あまりに夏が暑かったので、日課の散歩ができず。
深夜に徘徊する習慣がついてしまった。
夕食を軽めにして9時ぐらいに寝ると、
深夜1~3時に一度目が覚める。
そこからフラフラと外を歩く。
藍染めの鼻緒の草履の底がすぱすぱ鳴る。
虫と蛙がワシャワシャ合唱し、
時々サギがギャッと大きく合いの手をいれ、
川面でばしゃんと謎の魚が跳ねる。
たまに子どもの泣くような、猫の交尾の声もする。
夜はなかなか賑やかだ。
徒歩圏内には田畑と川と公園と神社、少々の住宅地、
治安もなにも、日中でも未だに家に鍵をかけない人達もいるような田舎だ。
娯楽施設もない、そういう土地の人は、昼は働き、夜は寝る。
深夜徘徊などしている暇人は他にない。
この二ヶ月で見かけた人影は、
新聞配達のバイクと、
川原の駐車場で夜明けを待っている釣り人の車。
車中でスマホしてるおじさんは、夫婦喧嘩でもしたのだろうか。
そのくらいだ。
こっちをみてこそこそ逃げていく雄猫や、
一度、イタチかなにかの影がヌルッと通り過ぎたこともある。
公園の街灯は、時間によって点いているかどうかまちまちだが、
点いていないほうが快適に歩ける。
LEDの強い照明はそこばかり眩しく、かえって周囲が見えなくなって鬱陶しい。
月があれば自分の影もくっきり落ちるほど明るいし、
月が無くても目が慣れれば、足元に障害物がないかくらいは見える。
雲が厚くて真っ暗であれば、さすがに気乗りせず諦めて寝なおすし。
なにより、夏の空はときどき星が流れる。
目で追う次の瞬間には消えてしまう一瞬の光だが、
晴れていれば一晩に平均一度は見られるくらいか。
地表近くに緑色に光るでっかいやつを見たときは歓声をあげた。
街灯が無いほうが、そういうものには気がつきやすい。
流れ星でなくとも、
月にかかる雲や、またたく星や飛行機の灯が動いていくのもずっと見ていられる。
空の隅っこに、音も届かない雷が小さく遠く光ったこともあった。
昼の散歩は、花や民家の様子、色とりどりの人の暮らしを眺めながら歩くのだが、
夜の散歩では、地表のものはみんな黒い影に沈んでいるから、上を見るしかない。
田畑の間の道を歩くと、周囲が開けて、空が丸く見える。
星は、空一面に均等に散っているのではなくて、粗密がある。
東西には白く見えるほどに集まって天の川に、
南はひとつふたつと寂しくぽつぽつするばかり。
星座の神話はあれこれ聞きかじってはいるが、
この目で星の並びを見ると、それを英雄や獣に見立てる気持ちはわからない。
青に白に橙に、夜空に密やかな光はただ心を静かにするばかりだ。
視線とともに思考も吸いこまれ、
心に何も浮かばなくなって、ただ足が歩くに任せ、
ふとそれさえ忘れる。虚心は夜と歩く。
いらぬ想像力を掻き立てるのは、音だ。
ばしゃんと水音を立てたのは、魚か、蛇か、
ギャアと悲鳴のように鳴いたのは、鳥か、女か。
ガサガサと草を掻き分けたのは、本当に猫だったか?
いつまでも歩いていたいが、
そろそろ帰って熱い風呂に浸かり、もうひと眠りしよう。
べ、べべ別に、ビビってねーし!
ちな街灯が防犯上で大事なのは弁えて感謝しておりますう。
今週のお題「苦手だったもの」