ものがたりを解釈する

アニメ、漫画、小説、神話、あらゆるものが語りかけてくること。最も深遠な、でも誰にでも開かれている秘密に、解釈というメソッドで触れていく。

もののけ姫を解釈する1 真ヒロインは誰か?

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もののけ姫はなにしろトピックが大量なので、記事を小分けにのんびり書いていきたい。

 

もののけ姫風の谷のナウシカが劇場公開されているが、意味深なチョイスだと思う。

この二つの物語はどういうわけか対照になっているので、比較してみるとすごく面白いのだ。

 

まず、とっつきやすい導入として、

もののけ姫の物語の、真のヒロインは誰だと思うだろうか?

 

サンか、エボシか、カヤか、おトキさんか。

 

それぞれに魅力ある女性達ではあるんだけど、

 

彼女たちはみんな黒髪だ。

宮崎駿のよく描く、魔法を持った赤い髪の女性がいない。

ナウシカのような、不思議な力で不可能と思えることを成し遂げてしまう女性がいない。

 

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魔女の不在、それがもののけ姫を見ていて苦しいところでもある。

ナウシカのような、女神と英雄の超自然の力、空飛ぶ魔法、魂鎮めの力、それ無しで、果たしてどこまでやれるのかっていう。

宮崎駿がそれまでの得意技のすべてを封印して挑んでみた作品なんじゃないかなあ。

ついでに言うと、空想機械も幼女もマスコットも出てこないというのも縛りプレイっぽい。

 

それでそれらの力を持ちえないアシタカは、あがいてあがいて足掻き抜くことになってしまうのでは、と思えてならない。

 

しかし、女性という姿形じゃなくて、

赤毛、オレンジやニンジン色の髪色、という特徴に注目するとだ。

 

ヤックルと、シシ神が、

ナウシカ・ドーラ・メイ・ウルスラ・フィオの髪と同じ系統の色であることに気がつく。手綱や面の色も赤だ。

宮崎駿の世界観で、この配色には共通する意味がある。

西洋の古い偏見では、赤毛は魔女の証なのだ。

 

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ヤックルは、アカシシという獣でありながら、人間のアシタカにものすごく献身的に寄り添ってくれる。

獣の範疇を超えた知性を感じる、心が通じ合った良きパートナーだ。

それは異種族、異形と交情し、自分と異なる世界のものを受け入れる、女性性の神格化された力、陰陽の陰の象徴する力、聖杯の原理でもある。

えー、つまり特長からいうと、ヤックルは赤毛の魔女といえる条件を満たしているんだな。

お魚なのに人間に恋するポニョと一緒だ。

また、もののけ姫では空を飛ぶ表現が出てこないが、

ヤックルに乗って森を野を駆ける場面の爽快感は、

メーヴェ飛行艇に乗って空を飛ぶ高揚感に通じるものがある。

ポルコの赤い飛行艇が、もののけ姫では赤いシシになるのだ。

 

角の立派さからすると♂なんだけど。そこはスルーで!

 

ヤックルかわいいよヤックル!

 

自分的最萌シーンは、戦場で再開したモロの子と挨拶するところ。

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ちなみにシシ、というのは獣という意味だ。

猪、鹿、獅子、すべてシシと読める。

それは四肢、四つ足の動物全般をなんとなく指してる大和言葉なんだな。

 

そしてシシ神、意味するところは獣の姿の神。

おそらくそれは仮の名、敬称であって、本来の姿と名がデイダラボッチの方だろう。

 

獣たちの神、という意味ではないはずだ。

獣たちの親玉だ、とか、なぜ人間を癒すのだ、とか、

甲六やイノシシ達はそういう勘違いをしていたわけだが、

モロによると「命を奪いもし、与えもする」生死を司る神、

また大地を動かす巨人デイダラボッチは創世神話級の神だ。

その神格、その心のスケールは自然の運行そのものであり、産土神や人間のレベルにはない。

故に、シシ神は一言も言葉を発することがない神として描かれる。

 

で、そのシシ神をまずはどう解釈するかっていうと、

 

風の谷のナウシカもののけ姫から、自然と人間の対立、という構図を抜き出してみる。

広がりゆく腐海と、それに侵される人間の居住地、

神聖不可侵の太古の森と、それを切り拓いて糧にする人間達。

風の谷のナウシカでは自然サイドが領土を拡張し、もののけ姫では人間サイドが領土を拡張していく。

 

物語の中で、優勢が劣勢の世界をまさに滅ぼさんとするとき、融和の使者が現れる。

 

怒れる王蟲の群れ、大海嘯が風の谷を飲み込もうとしたとき、

ナウシカが現れて、一度死ぬ。

 

神殺しの混成部隊が、神域の森まで踏み込み、石火矢で穢す。

シシ神の首が落ち、山も森も枯れ果てる。

朝日が射し、夜の神デイダラボッチが倒れる。

シシ神も、一度死ぬ。

 

それから、ナウシカ王蟲達によって蘇生される。

王蟲の群れの目、ナウシカの衣の色がからへ変わる。

 

倒れたシシ神から吹いた風が、また山々に命を芽生えさせる。

赤茶けた山が青々とした新緑に染まっていく。

 

このオチの構造が相似になってるのが解るだろうか。

 

自然界か人間界か、対立するふたつの世界が一方を滅ぼし飲み込もうとするとき、

滅びゆく側から女性性の神性を備えた存在が現れて、すべてをその身に引き受けて死ぬ。

それによって争いが鎮まる。

 

そして彼女達の復活と変身の意味するところは、

今までと少し違う、新しい循環の始まりなんだろうなあっていう。

 

ナウシカもののけ姫は、反転した同じオチで締められている。

まあ、得意技をぜんぶ封印して挑んで、もがきぬいて辿り着いた結末だ。

手クセでなんとなく、なんてはずもない。

絶対に譲れない作家性の根幹がそこだったってことなんだと思う。

 

母なる自然への崇敬と、女性性の神性への賛美、

なんて言い方でまとめちゃうとあまりに簡単だけど、そんな感じだろうか。

 

 

 

さて、冒頭の問いに戻って、真ヒロインは誰か?

 

シシ神は、ナウシカと同じ、対立する世界を融和させる女神だった。

 

シシ神も角の立派さからすると♂なんだけど。そこはスルーで女神と類推する。

夜に真の姿となる闇の神、月の神、生と死、破壊と慈悲の混沌の神、森や自然の神、大地母神、となればそれは自然発生的には女神であるはずなのだ。

男神であれば、太陽神、天空神、光、火、戦、契約、秩序や文明や理知といった属性になるだろう。その辺はまた詳しく。

 

つまり、真ヒロインはシシ神でファイナルアンサー・・・、

 

いや、ヤックルも捨てがたいんだよなあ。

 

サムネに貼った、サンは森で、アシタカはタタラ場で、と別れて帰る場面なんだけどさ、

 

カヤともサンとも結ばれないアシタカで、色々もの寂しい結末のようだけど、

 

ヤックルだけは最初から最後まで、アシタカに寄り添っていることにお気づきだろうか・・・?

 

ヤックルの役どころは相棒ではなく、正妻ポジションだったのではないだろうか・・・?

 

ロリコンを封印したと思ったら、ケモナー癖が出てきてしまったという、

いやはや、実に業の深い話。

 

第1話 ミセス・ハドソン人質事件の巻

ドーバー海峡の大空中戦!

 

宮崎駿監督回もある名探偵ホームズより麗しくも有能なケモノヒロイン、ハドソン婦人。

 

そういえば、モロと乙事主が恋仲だったのかもという話がある。

宮崎駿の演技指導で漏れた裏設定だという。

山犬と猪が恋仲、というのもどういう気持ちで聞けばいいのか分かんないけども。

 

モロは人間の娘を我が子同然に慈しむこともできるわけで。

 

異種仲良しは尊い

種の垣根を越えて通じる愛にグッとくるのに、野暮な理由付けはいらない。愛はすべてを超えるのだ。

 

アカジシ、シシ神、ケモノがヒロイン、アリだと思います。

 

健気で勇敢で賢いヤックルにこそ、ベストオブジブリヒロインの称号をあげたい。

 

 

神話学や象徴学的に真面目に書くのか、

オタク的にふざけて書くのかテンションの定まらぬまま、

次の記事へ。

 

 

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もののけ姫の話題は当時不思議ネットでまとめてもらいました。

http://world-fusigi.net/archives/9253921.html

元スレでは87コメあたりから。

http://mao.5ch.net/test/read.cgi/comicnews/1539542998/