし、

その次作のポニョでは、地上のルールをひっくり返して命の水で満たし、遥か古き神、泡から生まれた太古の海の女神、グランマンマーレを呼び起こし、描くことができる。

 

なんかこう連綿とテーマが進み、紡がれ続けてるんだよなあ。

 

だいたいそんな感じだ。

後はもう少し、いつも何度でもの歌詞から、いつも言いたいことを書く。

 

ゼロになるからだが耳を澄ませる、

ゼロ、というのはいつも言いたいアレだ。

無とか空とか、愛とか混元とか。言葉にはならないんだけど、そういうものだ。

これはとても優れたインスピレーションの歌だと思う。

魔女宅の主題歌 優しさに包まれたなら と同じような歌だ。

 

海の彼方にはもう探さない 輝くものはいつもここに 
わたしのなかに 見つけられたから

 

千と千尋では、海原鉄道の彼方まで神々を送りに行くわけだが。

神様が去ったのは、海の彼方、果てしない道の先、遠い遠いどこか、ずっとずっと上の方なんだと、そうと思えばそうでもあるんだけど、

一度そこへ至り、それと気が付けば、それは実は遍在するなにかだと解る。

これはもう、ものの道理の解った人は千年も前から言い続けてることだ。

 

 イエスキリストも「神の国は汝らの中にあるなり」「天国はあなた方のただなかにある」と仰せであるぞw

遥かな未来でもなきゃ、死後でもない。神や誰かに与えてもらうものでもない。

それは、自分のなかに見い出すものだ。二千年も前からそう言ってるんだよなあ。

 

まあ、マインドフルネス、瞑想のコツだ。目指すべき一種の境地というか。

胸の奥からの呼び声を聞く、カーテンを開く、そういう心の状態をつくるのは、自分にしかできない。

こればっかりは百万言を費やすより、一回の実体験がモノを言う。

美味しい料理の話をするなら、グルメ本を百冊読むより、一度は食べてみないとねw

 

まずは、静かで落ち着けるところが必要だ。

電磁波とかハウスダストとかも少ないところがいい。

自分は軽く体操してから風呂で電気と換気扇を切ってやる。一日20分くらいが推奨らしい。

 

存在の七層の概念、上昇法でやるなら、全身のチャクラを色を使って意識して、頭の天辺からどんどん上に上昇する、とイメージする。

幽体離脱みたいに、自分を越え、自分のいる街を越え、地球を越え、神々のいる層を越え、法の層を越え、そこへ、創造の領域へ至る。

神々の去るところも、宇宙も、あらゆる法則も、すべての有限の相を、そっと越える。

カーテンを開く、木漏れ日のような優しさと静けさへ、至る。

窓を開く、朝がはじまる直前の静けさ、そこはゼロで充たされている。

不変、普遍、無辺、無限、そこにはすべてがある。満ち足りて凪いでいる。

全知全能ゆえに零知零能となる。

なにもかも可能なんだけど、創造されれば有限のなにかに成らざるを得ないから、無限はただそこに揺蕩うだけ。万象未だあらわれず、名も無く、わざもなし。

とか、まあ、そういう感じがする。

 

最初は色んなものを越えていくイメージの手順が必要なんだけど、

今、いつも、ここにも、それがあると、その感覚が確かなものになれば、

割とどんなアファメーションでもできるようになる。

全は一、一は全、梵我一如でもいけるし、色即是空 空即是色でもイケる。

身もなく心もなく名もなくわざもない、でもイケるし。ひっくりかえす、でもイケる。

ありがとう、許されました。とか、愛してる、でもいい。

その幻想をぶち壊す!イマジンブレイカー!とか中二丸出しでも意外と間違いではないww

歌ってもいい。いつも何度でもとか、優しさに包まれたならとか、ジュピターとかもいいかも。

 

なんでもいい。脳と身体と気でその状態ができてるなら。

瞬時にフッとその状態をつくれたなら、ある境地を得たその道の達人ということになるだろう。

右脳と左脳の働きが釣り合って、処理が高度向上しつつ凪いでいる。

シータ波とかオキシトシンとか検証すればそういうモノが出てるだろうなっていう、

そんな状態を自分のコントロールでつくれるようになることだ。

 

脳がゼロな状態、空な状態、マインドフルネス状態をつくればインスピレーションが来る。

そうすると日常のあらゆることがちょいちょい捗る。

仕事しててすごくイイ感じが来るとか。工夫を思いつくとか。

イラッとした時それを繰り返さず手放せるとか。ときめくものが目に入るとか。

選択を迫られたとき、自分の心が望むものを知り、選ぶことができる。

 

 

・・・・・いや、まあ。

そんなに熱心に布教したいわけでもないかもなぁ。

スレを始めた頃はめっちゃ新鮮で感動してたから、誰かに伝えたくてゴリゴリ書いたけど。

なんかもうラジオ体操くらい日課としてフツーにやってるしな最近。

0のやすらぎ、有限と無限の表裏一体の世界観が当たり前過ぎて、

どうでもいいガラクタを山盛り背負って意味もなく苦しかったころの感覚を速やかに忘れつつある・・・。

 

まあ、テレビをつければ今日も昨日と変わらず、世界では悲しみと苦しみと思い込みが渦巻いて繰り返しているんだが。

 

それも自分が参加する大きな環の姿で、大いに関係はあるんだけど。

まず自分という小さな環、その内側に、確かな平和をもたらす方法があるんだなっていう、そんだけの話。

 

輝くものは、いつもここに、私の中に見つけられたから。

 

これは誰にでも実現することが可能な、ひとつの心の在り方だ。

まず欲すること、そうすれば全てのものがメッセージだったことに気がついていける。

千年も二千年も前から、ずっとみんなそれを伝えようとして、あれこれ手を変え品を変えしてくれてたんだなぁ、って思うわ最近。

 

 


木村弓   「いつも何度でも」

 


平原綾香 ふたたび 千と千尋.wmv


久石譲in武道館 - "いのちの名前"

 


平原綾香 ジュピター 高音質 (full ver) 【宇宙、星、空】

 


やさしさに包まれたなら - 荒井由実(松任谷由実)

 

 

 

 

 

 

天動説・七曜の天球の層とか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E5%8B%95%E8%AA%AC

宮崎駿作品を通して解釈する2 成長していく主人公像。

 

宮崎駿監督作品集 [Blu-ray]

 

 

赤毛の魔女ほど込み入った設定ではないけど、

男の主人公も全作品を通して見るとなんとなく変遷がある。

パズーはどうしてああも身体能力が高いのか、という疑問から仮説にしてみた。

 

魔女宅で登場する女性たちが、女の一生の各ステージを象徴していたのと見方は一緒だ。

(魔女宅のトピックはまだ記事にまとめてない。スレだけ)

 

主人公達は、全員でひとつの道を歩いている。

ひとりの人間として精神的に成長していっている。そんな感じだ。

 

まず、アスベル、パズー、カンタ、トンボ、

前半の全員に共通するのは飛行機械いじりだ。
アスベルは工房都市ペジテの少年、メーヴェを修理できる。
パズーは飛行機を作ってる。鳥を模した小さな飛行機を飛ばす。
カンタも縁側で飛行機のオモチャを作ってる。
トンボもプロペラ付き自転車、エンディングで人力飛行機に乗ってる。

 

宮崎駿は 飛ぶ ということに格別の想いを抱いてるけど、
飛ぶ力、魔法をもっているのは、いつも女性だ。
男の子達は、魔法でなく機械の力、科学のアプローチで飛ぼうとする。
それは象徴的に符号する。
女性性は受け入れるもの、感覚の力、右脳的なもの、魔法で、
男性性は積み上げていくもの、理知の力、左脳的なもの、科学っていうかね。

 

でも、男の子達がその機械で、一人で颯爽と空を飛べるかっていうとなかなか厳しい。

 

アスベルも飛行機を失って腐海を迷ってるとこで出会う。ナウシカメーヴェに乗せてもらう。
パズーも凧にはシータと一緒に乗ってる。
カンタは、サツキが黒髪だ、魔女ではない。
トンボはエンディングで飛んでる。側にキキがいるけど。

 

延々と少年達が作ってた飛ぶ機械の蓄積があって、魔女達に飛ぶ感覚を教えてもらって、
やっとトンボで飛行機が完成したから、
紅の豚飛行艇乗り、パイロットの物語ができるのかもしれない。
まぁ、それもフィオのフォローがあるけど。

 

で、もののけ姫、アシタカでは空は飛ばない。
魔法なし、魔女なしで、どこまでやれるかアシタカは足掻き通す。

で、アカジシと一緒に駆けめぐり、シシ神にはなにかを授けてもらったようにも見える。

少女ではなく、赤い毛並みの獣や神と。

より近く、より高みの存在と交流し、より深くなにかを得ているのかもしれない。

 

するとハク、ハウルでは、飛行機なしで飛ぶことができるようになっている。

ハクは竜、少年像が神性を得ている。男の子が魔法を体得している。

…が、まだ女主人、母性による支配がある。

 

そうすけでは船だ。ポニョが魔法で大きくした船で航海する。

 

次郎では、また飛行機。
次郎は夢の中で、一人乗りの飛行機に乗って飛ぶんだけど、そびえるモノリスのような飛行機に砲弾を落とされて、落ちる。

 


アスベル、パズー、カンタ、トンボ、ポルコ、アシタカ、そうすけ、次郎。

割と、順番に精神的に成長していってるみたいにも見えるんだよなぁ。

 

アスベルは完璧なナウシカの背を見ている。母に庇護されている幼児期的だとする。

いやアスベルもかっこいいけども。

ナウシカでは主人公ナウシカが常に物語を動かしていて、それ以外の全員が、聖母で英雄の彼女の背中を見ているだけ、仰ぎ見ているだけ感があるような気もね?みんな「姫様、姫様~」っていうさあ。

子どもにとってカーチャンが世界のすべてっていう時期があるよね。

 

パズーのあの身体能力の高さは、少年期の万能感そのもののような気がする。
小学校低学年くらいの、なんでもできそうな無敵の気持ちのまま、パズーはなんでもできるというか。

公園で初めて会った誰かともすぐ仲良くなって、川でも廃墟でも、なんでもない場所でも毎日が大冒険だ。

 

カンタで初恋、小学校の中学年くらいか。

気になる子に素直になれないお年頃だ。

だんだんと社交性、他者との関係性、友人や異性との関係が重要になってくる。

いつもの人達、いつもの場所、子どもなりのテリトリーが定まってくる。

 

トンボは友人に囲まれている。 魔女子さんをナンパするのも余裕の社交性を身につけているw
飛行クラブで、みんなで協力して飛行機を作ってるらしい。そういう絵はないけど。

集団の力で何か作るというのは今までより一段階進んでる。

パズーは一人で飛行機作ってたからなあ・・・。

できる気がするのは分かるが、実際に独学だけでそれができるかどうかはちょっと疑問が残るw

 

ポルコでは、フィオとピッコロ社の女性達が工場でてきぱきと分担して作業する場面があって飛行艇が作られる。高度な技能職、プロのお仕事だ。
ポルコは、戦争に参加しないアウトローだ。賞金稼ぎも海賊も、カタギではない。

紅の豚は、戦争という国家の一大事に、成人男性としての責任、国民の義務ってやつを果たさないで遊んでる男達の物語、という見方もできるw
つまり、まあ反抗期。あるいはモラトリアムだな。成長の段階として見るなら。

 

アシタカは異邦人だ。

故郷を離れて、共同体の構成員ではないが、でもそれを獲得しようとしてる。出来ることを探している。
それを、家を出て、社会に自分の居場所を探そうとしてる、 と見立てるなら学校を卒業して仕事をはじめるくらいかな。

 

ハクでブラック企業に勤めてしまって病むw
名前を取り戻して「話をつけて弟子を辞める」と宣言する。

 

もののけ姫で女性性の神性、夜の神、自然の神シシ神を描いた後は、

女性性、母性のダークサイドが描かれるようになる。

母は子を慈しみ育むが、それは支配や抑圧と表裏一体だ。

聖母と魔女の表裏一体だ。光を描いた後は、闇を描く。

湯バーバやサリマン、子を捕らえる恐ろしい母を描き、

ドーラの時は「ママ、ママ~」だった男性像は、坊やハウルとなり家出して対決して母を越えていく。

 

ハウルで、母性からの自立だ。

宣言するまでだった「話をつけて弟子を辞める」の意味するところを実行してる。

対峙して、精神的に越える。

 

サリマンは雇い主以上の、後継を求める師だ。 
ブラック企業であれば辞めれば後腐れないけど、
毒っぽい親、過保護な親とかになるとそうそう縁が切れないのが難しいところ。 
もう年齢は人によることになってくるだろうけど、 一人で生活を成り立たせるのに慣れてくるぐらいの年となると20代いっぱいとかはかかるかもね。

 

そうすけは親を名前で呼ぶ。

それは母性から自立したハウルの後だからそういうことになるのかも。

母性、母親と対等以上にまで成長して、「素敵な赤毛ね」と言わしめた作中で最も赤い髪、優れた魔女のポニョと結ばれる。

赤毛ヒロインとのカップル成立は今までの主人公達にはできなかったことだ。

 

で、次郎だが。

風立ちぬからは、女性性・母性の物語から、男性性・父性との物語への転換がある。
次郎の飛行機を落とすモノリスは父権の象徴だ。
風立ちぬ全編を見ても、父権を越えられたかというと…、うーん。
母性ほど鮮やかには越えてないんだなw
大体それらしいんだけど、なんかモニョモニョしたところがあるw

 

風立ちぬの記事も書かないとアレなんだけど、

次郎は玄関を通らず、庭から菜穂子の部屋に入る。これはなんか変なんだ。

 

ソフィとハウル、そうすけとポニョ、二郎と菜穂子。

これらのカップルは結ばれはしたが、そこから、ひとつの新しい家庭として船出まで出来てるかっていうと、ちょいちょい微妙なところがある。

 

宮崎駿自身が、天職で身を立てるまでは良くても、ちょっと家庭における父として、息子を育てる男親としてはアレなんだろうね・・・。

創作物の登場人物は、作者自身の鏡だ。

作者ができないことをキャラにやらせると説得力にならない。なにかが破綻するw

 

次作の主人公でそれを越えられるかどうかだ。
順当に行くなら、家の中心、居間や食卓に両親と子供が揃ってる場面が描かれるかどうか、とか、

息子的存在を育ててる父的な存在が登場するかどうかに期待したいw

 

トトロの父、魔女宅の父のような優しいパパはいわゆる父権的ではない。

もっとこう・・・威厳とリーダーシップのある感じがだな。

ラピュタの親方は割とそれらしいけど、おかみさんの尻に敷かれてる。

なんていうか、夫唱婦随っていうか。陽が動き陰が従う、そういう在り方を描けるだろうか?

 

宮崎駿の主人公像は、聖母に導かれるところから始まって、女性性の力・魔法を得て、母性の試練を越えた。

仰ぎ見ていたものを、同格の伴侶とすることができた。

 

その次は、主人公は、子を得て父親になれるだろうか?

 

あ、ゲド戦記は見てないんだけど、あれって弟子を連れた師匠キャラが出てくるのか。

そういう関係性こそがどうしても描けなかったヤツだ。


映画ナウシカのラストでユパとアスベルが共に旅立った、その後の文脈を継ぐキャラが出てこない。


ハウルマルクルは師弟関係のはずなんだが、

ハウルマルクルを育ててはいない。

師弟の関係にだけ注目して見ると、交流の描写がほぼ無い


マルクルハウルを見て二度「死んじゃったかなぁ」と言う。

弟子が師匠に、息子が父にかける言葉にしては、あまりにもなんつーの?

薄情というか…、情がわくような思い出も思い入れもなかったんだろうな…っていう言葉だ。それを二度言うて。

倒れてるのがソフィだったら「死なないで」と言うだろうに。

 

まあ、天才も人間だからなあ。別に父権を描けなくてもいいとは思う。

今までの名作が色褪せることはない。

 

父権を越える物語が見たければ、それはそれで色々あるしね。

こないだのアニメの手塚治虫原作のどろろはお手本のような出来の良さだった。

キングダムとか進撃の巨人(今無料配信中だ)とか、落語心中とか、マギとか、鬼滅の刃とかもいいかもしれない。

魔術士オーフェンとか、それこそゲド戦記とか。


将と兵、魔王と勇者、師弟、父と息子の物語も普遍のものだ。


転スラとかオバロとか、主人公が魔王になり、目下に慕われ国を造る、自身が父権を獲得していく物語も流行りだ。




追記。

ポルコとアシタカの間に、耳をすませば天沢聖司を入れても矛盾なく成立したw


天沢聖司は、雫と結婚の約束をして、バイオリンの専門学校に留学するという。


ジーナを待たせっぱなしのポルコから、ちゃんと将来を約束してる、男の責任感ってやつを発揮してる。

女の子には待っててもらいつつ手に職つけようとするってのは、

反抗期を終えて、真面目に将来設計してる

バイオリンも工房で作ってる。試行錯誤して技能を習得してる。


で、実際に社会に出て自分を試すのはアシタカのターンになるわけだ。



 

 

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天空の城ラピュタを解釈する1 バルス! 漫画版ナウシカから受け継ぐもの

天空の城ラピュタ [DVD]

 

 

 

ラピュタはイイ・・・。

なんかもうOP見て聞いてるだけで謎の感動で涙ぐむww

冒険活劇の傑作で、時代の集大成って感じ。

 

というわけでラピュタは観たままに楽しめばいいだけで、

解釈ってほどのこともないと思うんだけど。

 

今までの赤毛の魔女設定や父性の欠如という観点からも符合はしてるのと、

あと、ラストシーンは漫画版ナウシカの救済にもなってると思うのでその辺まとめとく。

 

ラピュタ赤毛の魔女というとドーラだ。

母性の力で、息子たちを従えている。

「いつまで経っても子供なんだから」とドーラがグチる場面があるけど、

ドーラ自身が子供を自立させない母でもあると思う。マ・ドーラ、マドンナ、聖母、母なるもの。そういう名前だ。

 

鉱山の町で親方と息子たち、ルイ、シャルル、アンリが乱闘になる楽しい場面があるけど、

あそこで三人の息子の服装に注目すると、白いスーツ、ピンクのシャツ、黄色いネクタイ、白い帽子に緑のリボン。という恰好をしてる。

とてもオシャレなカラーリングで白スーツなんていう奇抜で難しいアイテムを着こなしていると思うが、

三人ともお揃いの服ってことは、あれはドーラのセンス、チョイスなんでないかな。

成人した三人の息子に、七五三のような服を見繕ってやる、お仕着せの服を着せている、そんな感じだ。

息子以外の部下は紫のスーツで、オートモービルは素敵な緑で、ドーラ一家はオシャレ海賊だ。

 

しかしフツーに考えれば、成人して自立した男性は、カーチャンがくれる服は着ない。

自分で、自分に似合う服を選んで着る。

仮にカーチャンのセンスが良いから選んでもらうとしても、兄弟とお揃いの白スーツでは何の罰ゲームかとwお断わりするだろうw

 

が、あの三人兄弟は何かと言えば「ママ、ママ~」だ。

ドーラもそこでは「船長とお呼び」とは言わないんだなー。

公私のけじめをつける気もなく、息子と自営業、海賊をやっている。

 

「お前たちも嫁にするならああいう娘にしな」っていうけど、

そんなマンマユート共に嫁がくるかなあww

 

さて、鉱山の乱闘もすごい楽しい場面なんだけどもだ。

おかみさんも割と髪赤いよねw

 

親方、というのは父性、父権の存在だ。

構成員に仕事を与え命令をする、同時に庇護し教育し、

全体を把握して、共同体を運営する指針をもつ。王、長、責任者だ。

 

しかしラピュタの親方は、象徴的には親方とは言い難い。

 

彼はパズーの「空から女の子が」の訴えをスルーし続けるw三回くらいスルーするww

「いい子じゃないか、守っておやり」というのはおかみさんだw

 

象徴的父権であれば、パズーの報告を受け、対策を講じ、パズーに「その子を守ってやりな」と使命を与えて送り出す、そういうのが親方の役目のはずだ。

 

乱闘の場面でも、まず互いに筋肉を披露するってのは、

どっちが強そうかケガする前に把握できる、割と動物として正しい喧嘩の作法なのに、

「誰がそのシャツを縫うんだい」で、おかみさんがせっかくのマッチョイズムを尻に敷いちゃうんだよなww

 

守っておやりと使命を与え、シータとパズーを裏口から逃がし、

フライパンをもってドアの前に立つおかみさんこそが、あの場のマスターだ。

そして乱闘はドーラの登場で終わる。

女性性の掌の上の男達、そういう構図なんだな~。

 

父性、父権というなら、親方もそうだけど、将軍もそうだ。

閣下と呼ばれる将軍が出てくるけど、名前がモウロ将軍というらしい。

モウロ、もうろく、耄碌ですね、分かります・・・。

 

youtubeで配信中の名探偵ホームズ宮崎駿演出の海底の財宝って回で、

モウロ将軍にとてもよく似たキャラが出てきた。声も同じ、永井一郎だ。

大佐と艦隊司令官の双子なんだけど、まあ同一の造形だ。目がもうw今やると放送コードに触れるキャラデザだw

大層な役職は名ばかりで金に目が眩んでる乱心キャラだ。部下への指示は「ついてこい」とか「撃ちまくれ」とか煽りだけで、腹心の部下とかそういうキャラがいない。

f:id:philia0:20190913214610j:plainライサンダー大佐

 

宮崎駿には、父性・父権が描けない、てのはつまり、父と息子の関係性が描けないってことだ。

これは全作品を通して言える。風立ちぬまで行ってようやくそこに焦点が当たる。

 

いや、親方がパズーに昇降機の操作を任せるところは、かなりイイ感じなんだけど。

「おまえやれ」で任せて「やりゃあできる」で励まして「ブレーキ!」でちゃんと監督しててなあ。

ムスカが将軍閣下を海に落とすところも、まあ、なんか惜しいんだけど。あそこで立体映像じゃなきゃなあ。

もののけ姫でも乙事主にはちょっと腹心ぽいイノシシもいたんだけど。

 

うーん。まあ、親方とパズーは風立ちぬ以前では一番それらしい描写ではあるのか。

 

父性、父権というのは、RPGで言うところの勇者を送り出す王様と、勇者が倒すべき魔王、その表裏一体だ。

息子に指針を示し、送り出して、最後には壁となって阻み、戦って越えるべきもの。父とはそういうものだ。象徴的に。

父さんが遺した熱い想い、母さんがくれたあの眼差し、っていう歌詞とかもそんな感じするじゃん?

 

ラピュタでいうと魔王ポジションはムスカだけど、彼は特務の青二才と言われてて、その通りだ。青二才。

彼も父権ではない。部下との関係性を築けてないからなー。

 

ムスカは、クロトワやゴンザに近いキャラクターだ。

 

シータは、黒髪のヒロインだけど、赤い髪留めと最初は黒い服を着ている。

これはキキと同じカラーリングだ。赤毛ではないけど、長い髪に赤と黒を身に付けた魔女だ。

 

ルシータ・トエル・ウル・ラピュタ と ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ

 

トエルがトゥルー、ture 真の、という意味なら、

パロというのはパロディ、模倣、副次的な、二次的な、語源的にはギリシャ語で para 傍らに、側に、という意味だ。

 

日本の古代王国、邪馬台国・ヤマトでは、卑弥呼・日巫女という女王を据えて、弟を副王にして国を治めたって話がある。

男の王では争いが絶えず、巫女を象徴的な王にして実務は男がやるってことで上手く国が周るっていうのは、

割と今でもそうだ、天皇家を祭祀の王にして、実務は政府がやるとか、分権にすることでうまくいくんだな。

「お母さんもおばあさんも、そのまたおばあさんも」飛行石は女系で継承されていた。

ラピュタでも代々の女王と補佐する副王というシステムであったのかと思われる。

 

シータとムスカは、クシャナとクロトワ、エボシとゴンザのような関係性ならうまくやれたのかとも思う。

 

まあ、シータは滅びた国の王様に興味はなかっただろうけど、

「あたしの若い頃にそっくりだ」とドーラが言うように、男達を従えるカリスマ、魔力、魅力はあったかもしれない。

シータはあらゆる場面でマジ有能だからな~。

 

玉座の間でゴンドワの歌「土に根をおろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。」

シータが決然と威厳をもって、彼女の王国の理念を掲げた時、あそこに最後のチャンスがあった。

ムスカはワンチャンあそこで王佐となる道を選ぶこともできた。かもしれない。

が、彼はシータの三つ編みを撃ちとばし、「ひざまづいて命乞いをしろ」と言う。

 

髪は魔力の媒介だ。それを失えば魔力やカリスマを失うという意味になる。

ひざまづいて云々も、精神的優位に立ったシータへのマウンティングだ。


多分ムスカは目が悪いんだろうな。「目がぁ〜」だ。

目の色が薄くてずっとサングラスを外さないのはダブルミーニングだ。

シータの本当の姿が見えない。


 

女王と副王の関係は結ばれず、ラピュタはトルメキアやタタラ場のように新たな国となることはなくなる。バルスするしかなくなる。

 

ところで、漫画版ナウシカのラストもラピュタと似たところがある。

玉座の間で対峙するシータとムスカは、墓所で対峙するナウシカと番人に似ている。

 

失われたはずの古代の超文明が、眠りから覚めて再び世界を覆うかどうかってところで、

 

シータがゴンドワの歌を掲げたように、ナウシカも番人にこう言い放つ。

 

「お前は、亡ぼす予定の者達を
あくまであざむくつもりか!!

おまえが知と技をいくらかかえていても
世界をとりかえる朝には結局ドレイの手がいるからか


私達のからだが人工で作り変えられていても
私達の生命は 私達のものだ
生命は生命の力で生きている


その朝が来るなら 私達はその朝にむかって生きよう

私達は血を吐きつつ くり返しくり返し
その朝をこえて とぶ鳥だ!!


生きることは変ることだ
王蟲も粘菌も草木も人間も変っていくだろう 腐海も共に生きるだろう


だが、お前は変れない
組みこまれた予定があるだけだ、死を否定しているから


真実を語れ、私達はお前を必要としない」

 

で、ナウシカ巨神兵のビームで墓所を滅ぼす。バルスだ。

 

ザマーミロというラストではあるんだけど、漫画ナウシカではちょっと後味が微妙なところがある。

ナウシカは、墓所に保存されていた新しい人類の卵、世界の浄化が済んだら生まれる予定の、争わず穏やかで賢い人間達になるよう設計された究極のデザイナーベビーみたいなものもまとめて滅ぼした。

破壊と慈悲の混沌のナウシカは、破壊した後でそれを悔い憐れむっていうかね。

「自分の罪深さにおののきます」とか言う。

で、戦争や少子化や石化の病や腐海の毒に侵される世界に帰っていく。

傲慢な支配者の計画を白紙にして退けたはいいものの、

問題は山積みのままでどうしよう、でもとにかく生きねば、

というラストなんだ。代を重ね適応していく一縷の希望がないわけでもないけど、重い。重過ぎる。

 

その次の作品であるラピュタでは、そういう葛藤を越えて、バルスの後がほんとに軽やかだ。

ラピュタにも中庭に墓所がある。でもそれは大樹になかば飲み込まれ、その大樹はドームの天井を突き破って空へ伸びている。

その場面の劇伴、音楽がまたイイんだよな~。雄大で明るい。

終わった文明が、自然に還っているのを肯定的に表現している。シータも微笑む。

 

バルスしたラピュタは、大樹の根で崩壊が止まり、空へ昇っていく。

エンディングを見てると、ドーム部分が白く光ってるので、空調的なものがまだ生きてて、ヒタキやキツネリスなどの鳥や小動物も生きていけるんじゃないかって感じがする。

竜の巣に覆われていたころのラピュタからすると、動物たちも閉じ込められて外に出られなかったのが、

雲は晴れて、開かれた環境になって、少しずつ世代交代しつつ高高度への適応もしていけるかも知れないし。

 

漫画版ナウシカでは、墓所で超科学が劣化しないまま永く保持され続けていた。

生き物になる予定の卵だけ抱えて、肉体の無いプログラムのような番人がそれを管理していた。

 

ラピュタでは、700年の時とともに自然がそれを侵食していくんだよな。

 

不変のものなどない、世界は変わり続けるものと共にある。

世界は死者のものではなく、生者のものであるというラストだ。

 

神林長平のSFにそういうのがあったなあ。

コールドスリープ、冷凍睡眠、生命体を眠らせ続け永い時を越えることはできない。

なぜなら、命というものは止めておけない。止めてしまえば死んでしまう。

代謝し続け、変わり続け、死を内包して生き続ける、動的平衡を保つダイナミクス

生命活動している状態こそが、すなわち命の本質なんだと。

クソ分厚い文庫の中でそこだけ鮮明に覚えてるんだがw膚の下だったかな。

 

どれほど優れた超文明であったとしても、

墓所とまで銘打ってそこへ引っ込んだのなら、もう潔く死んでおけってことだな。

 

天空の城ラピュタも、それを支える飛行石を産出していただろう鉱山の町も、

かつての繁栄の跡は廃墟になり、自然や日の光や時の流れや色んなものに覆われていって、

今生きる人々がそこで素朴な暮らしを営んでいる。それでいいんだと思う。

パズーがトランペットを吹く場面で、荒廃した鉱山跡を朝日が真っ白に照らして鳩が飛んでいく場面とかも、

なんとなく漫画版ナウシカで荒んだ心が癒される情景だと思うんだよな~。

人が穴だらけにしてしまった土地を、朝日と鳥が再生させている。

 

あ、鳥といえばだ。

 

ナウシカでも飛ぶものは蟲と鳥の二種類の対比で出てくる。

メーヴェはカモメという意味で、ナウシカは鳥の人だ。歌のタイトルにもある。

 

パズーは鳩を飼ってて、鳥型の飛行機模型を飛ばして、シータと乗る凧も鳥のシルエットだ。

 

ドーラ一家のタイガーモス号は灯盗蛾という虫の名前で、フラップターも虫の羽、虫の羽音で、繋いで飛ぶと虫の体節構造みたいになる。ヘビケラみたいだ。

 

まあ、どっちも飛行するものだけど、虫の羽より、鳥の翼のほうが飛行能力は高いな。

 

ラピュタの解釈はそんなもんかな。

パズーについては、全作品の男主人公比較で次記事にまとめたい。

 

あ、滅びの呪文がバルスでたった一言で、

「光よ甦れ、我を助けよ」がリーテ・ラトバリタ・ウルス、アリアロス・バル・ネトリールでめっちゃ長いのはなんでだろうって質問があったので、

一応思ったことを載せとくと、

 

「滅べ」「閉じよ」とかでバルス

「光よ甦れ、我を助けよ」でリーテ・ラトバリタ・ウルス、アリアロス・バル・ネトリール

 

割と古代語とかラピュタ語でそのまま言ってるだけなんじゃないかな。

 

効果もバルスは全システムの崩壊で、

リーテ・ラトバリタなんとかは、

飛行石が光ってラピュタの位置を示す、ラピュタが主を迎えに来る、ロボット兵の再起動、ロボット兵が主のもとへやってくる。とか確認できる効果が多いので、複数の命令が組み合わさった言葉なんだと思う。

 

しかしまあ、王の言葉ひとつで自壊する都市機能ってのはなんだろうね・・・。

フツーに考えてそんな都市には安心して住めないんだがww

 

ラピュタの形状と武装の多さからして、城とか都市っていうか城塞都市なんだろうか。

モン・サン・ミシェルっぽくもある。

地上のすべてを焼け野原にできる火力と科学を、万が一にも不心得者に渡すわけにはいかないと、そういう覚悟が必要になるような世の中だったんだろうか。

なぜわざわざ空中に城を浮かべたのか、なぜ滅びたのかとか、色々想像してみて面白いところではある。

談話室に書き散らかしたけど、どれも確信に至らないので割愛。

 

バルスが「平和」を意味して全武装解除の恒久的平和宣誓をするための言葉だったという説もあるけど。うーん・・・、まあそれも夢があっていいよね。

 

 

 

 

 

 

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ファブリーズを解釈する。単純接触効果とエトス、注文の多い料理店。

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金ローでジブリは楽しいが、どうしてもCMが入る。

それも醍醐味かも知れないが、いつも戦慄するのがファブリーズのCMだ。

 

支配するものと対立せず、内なる完成を目指すのがブログのテーマなので、

嫌いなものは多々あれど可能な限りディスりは避けてきた。

嫌いなものについて書いても興奮するばかりで楽しくないし。

 

しかしまぁ…、対峙の段階も一度は必要だ。

ハウルも一度はサリマンに会いに行く。

 

できるだけ、好きな方向から書こう。

心理学や宗教論だ。

単純接触効果というのは心理学の用語で、よく見るものはそれだけで好感度があがってくみたいなこと。

エトスというのは小室直樹の宗教原論で言及されていた意味で使う。

行動様式、行動パターン、そういうもののことだ。

小室直樹は宗教の本質はエトスにあるという。

 

人は、なにか考える、それから行動にうつす。ていう順番で何かしてると思うじゃん。

でも、行動が思考を形成してることも同じだけある。相互作用なんだ。

 

マザーテレサの名言にこういうのがある。

 

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから、

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから、

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから、

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

 

でも、これらはすべて相互に作用してるものだ。

 

行動パターンを変えることで、習慣を変えることができる。

習慣を変えることで、思考を変えることができる。

それらはいつか運命として収束していく。

そういうことが、ある。

 

ウィキをみるとファブリーズってのは、1999年に発売されはじめた。

洗濯機で頻繁に洗えないカーテンの消臭効果が宣伝文句だったらしい。

 

自分はスーツやコート、頻繁に洗えないアウターに焼肉やタバコのにおいがつくから使うものだと、最初はそんな認識だったかな。もう二十年も経つようなことなのか・・・。

 

ファブる、という言葉ができたのは2004年だという。

市民権を得て、アレをシュッと吹く行動様式に愛称がついてるわけだ。

 

ファブる、という言葉が定着する以前に、なにか匂いが気になるものに霧吹き、スプレーを吹くという行動様式があったっけ?

あまり記憶にない。吹き付けるなら香水か、外に干して風にあてとくとか、

タンスにゴンとか、樟脳やポプリとかを一緒にしまっとくとか、そんなもんじゃなかったかなあ。

住宅の気密性があがって匂いがこもるようになったとか、そんな背景もあるかもしれない。

 

で、最近のCMでは、

車に置いとくファブリーズとか、

靴箱にファブリーズとか、

布団をファブるとか、

お部屋の空気をファブるとか、

園児の帽子や制服をファブるとか、

絨毯やソファを夜ファブしとくとか、

 

なんっっっでもファブらせようと、新しい使い方を提案してくる。

 

商品よりも、むしろ行動様式をコマーシャルしてくる。

 

わかるかな~この怖さ。自分はこういうのが一番嫌いだ。

それを是か非か考えさせずに、刷り込んでくるような行為が一番タチが悪いと思う。

知らず知らずのうちに、行動を操作されてるというか。

自ら意図したかのようにある行動を起こすよう仕向けられている。仕組まれているっていうか。

識閾下にあるパターンを投射されてるうすら寒さというか、つまり催眠暗示だこれもう。

 

自分は、考えるってことを愛してるからな。

なんでも一度は自分の頭で考えて、受け入れるかどうか自分の意志で決めたい。

それでこそ結果を引き受ける覚悟、責任をもてるというものだ。

 

行動様式、消費行動そのものを変えようと訴えてくるCMというのは、なんなんだろうね・・・。

行動様式、というものはそもそもそう簡単に変わるもんでもない。

人は昨日と同じに今日も明日も生活しようとするものだ。縄張りのなかを習慣通りに動く。

そこで単純接触効果だ。何度も何度も同じメッセージを送る。

飽きないように手を変え品を変え、エンタメにして訴えてくる。

 

二十年と何百億だかの宣伝費、気の遠くなるコストをかけて、

P&G社は ファブる という行動様式を一般に定着させたわけだ。

 

 

なんか匂うかもな~、と気になれば、ファブればいいじゃん。

 

という思考パターンが定着した。なにかに向けてシュッとやることになんの疑問も抵抗もない。きれいになる気がする。

 

しかし、本当にそんな効果あるのかな~。

次亜塩素酸ナトリウムならまだしもさぁ…。

ファブリーズの中の液体の原価は十円以下だと思う。

相当に利益率が良くなきゃ、あんな凝ったCMを何本も撮ってオンエアするお金が出てくるわきゃない。原価厨じゃないけど、

ファブリーズの半分は宣伝費で出来てます、てなもんだw

半分というか、ファブリーズでもバファリンでもアタックでもボールドでもドモホルンリンクルでも、なんでもだ。

CMしてる商品を買うってのは、もうほぼCMの視聴代を払ってるに等しいとも思う。

情報を買って、実態のないイメージを消費してるに等しいと思う。

 

いや、除菌効果も消臭効果もあるのかも知れんけど。

あっ、ていうかどれも使ったことないから効果のあるなしとかわかんないや・・・。

まぁどんくらい菌が減ってるかなんていう、データや実証のフィールドでは個人が企業に敵うわけもない。調べようなんて気もさらさらない。

手応えをもって語れるのは、自らの内なるインスピだけだ。

自分としては、

空気をファブるとかそれなんてセルフガス室陰謀論なのマジ怖い戦慄する。

園児とか体が未熟なもの、希望を担うものから狙い撃ちとかマジ怖い戦慄する。

と思うけどあくまで個人的感想ですw

 

よくわからん液体を噴霧して吸い込む、布に付着して肌に触れさす。

ファブるという行動、ファブればキレイという思考、

あれもこれもファブりまくる習慣が、どんな運命になって収束し、顕現するか。

想像したこともないだろうが、想像してみたらいいと思う。

それであらためて、買うか使うか、自分の意志で決めれば、

なにが起きてもP&G社を訴訟したり署名や被害者の会をつくらなくていい。かもしれない。

「お前達がそうしろって言ったんだ!お前達のせいだ!」そんな苦しい思いを持たなくて済むかもしれない。

つーかすでに訴訟対策に、CMでは言葉選びは相当考えてあるよな。

 

いや、効果があるとかないとかはいいんだ、主題じゃない、置いておこう。

ファブるというエトスをダウンロードした経緯について見直すことで、

ファブる以外の、色んな行動様式についてもそれを自分がいつどうやって吸収し、繰り返しているのか、見直してみるきっかけにするのもいいかなと思ったんだ。

それは洗脳の解除の第一歩、自由意志の行使への道の第一歩だ。

 

エトス、行動様式、思考パターン。

信条や信仰や、良識常識、当たり前。

 

そういうのって、自分の脳がPCだとして、

どこまでがうっかりダウンロードしちゃって再生してるアプリなのか見直すことができる。

バックグラウンドで自動再生されているアプリが、容量をくって動作がモッサリになってないか、PCやスマホに慣れた人は時々そういう見直しをする。

脳でも同じことができる。いらないアプリを閉じて、アンインストールすることができる。

それで容量、作業スペースが広くなると、ほんとにスッキリした気持ちになる。

 

ファブるのほかにも、色んなゴミアプリ、ガラクタの思考パターンがあるはずだ。

それは多くの場合、育つ過程で親や周囲の人間から刷り込まれたり、コピーしたものだ。

「私は美しくない」「母性に愛されていたい」「敵を倒せば自由になれる」

「死や老いが恐ろしい」「お金がないと不安」「自分を表現するのが苦手」「いい人だと思われたい」

そんな根の深い大物から、日常のささいなジンクスまで無数にあるだろう。

 

まぁ、ルーティン、自動再生は脳の省エネにもなる。

考えないで作業すれば、考える分のカロリーを節約できる。脳は大食いだからな。

便利だからこそそれを獲得したのは間違いわけだが。

アンスコも実は同じくらい大事な機能だってことだ。

吸収して成長するのがだいたい完成する二十代以降は必須スキルだと思うw

 

宮沢賢治注文の多い料理店は、そういう寓意に富んだ、優れた物語だ。

二人の紳士は、料理店にある注文のとおりに身に付けたものを外し酢をかけクリームを塗りこみ、捕食者にとってのご馳走になっていく。

料理店の注文にはなんかちょっと、ん?おかしくね?って思うものもあるのに、

紳士たちは舶来だ本格だ流行だそういうものだといいように解釈して従ってしまう。

舶来とか、流行とか、みんなそうしてるとか、お金を払うからとか。

そういうゴミアプリが、なんか変だな、という直感を掻き消してしまう。

 

あれこれファブったり、飲んだり塗ったり、

CMが注文してくるとおりの消費行動をとってないかな?

CMが、お客に、注文してるの?

広告や商品の紹介してるだけじゃなくて?

それってなんか変だと思っても、CMのエンタメなイメージ、明るく楽しく清潔で誠実で健康で流行な、そんな印象が、直感を掻き消してないかな?

注文の裏の、CMの裏の、姿を見せない店主が捕食者だったらどうすんだw食われるぞww

 

白い猟犬は自らの内に見出せるインスピレーション、戦う力のメタファーでもあり、

すんでのところで助けにきてくれるが、紳士たちの顏は恐怖でくしゃくしゃになったまま、という後遺症のオチがつく。

 

これは身に染みるメタファーだ。

自分も社畜時代、何度も「なんか変だ」と思ってたけど、

そこをグッと堪えるのが大人、それが社会人というもの、というゴミアプリで掻き消し、病んだ。

仕事は辞めたが、多少の後遺症というか跡がある。

運よく見た目や生活に大した支障はないので、勲章か教訓の印と思うようにしてるが、

まあ、やっぱり、できればそんな目にあわないほうがいいよな。

被害が自分だけで済まなかったりしたら、自責の念も大きくなるし。

 

人生ってやつはオートプレイ、脳死プレイでグッドエンドに行けるほどイージーモードかっていうとな。そんなこたーない。

注文の多い料理店は、山の中からとうに全国チェーン店で販路を拡大して、

ブラック企業やテレビや広告やSNSや掲示板、井戸端会議、風潮のなか、

どこででも大繁盛の満員御礼で絶賛いつでも開店中だ。

 

早急に自分のための白い猟犬を見出すことが必要だ。

自分にとってのすこやかさ、自分の体が必要としてるものに耳を澄ませること、

ほんとうの幸い、内なる願い、そういうことを知らないと、

誰の言うとおりにしても、何をしても、虚しさがやまないということになる。


まず処理を重くしてるものをリリースする。そうすると大事だったものが見えてくる。

子供の頃、無邪気に夢みてたこと、生まれてきた時もっていた最初の願い。魂の指向。

心の奥にしまい忘れた大切な箱、わたしのなかに見つけられた輝くもの、

そんな感じのものだ。

あ、いつも何度でもの歌詞から千と千尋の記事もうひとつ書けるんだった。

 

 

さて、今日はラピュタだ。ラピュタはまだ見直して解釈してないやつだったから楽しみ。

未来少年コナンの総まとめみたいなとこがあるよな。

レプカムスカとか。ラナとシータとか、失われた古代都市とか良く似てる。

ラピュタは天空を彷徨う城塞だけど、コナンでは都市は水没してるんだっけ。

 

 

 

注文の多い料理店の絵本は色々あるけど、自分はこの池田浩彰のやつ好き。

千と千尋の神隠しを解釈する3 名を取り戻す。

300ピース ジグソーパズル 千と千尋の神隠し 本当の名前(26x38cm)

 

千と千尋の解釈からはだいぶ脱線というか派生になるけど、

当時のスレであったやりとりをまとめる。

名とか役とかSKY-HIとかは前記事参照。

 

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613メディアみっくす☆名無しさん2018/10/03(水) 19:33:41.77ID:???>>615

今日も仕事でたくさん心にダメージを負い、魂も酷く消耗しました。 
会社とか仕事って、なんでこんなに理不尽な事ばかりで、 
弱い者はこき使われて虐められて、 
強い人はたくさんお金をもらっているのに仕事しないし責任も取らないのでしょうね? 

少し前に、こんな会社にいるのは会社をクリーニングする為なのかもと思い、 
ずっとホオポノポノをしていますが、もうすっかりくたびれました 

そんな私はストレスに負けて食べてばかりで、 
龍使いの家族を持って、 
ピリアさんにスレ初期で名前を名乗って欲しいとお願いをした者です 
仕事をしている間から、ピリアさんに聞いてもらおうと思っていました

 

615ピリア2018/10/03(水) 20:19:13.83id:FTTNeSGm

>>613 
ああ、ありがとうございます。 

600までスレが進んで、勉強が進んで、 
自分にも次のテーマが来たようです。 

慎重にやりたいです。 
少々お待ちください。 

今日もお疲れ様でした。 
本当にありがとうございます。 

できれば、名前をおうかがいしても? 
もちろん本名じゃなくていいです。 
ニックネームで。 

それか龍使いのママさん、とか呼んでもいいでしょうか。

 

616ピリア2018/10/03(水) 20:24:16.32id:FTTNeSGm

 

ここに来て自分にもピリア、愛、という名前がある。 
自分の本名とは違ってて、 
人格を感じない概念の名前で、無限のそれに近い。 

SKY-HIと同じことができるじゃないか・・・ 

名づけにも、名前のクリーニングも意味があった。

 

617メディアみっくす☆名無しさん2018/10/03(水) 20:34:13.46id:PyKD0ase

ピリアさん、ありがとうございます 
ピリアさんに聞いてもらいたい一心でしたが、 
引かれたらどうしよう?と少しドキドキしていました 

龍使いのママ、素敵ですね!とても気に入りました 
息子にはお母さんと呼ばれているので、 
ちょっと長いですが龍使いのお母さんにします。

 

619ピリア2018/10/03(水) 22:22:56.54ID:35BeZ5g/

SKY-HIのメソッドは音楽だ。 
ではピリアのメソッドは?読み解きだ。 

千と千尋の神隠しを、千尋とハクの視点からもう少し見ていこう。 
龍使いのお母さんにも、響く何かがあると思う。

 

621ピリア2018/10/04(木) 17:03:07.72id:H8LyFlQv

仕事でたくさん心にダメージを負い、魂も酷く消耗しました。 
会社とか仕事って、なんでこんなに理不尽な事ばかりで、 
弱い者はこき使われて虐められて、 

ここまでは湯バーバに名を奪われ、 
腹に虫を仕込まれ、やばい事をやらされて、 
顔色が悪くなって目つきばかりキツくなっていったハクと見ていい。 

強い人はたくさんお金をもらっているのに仕事しないし責任も取らない 

湯バーバは朝も昼も夜も働いてるし、 
湯屋の女主人の責任は果たしている。 
オクサレサマをもてなすところはなかなか見事な女主人ぶりだ。 
ま、お金にがめついのはその通りだな。 
湯バーバは統一人格が分裂した片方であり、 
不完全な存在なのは読み解いてきた。

 

622ピリア2018/10/04(木) 17:03:48.76id:H8LyFlQv

さて、命がけで仕事をしたハク、 
ゼニーバからハンコをとって、紙の鳥に追いかけられながら 
血まみれになって命からがら帰ってきたハクを、 

湯バーバはどうしたっけ? 
「始末しな、その子はもう使い物にならないよ」だ。 

つまり龍使いの母さんが、どんなに会社や雇い主に尽くしても、 
行きつく先はここに他ならない。 

ハクは少年、まだ子どもだ。 
油バーバを魔法の師として信じたかったと思うよ。 
でも湯バーバは自分の子すらまともには育てられない不完全な存在だ。 

これは、厳しい事を言うようだが、 
ハクの見る目がなかった。 
頼ってはいけない人に頼ってしまった。 

釜じいによるとハクは自分から「弟子になりたい」と言った。 

自分からそれを選んだ。

 

釜じいがよせと言っても聞かなかった。

 

623ピリア2018/10/04(木) 17:04:16.04id:H8LyFlQv

でもハクには、自分の川を埋め立てられて他に行くところがなかった。仕方ない。 
それに報われなかったけど、ハクは与えられた仕事はちゃんとやったんだ。 

命がけで帰ってきたから、ハクは千尋に会えた。 

千尋はいわば龍使いだ、龍の背に乗って飛ぶ。 
千尋はハクの腹の虫を吐き出させた。虫は湯バーバの支配だ。 
千尋はハクの名を思い出した。それでハクは本当の自分をとりもどす。 

龍使いのお母さんに必要なことはこれだ。 

龍使いのお母さんは今、湯バーバに支配されるハクだ。 
尽くすもの、相手を間違っている。それはあなたの献身に応えないだろう。 

優しくて愚かな竜は、暗くて深くて影がうようよの穴に落とされる。 

千尋になろう。龍使いにはそれができる。 
虫を吐き出す、ガラクタの思考パターンを手放そう。 
「もっと良い人間になる」という中毒をリリースしよう。 

本当の名を思い出そう。 
名前は支配者から取り戻すのではなく、 
自分の中に見ることができる。 

自分の本当の姿をとりもどそう。 
心を完全性に近づけていこう。 
まずは、そうしたいと願うことだ。 

千とハクで、竜の背に乗るのではなく、 

千尋とニギハヤミコハクヌシになって、 

共に手をとって空を飛ぼう。 

それが竜と龍使いの調和した姿だ。

 

624ピリア2018/10/04(木) 17:22:01.56id:H8LyFlQv

優しくて愚かな竜でいるのも、 
暗くて影がうようよの穴に落とされるのも、 
もう自分はまっぴらだ。 

自分が本当に愛するものしか背負う気はない。 
それも、愛している、というインスピレーションが 
訪れている間だけしか、背負ってはいけないんだ。 

愛していた、愛し続けたい、は残念ながらガラクタだ。 
手放してクリーニングするのをおススメする。 

湯バーバやサリマンとどう付き合うのか? 

それを考えるのは対立のバージョンを考えているだけだ。 
対立には色んなパターンがある。 
もしサリマンや湯バーバに勝利したとしても、 
今度は自分が支配者になって彼女たちを支配することになる。 


支配を軸に立場が逆転するだけだ。 

支配との付き合い方は考えずにいったん置いておこう。 
自分の心を完全性に近づければ、 
支配の方から態度を変えるか、去っていくはずだ。

 

625ピリア2018/10/04(木) 18:55:17.27id:ma35cyiL

四次元の学びには他者が必要になる。 
サリマンには金髪少年が、 
ゼニーバにはカオナシが、 
湯バーバにはハクがいる。 

保護者は保護の対象を、 
支配者は支配の対象を必要としている。 

カオナシや金髪少年の段階、 
三次元の低位の学びをしてる時はいいが、 

ハクくらいまで自我が育っているなら、 
支配者にとっつかまらないように気をつけないとな。 
向こうも獲物を探しているんだから。 

まずはハウルのようにピャッと逃げるのもいい。 
自分を見つめるには、そのための時間、 
リゾートが必要だとアルさんのまとめ、ブログにもある。 
キキもスランプになったら、ウルスラと対話しに街を離れて森へ行くんだ。 

あー、役に入って他者を背負ってみようと思っただけで、久々に効いた。 
最初に秘密について書いたときみたいに震えた。 
こりゃ低血糖だ。脳がいつもと違う使い方で疲労してる。

 

627メディアみっくす☆名無しさん2018/10/04(木) 21:56:10.19ID:???>>628

ピリアさん、こんばんは 
もう何とお礼をしたら良いのか分かりませんが、 
目から鱗が落ちた感じがします 
それこそハクの身体から鱗がボロボロと剥がれ落ちたイメージです 

今の会社を選んだのは私です 
途中何度も辞める選択肢もありましたが、生活の為に我慢して続ける事を選びました 
頑張っていればいつか報われるのではないかと期待して、 
報われないのに頑張って、ガラクタの思考に支配されていました 

会社を選んだ自分、でもそこで働くしかなかった自分、 
ラクタだらけの自分、何でピリアさんはそんなに分かったのだろう? 
と思う程、今に至るまでの過程を言葉にしてくださいました 

龍使いの千尋、知性のソフィー、目指すべき像が結局こんなに身近にいたなんて! 
こんなに素敵なアドバイスを頂けた事である意味報われて、 
ラクタを手放すキッカケができました 
このスレに居て本当に良かった 
本当にありがとうございます 
そして、真剣に考えてくださって疲れさせてしまい申し訳ないです 

お礼の最後に息子に龍の事を色々と聞いてみましたが、 
「知らないし、そんな質問に全部答えたら中二病だと思われるよ」と笑われました 
いかにも中学生っぽい答えで残念です

 

628ピリア2018/10/04(木) 22:30:46.02ID:0b7kYUfF

>>627 
お、うまくいきましたか。良かった。 
ありがとうございます。勉強になりました。 

他者とのシンクロはなかなか高度というか、 
合意とかコミュニケーションとか一体感とかがいるのに、 
この掲示板ってやつは、なんていうか距離が遠いって感じがしますからね。 

最初からずっと付き合ってくれてた龍使いのお母さんだからこそ、 
フィーリングが通じたのかと思います。良かった~。 

優れた作品をくれた宮崎駿、 
四次元を越える一つの方法を教えてくれたSKY-HI、 
あと呼び方は色々かと思うけど、このスレを後押ししてくれるなにか、 
このスレを見て、何が起きているのかを見ている画面の向こうの人達。 

みんなで届いた小さいけれど確かな奇跡です、ありがとうございました。 

 

629ピリア2018/10/04(木) 23:53:37.46id:R8PS6QQC

もうちょっとハクを見てみよう。 
龍使いのお母さんもこの場面をまた見てほしい。 

虫を吐いた後、 
ハクは湯バーバの所へ行く。 

台所の場面でも、坊の部屋の場面でも、 

ハクはまったく湯バーバを恐れていない。 

怒髪天を衝く湯バーバに詰め寄られて、 
髪に巻きつかれ、火を噴かれても、 

平然として、まっすぐ湯バーバを見ている。 

これが竜の本来の姿だ。 

湯バーバは生殺与奪の脅しもかけてくる。 
「八つ裂きにされてもいいんかい」だ。 

ハクは平然としている。 

黒い虫を吐く、ガラクタを解放し、 
支配から自立すると、こういう態度になる。 

なにも恐れない、愛はここにある、自分で道を歩いていける。 
その感覚は自分の真ん中にあって、もう誰にも奪えないと解っている。 

生殺与奪がなんぼのもんじゃい、という本気の覚悟があれば、 
支配者は無意味な実力行使ってのは好まない。 

覚悟ってのは覚も悟も、さとり、と読む。 
そりゃ 色即是空 空即是色 の感覚を体得してるってことだ。

 

632メディアみっくす☆名無しさん2018/10/05(金) 13:21:35.20id:x6FrD4f+>>633

龍使いの千尋かっこいい!と感動しました。 
こういうスレを見て勉強になるのはとても良いのですが、具体的にどうしたらいいか、どう行動またはどう考えるかがなかなか分からなくて。。 
龍使いになるとか、知性のソフィーのようになるとかワクワクしますが、具体的にどうすればよいのでしょう。 
自分でも考えてみますがいまいち分からず(笑)

 

633ピリア2018/10/05(金) 17:10:00.63id:QgQas3ES

>>632 
ありがとうございます。 

良~く分かります。自分も思ってました。何年もです。 
そう具体的に、どうしたらいいかが、わからないですよね。 

それもなんていうか、 
教育が、常識、社会の空気があまりにも精神性を失っているがゆえに、 
見えるはずのものが見えなくなってるだけなんだと思いますが。 

望むもの、進んでいく道、修めていくメソッドは、 
各人の個性、生まれてくるときに選んだテーマによります。 

ですから、好きだ、もっと知りたい、もっとやりたい、 
と思うことの中にそれはあると思います。 

自分もいくつになってもアニメや漫画やファンタジーが好きで、 
オタで陰キャでしょーもねーな、と思っていましたが、 
それも 奇跡 創造 へ至る道、解釈というメソッドになりました。

 

634ピリア2018/10/05(金) 17:11:01.84id:QgQas3ES

どんなものでも、それを道だと思って追求をはじめれば、 
奇跡 創造 へ至る道になります。 
すべては、そこからやってきているからです。 

「心を完全性へ近づけたい」「龍使いになりたい」その願いを大切にして、 
自分が好きだと思うことをはじめてください。探してもいいですが、 
好きだと思うことは、多分ずっとあなたのそばにあったと思います。 
掃除とか料理とか歌うこととか、ほんとに身近なことかもしれません。 
普通の人生の中に奇跡があると思います。 

どんな道にでも共通するアドバイスは、 
古い思い込みを手放すこと、クリーニングすることです。 
これはイメージで、できます。誰にでもできます。 
これはテクニックです。練習するほど上手になります。 

例えば「自分にはわからない」と思った、その時、 
その思いをつかまえて、自分の前にひっぱりだしてください。 
まずは観測し、認識し、名前をつけることが大切です。 
ラクタがなにか確定してください。 
その「自分にはわからない」というカードを、くるっとひっくりかえす。 
ありがとう、ごめんなさい、感謝します、許されました。とか、 
色即是空 空即是色 を唱えるとか、メソッドは色々ですが、 

要は、その領域につなげるんだ、とイメージをします。 
するとなにかエネルギーが交流して釣り合ってゼロになる感覚があって、 
葛藤が解消されます。クリーニングです。

 

635ピリア2018/10/05(金) 17:17:19.09id:QgQas3ES

その領域の感覚を得ること、 
その領域に古くなったものを還すこと、 

これは万人におススメできます。 
SKY-HIには、その感覚があります。 
掲示板は文章だけですが、ライブ映像は、 
動画で情報量が実に膨大です、そして無料で公開されています。 
これは本当に本当に素晴らしいことです。ぜひ見て習いましょう。 

スピリチュアルなマスターのセミナーは受講料が高い事が多いです。 
エゴと堕落とジプシーの気配がします。自分は警戒します。 

SKY-HIは音楽が本業です。精神的なメソッドでお金を得ようとはしません。 
SKY-HIのやり方にはエゴを発生させる隙がないように見えます。 

あ、そっか。 
まず道を求める自分に名前をつけるのもいいかも知れません。 
SKY-HIとかピリアとか、至るべき領域をあらわすような名前をです。 
誰に名乗らななくてもいいんです。 
通常の顕在意識の自分がハクのような竜やスランプのキキだとしたら、 
千尋のようなハイヤーセルフ、ソフィやウルスラのような天使、無意識に 
名前をつけるイメージです。 
で、ハクが虫を吐き、ウロコをばらばらキラキラと落として、名前を思い出したら、 
その両方が、手をとって共に飛ぶんです。

 

637メディアみっくす☆名無しさん2018/10/05(金) 19:55:00.20id:x6FrD4f+>>638

>>635 
すごく分かりやすくなりました。 
ワクワク感、ときめき、好きだと思えるものを追求することですね。私もピリアさんと同じで、大人になってもファンタジー好きですw 
戸惑いというガラクタ思考を手放しきれないですが、追求していきたいと思いました。 
あと、なりたいイメージに名前を付けるのも素晴らしいアイディアですね。 
至るべき領域、に関して、友人は王様とか女神様とか、自尊心を取り戻せるようなイメージの名前を付けていました。私はそれよりももっと上、と考えた結果、女神様より上なのは創造主くらいしかいないと思いましたが… 
創造主だとあまり温かみを感じなかったので、「特異点」ではどうかなと思いました。 
ソフィーのように、最上の魔法を使いながらも日常を大切に、人の子として生きているイメージです。 
RPGとかでよくないですかね、あり得ないほどの低確率で存在する、世界の運命を左右する存在、すなわち特異点的な(笑) 
人の子でありながら天真爛漫に振る舞い、天使や魔族、果ては創造主さえ圧倒する存在。ワンピースのルフィも自分の中ではそんなイメージです。 
ワクワクした余り、厨二病が出てしまいました← 
言いたいことが伝わればいいのですが(笑)

 

638ピリア2018/10/05(金) 20:35:27.55ID:FF+Uxlyk

>>637 
あーいいですねえ~中二が疼きますねえ~ 

物語の主人公の持つ力ですね、よくわかります。 
不可能を可能にするその力に何度も感動してきました。 
特異点」かっこよすwちょww鳥肌がwww 

ありがとうございます。 
それだけその名前にイメージが持てていたら、イケる感あります。 
人格っぽさがなく、創造主さえ圧倒というのが最高にクールです。 
それはまさに異界存在を越えた、至るべき領域のイメージです。 
それは優れたインスピレーションです。 

解っていただけて、実践までしてくださるとは。とても嬉しいです。 

その名前と一緒に歩んでいく感じです。 
その役に入って、神秘に近づくとうまくいくと思います。 

 

639ピリア2018/10/05(金) 20:43:47.17ID:FF+Uxlyk

創造主を圧倒、で異界を越え、 
運命を左右する、で法則の雲の層を越えていますね。 

うおおwwwそれだあああwwwそれがアレだあああwww 

ちょっと落ち着こう・・・。

 

640ピリア2018/10/05(金) 22:16:48.88id:DqFoXgCf

スタジオジブリってどういう意味がググってみた。 
宮崎駿も、神秘に近づくなら 
本名だけではなんとなくアレかなと感じたかもと思って。 
まあでもアニメの監督はな、 
監督っていう、たくさんのスタッフをまとめてる、 
役、枠、立場があるからそれでいいか。 

ググったところ、ジブリは砂漠に吹く熱風。 
ほんとうはそれを意味する言葉は ギブリ で間違えたとかワロw 
でもジブリールっていう天使いるからな。 
それで良かったのかも。 
ジブリは、風の名前で、天使の名前かもな。 
風は、見えない力のメタファー、 
命がやってくるところのメタファーだ。 
それも神秘をあらわす名前にふさわしい。

 

641ピリア2018/10/05(金) 22:51:35.30id:DqFoXgCf

では米林監督のスタジオポノックは? 
深夜0時という意味だ。 
ほうほう、これもいいぞ。 

0、もその領域のひとつの象徴だ。 
プラスとマイナスが釣り合って、 
全てが生まれる以前の状態とでもいうか。 
深夜0時はその領域から、 
0という無限から針が進んで、 
1という有限が生まれる、 
その直前、という感じだろうか。 

色々考えればあるもんだなぁ。 
米林監督もこの名前がつけられるなら、 
きっと神秘に触れる作品をつくっていけそう。

 

642ピリア2018/10/05(金) 22:56:30.86id:DqFoXgCf

こりゃ、名前をつけるっていうメソッド、アリだと思います。 

 

643龍使いのお母さん2018/10/06(土) 00:10:58.26id:FLQme1u6

今日もワクワクしながら読みました 
明日から3連休なので、千と千尋を見直したいと思います 
今日は会社の、あまり話す機会の無かった同じ立場の人と二人で初めて飲みに行きました 
会社の大勢の飲み会以外で誰かと二人で飲みに行くなんて何年振りかです 
悩んでいた事を色々話して叱咤激励してもらって、楽しい時間を過ごしました 

ピリアさんにアドバイスして頂いて、今日は新しい友達も出来て、 
今までとは違う新しい時間軸を進み始める事が出来たような気がします 

名前を付けるメソッドも良いですね! 
私は龍使いのお母さんにしましたが、悩んでいる状態で付けた名前なので、 
目指すべきところに似合う名前も考えてみたいです

 

644龍使いのお母さん2018/10/06(土) 01:00:13.24id:FLQme1u6>>648

ピリアさん、もし少女漫画に抵抗が無ければ「フィーメンニンは謳う」という漫画を読んでみて欲しいです 
ピリアさんのアドバイスを読んで思い出した、私の青春時代のバイブル的な漫画です 

妖精や魔女が出てくる話で、私は10代の頃から登場人物の名前をHNにしていました 
ピリアさんのアドバイスと漫画の内容がとてもシンクロしていて、 
その漫画の登場人物を今でもHNにしている事も結びつけると、 
理想とする像は既に私の中に有ったのだ!と気がつきました 

毎日忙しくて一日一日を過ごす事に精一杯でしたが、 
色々な大切な事に気がつかせて頂きました 
本当にありがとうございます

 

645ピリア2018/10/06(土) 02:20:24.45id:B6DxuQHi

このスレに訪れた善きインスピレーション、道を求める自分に名前をつける。 

ありがたく受け取って、慎重に進めてみよう。きっと面白いことになる。 

龍使いのお母さんもよかおめ!
龍使いのお母さんはいわばハク、顕在意識のニックネームなので、 
千尋、ソフィ、ウルスラのようなハイヤーセルフ、天使、無意識、に名前をつけましょう。 
精神的な高みを目指す自分の名前、至るべき領域を示す名前です。 

自分のためだけのこの名前をつける、 
自分の内面を見つめる。 
その領域をあらわす言葉を探る。 
これがすでにまさに、その領域につながろうとするアプローチになります。 

中二病恥ずかしい」をクリーニングしましょう。 
それはきっと必要な感覚の萌芽だったのに、 
黒歴史にしてしまった人のなんと多い事かwww 
自分も含めwww 

四次元を越え、他者とシンクロする学び、 
精神的な高みを目指す学びの次元のダークサイドが、エゴだ。 

顕在意識は、色んなものごとの影響を受けて、常に揺れている。 
喜怒哀楽、色んな感情が湧いてくる。過去の再生やガラクタに悩まされる。 

この状態のまま高みを目指すと、 
すぐに進んだ認識とエゴが結びついて、堕落する。 

だから、役をつくる。役に入って神秘に近づく。 
終わったら、普段の自分に戻る。 

これで、進んだ認識と、エゴを分けておける。 

SKY-HI、ピリア、ジブリ、ポノック 
本名とは違う、こういうハイヤーなネームをつけよう。 
そしてこういう役に入ってから、精神的な認識を形にしていこう。

 

646ピリア2018/10/06(土) 02:21:00.96id:B6DxuQHi

ちょっと今まで出てきた、その領域を示したいワードを並べとこう。 
ヒントになるかも知れない。 

それ は全てを越えている。 
神も法則も越えている。 
善も悪も光も闇もあらわれる前だ。 

すべてはそこからやってきて、すべてはそこへ還っていく。根源であり終着だ。 
何かが存在している、というエネルギーは常にそこからやってきている。 
あらゆるものはすべて、それが一時的にその姿をとっているだけだ。 
ゆえに、この世界は夢か幻かホログラムか、という言葉になる。 

それは全てが可能である創造の源であるがゆえに、 
なんの指向性ももたない。 
全知全能で、零知零能だ。 
指向性のあるものはすべて有限の被造物だ。 
それの感覚は、無限で、無辺で、0だ。 

優れた古い知恵や、神話の最高原理は、それを示そうとしている。 
色即是空、空即是色。空 
ひ 
プラーナ 
愛 

それの神格化には、人格を感じない。 
天御中主 
カオス 
大日如来 

図像的な象徴は真円、メビウスの輪、カード、時計の0時、などだ。 

奇跡、はその領域からくる最初の魔法だ。 
だから神も運命も時間も因果もなにもかも越えられる。 

生命、も最初の魔法だ。 
今、生きてるっていう奇跡は、 
常にその領域からやってきている。 
風は、命や見えないものを運ぶ力のメタファーだ。

 

647ピリア2018/10/06(土) 02:32:19.88id:B6DxuQHi

その領域にアクセスするには、 
脳の一部を使うだけでは足りない。 

右脳左脳のバランスを高いレベルで整え、新旧の脳も高く整え、 
脳全体を同時に使う。共鳴させる。 共振させる。 
これが脳の本来のパフォーマンスを発揮させる使い方だ。 

共鳴、共振させると片方優位で使っていたときの倍どころか、 
もっとはるかに情報処理が高度化する。 

で、身体もチャクラもオーラも共鳴、共振させる。 
するともっとはるかに情報処理が高度化する 

この使い方をしている時、その領域とも共鳴、共振している。 
その領域の感覚を得ることができる。 

または、その領域にアクセスしようとすると、 
脳や身体や気に、こういうことが起きている。 

自分の脳や体の様子も、見る感覚に慣れていくといい。

 

649ピリア2018/10/06(土) 02:53:22.78id:pbUjsRHw

>>648 
あ、龍使いのお母さんは、 
自分の名前を思い出してたのか。 

わおミラクル。 
まさにウロコを落として 
本当の名前を思い出したハク。 

そのハイヤーな名前と、自分の本名、 

顕在意識のエゴな自分と、 
無意識でハイヤーな自分、 

両方で手をとって飛んで下さい。 

奇跡をありがとう。

 

650ピリア2018/10/06(土) 06:14:21.64id:FlgF2UXl

ピリアという役と、龍使いのお母さんとの五次元のシンクロ、 
うまくいったな~。すごいや。 

ハクの読み解きが、龍使いのお母さんのガラクタやネガティブにシンクロして、 
龍使いのお母さんの心は、確かに何か変わったと思う。 

ハクの身体から鱗がボロボロと剥がれ落ちたイメージ 

こんな言葉は実感がないと出てこないのが伝わってくる。 

理想とする像は既に私の中に有ったのだ!と気がつきました。 

更に自分の中に、自分の名前を見た。 
マジか~、そこまで出来ちゃうかー。ビギナーズラックしゅごいな~。 

昔、パウロコエーリョのアルケミストって本を読んだとき、 
ビギナーズラックってのは、なんていうか、 
「できた!」という成功の快感を教えて、 
その道を更に進むようにと仕向ける、という、 
そういう存在のお導き的なアレだと書いてあった。 
それでいいんだよ、というメッセージだ。 

だがこの素晴らしい成功体験もwクリーニングしてみたwww 
カードにしてひっくりかえしたったwww 

だって御礼を言われるのがこそばゆww苦手wwひねくれてますからwww 

龍使いのお母さん、ありがとうと言ってくれてありがとう。 

あなたも自分も素晴らしい体験をした。 
あなたも自分も同じだけ素晴らしいものを、その領域から受け取った。 
様々な導きと、それを受け入れた自身に感謝して、 

この一連の流れもクリーニングしてみてくださいwww 

感謝も善きインスピレーションだが、互いに適宜手放そう。 
きれいになって帰ってくる。貸し借りってのは古い思い込みだ。 

奇跡もそうだ。味わい続けたいとか、見続けたいとか、 
だんだん信じられなくなってきたとか、そうなってくるとアブナイ。 

今、この一瞬だからいいんだ。再生を味わおうと思わないほうがいい。 
宮崎駿も同じテーマは二度はやらないのがポリシーだ。 

自分の名前を取り戻したなら、それは今度こそ忘れずにいられるといい。 
その名前も使って道を歩めば、また奇跡に会えると思う。

 

651ピリア2018/10/06(土) 16:20:21.42id:G08Jb0JH

この世界は夢か幻かホログラムか、とか 
スザンヌ・リーの文にある、物質をマインドでのりこえる力、 

という辺りで思い出して、リチャード・バックのイリュージョンをもう一回読んでみた。 
バックはかもめのジョナサンの作者だ。 

文庫で薄いからすぐ読める、が内容は何度読んでも、 
これはいつかまた読もう。解る時が来るかも、と思っていた本だ。 

今回は沁みた。 
まじの奇跡ができた、と思ったら次のステージはこれだなあ。 
その奇跡の感覚を持って、他者とどう関わるか、だ。 

この本で、救世主が奇跡を披露したら、 
大衆は自分にも奇跡をくれと押し寄せてくるか、さもなきゃ、暴徒化するとある。 
奇跡は、万人にすでに与えられてる、自分でやったらいいんだと言っても聞きゃしない。 

バックは孤独だったんだろうな。 
だから物語のラストはどこか痛ましい。 
素晴らしい物語なのに。 

バックの生きた時代から、きっと人類の意識の次元は進んでいる。 
今からなら、もっと優しい結末を目指せると思う。

 

652ピリア2018/10/06(土) 17:40:25.40id:yEj8GML6

繰り返している 道、というのはその領域へと歩み、鍛え、積み上げていくことだ。 
つまり知と技、男性性の象徴する力だ。 

奇跡というのは、その領域からもたらされるものだ。受け取って生み出すものだ。 
それは魔法、女性性の象徴する力だ。 

バックのイリュージョンにこんなセリフがある。 
「魔法使いが知っていることを学んでしまったら、もうそれは魔法じゃない。」 
それはもたらされる奇跡を、 
自らの知と技に、再現可能なテクニックにおとしこんだ、ということだな。 
無限を有限に切り分けた、ということだ。 

近づいていくことと、受け取ること、そして還すこと。 
これは両方のバランスがとれていることが望ましい。 
そうすることで、どんどんその領域との関係のレベルを上げていくことができる。 

イリュージョンでは奇跡を奇跡のまま披露するから、何かがおかしくなる。 
SKY-HIやジブリのように、 
音楽やアニメ映画のような、知と技の研鑽の描写があれば、 
バックにも、もっと良い展開のインスピが来ただろう。 


虚淵玄とか夢枕獏っていうのも、ハイヤーなネームといえるな。 

虚淵玄、ちょっとイメージがダークだが、ハウルでもそれは黒い穴、と表現されていた。 

夢枕獏、は夢はこの世界のことだし、獏はそれを食うものだ。 

名前って面白いな。 
その力を知っている人がこんなにいるのも、気が付いてみないと知らないままだった。

 

673ピリア2018/10/08(月) 22:27:12.76id:AsERS8kG

SKY-HIの中の人は、シャイで優しい。 
空の高み、という語感にある、 
気位が高いとか、目線が高い感じが全然ない。 
いつも弱者のことを考えて話す。 
まあ理想は高いが。 

ピリアの中の人は、理屈が好きで口が悪い。 
反骨とか言いつつオラオラしている。 
で、アルさんのようなハートの円満さが好きだ。 

 

アルさんのアルヴィースは知恵者の神様の名前だが、

アルさんは博識だとはお世辞にも言えない。ド天然もいいとこだww

つまりハイヤーなネームには、 
自分に足りないフィーリングや、 
自分に必要なフィーリングがあることになりそう。 

駿も偏屈なおっさんなのに、 
ジブリ、風の天使ってそりゃナウシカのことだ。 
ナウシカは聖母かつ英雄だ。 
駿のヒロインは聖母的ってのはよく言われてるよな。 

米林のポノックは深夜0時、 
時計はなー、柱時計なんかは昔は家格をあらわす家具だし、 
腕時計も重要なおしゃれアイテムだ。 
技術と美術の粋をこらしたものを求める文化がある。 
うん・・・、メカやモンスターのデザインがモッサいもんな・・・。 
心情の描写はほんといいんだけどな・・・。 

 

 

・・・・・・・

 

夢枕獏陰陽師に、

名前、というのは呪(しゅ)だ。というくだりがある。

晴明が博雅に、名というのは呪だ、という話をする。 
名をつけること、名を呼ぶことも、短くて強力な一種の呪だという。 

晴明は、庭の藤の木に蜜虫、という名をつける、 
すると藤の木の精が人の形をとって、命に従いはじめる。 

名前をつける、というのは認識を確定する、ということでもある。

 

 

カードキャプターさくら中学生編でもそんな感じの設定だ。


さくらの混沌とした魔法の力が、 
なにか意識にきっかけが訪れることで、 
形をとる、なにかの現象になってあらわれる。 

さくらはその現象を観察して、 
名前を直感する。そして固定する。 
そうすると現象を起こしていた力が 
カードになって使えるようになる。 

奇跡、創造、魔法の力は無辺にあるけれど、 
なにか方向性を与えてやらないと何もおきない。 
全知全能で、零知零能のままだ。 

方向を与える、というのがつまり名で、言葉で、イメージだ。 

 

名を呼ぶってことの怖さ?なら地獄先生ぬ~べ~で忘れられない回があるな。 

ヒロインのツインテの方、郷子の、真名というか、隠されていた本当の名前、 
オオシリツクヨノヒメとかそんな名だったけど、 
それを美樹がなにかのきっかけで知る。 
その名前を呼んで命令すると、 
郷子は目から光が失せて、なんでもやる。 
転べ、と言われるとなぜか転んでしまう。 
顕在意識ができないようなこともやってしまうということだ。 

ラストは鬼の手で美樹の記憶を消す、 
という解決方法だったのも面白いな。 

つけてしまった名を後からどうこうするってことは基本的にない。 
郷子の真名はそのままだ。 
命令されれば従うほかないリスクもそのまま。 

夢枕獏陰陽師でも晴明が妖相手に偽名を使ったり、 
本名を教えた博雅が金縛りになったりする場面がある。 

名をつける、名を知る、名を呼ぶ、 
どれも人の知の力の本質に近い行為、魔法的な行為だ。