はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」というお題。
あー。ネットの落書きに感銘して強く影響されたことね、あるよ。あるある。聞いて聞いて。
今回で100回目の記事になるから、原点を省みるのもよさそう。
ここに至るまでの、すべての縁あった皆様に心より御礼申し上げます。
先日の記事で、20代のほとんどを病んでいた、と書いたが、
仕事を変えて少しづつ身体は回復してきて、
でも、社畜根性とか心の苦しさっていうのがなかなか抜けない頃、
オカ板系のまとめサイトで見たエピソードがそれだ。
前世のことが思い出されるが、リアルでは誰にも言えないので掲示板で吐き出させてほしい。という書き出しから、
その前世の内容と、流行りのスピリチュアルがどんどん一致して、
それを越えていく高度な内容にも展開していく。
あんまりモノを知らない(失礼)かわいらしい人柄とたどたどしい語り口から、
SF作家も驚くような細密で一貫性のある世界観が語られるので、
そのあまりのギャップに、
このアホ人のイマジネーションだけではありえないだろ。
これマジなんじゃないの。ってなる面白さだ。
素人達が掃き溜めに書きこむ形式だからこそ成立したトリッキーな物語、
ネット文学と言って差し支えないだろう。
自分がスレやブログで、なにごとかを書き続けているのは、
話したこともないこの恩人に報いたい、という動機もある。
もともと、自分はオカルトや民俗や神懸った話が好きだった。
地獄先生ぬ~べ~とかGS美神とか、学校の怪談とかが流行った世代で。
くねくねとか八尺様とかのネット怪談も隆盛の時期で。
病んでたころの現実逃避には、その手のサイトを巡回するのが常だった。
過食病の情報バージョンみたいなものだと思う。
頭脳タイプの自分は食べることにはさして興味がなくて、知識が快だ。
活字を詰め込んでいる間、物語に没頭してる間だけは、何も考えなくて済んだ。
病のつらさ、仕事のきつさ、人間関係で感じた悔しさ、失望、劣等感、無力感、不安、
そんなことを束の間忘れていられた。
過食や飲酒のように、情報の過剰摂取にも中毒性があった。
リアルでの問題は、放置によってだんだん悪化してくから、
増幅した不安からもっと現実逃避するために、もっと過激なものが欲しくなる悪循環。
太ったり内臓が壊れるわけじゃないけど、
頭の中はそう、ハウルの動く城みたいなガラクタの集合体になってたと思う。
大きなエネルギーをつぎこんで、複雑で巨大なゴミの山を動かしているのに、
内部の作業スペースはごちゃごちゃに汚れてて狭くて、
なにをするにも積みあがったモノを押しのけて場所をつくらないといけないような。
ネットの底辺を這いずり彷徨いながら、
どんどんゴミ情報を拾って付け足してく怪物のようだった、と思う。心象風景として。
醜く鈍重な怪物でいることはひどく苦しくて、救われたいと思っていた。
でも、もう誰の言うことも信じられない時期だった。
誰の言うとおりにしても病は悪化するばかりで、
裏切られた気がしていて、人間不信と被害妄想のカタマリだった。
そこに、
アルさんのまとめはあらゆる意味でベストマッチだったのだ。
無料で転がっている、誤字もある拙い自分語りなのが良かった。
救われた過ぎてセミナーとかに受講料払ったこともあったので、
有償だったり、双方向コミュニケーションだったら、
金額分の見返りが欲しいとか、騙されまいとか、
値踏みや警戒心や依存心が発生してダメだっただろう。
アルさんには嘘をつくメリットもなければ、
そんな奸智や演技やメンヘラの片鱗も感じない文章だった。
リアルタイムで質問にレスしてるのだから、すべてを取り繕うのは不可能であり、
文体から人柄を読み取る感性には、昔から自信があった。
国語全国模試一位はSKY-HIだけじゃないぜ。つか満点とりゃ何人でも一位だしな。
何度読んでも、
アルさんは一貫して正直で善良な、ちょいアホの子で間違いなかった。
彼女の情報源が100%の真であるかは置いとくとしても、
少なくとも彼女は感じたままを書いているだけなのだ。
あと、相性も良かった。
自分は思考タイプと言ったが、
アルさんはもろ感情タイプだ。
人は、自分に無いものをもつ人に惹かれる。
頭でっかちの自分は、ハートフルな人にすごくめろめろになってしまう。
優しくて穏やかで、オカ板的知識はなんもなくて、素直に人を褒めて認めて愛される、
そのフィーリングだけでも、どうにも泣けて止まらない謎のカタルシスがあった。
薬より効くので、プリントして紙で持ってしょっちゅうキメて読んでた。
まとめられてないレスもあるので、スレッドのほうも全部読んだ。
特に効用のあった部分を引用すると、
意識のレベルが下がった状態というのはとても危険で、
自分を労わろうとしなくなり、
思考能力が低下します
とても丁度いい奴隷ができてしまうんです
分かりやすいのがうつ病患者の方です
自分を傷つけることで安心感を得るというのは
魂のレベルがとても危ない状況です
そんな方は自分を労らないどころか
悲劇的状況を喜んでしまったりもするので、
奴隷になったときにその状況から逃れようとしません
なんか、言われてはじめて気がついたよね。
これ自分のことだ!と思った。
この人の言葉だったからこそ、受け容れられたんだろうけど。
まあ、実際にガラクタの城と化した心を掃除して解体するメソッドを修得したのは、
このまとめを読んでから、また少し後のことなんだけど。
これがひとつの転機だった。
自分を傷つけ、意識のレベルが落ちているのだという自覚が生まれ、
自分を愛する、他者を愛せるのはそれから。
なんて誰も教えてくれなかったことについて想いはじめた。
玉石混淆、ネットの雑多な情報のなかに、自分にとっての宝石が落ちてることもある。
人間不信と被害妄想ででろでろの怪物だった自分には、
辻占のような、通りすがりの誰かの呟きのなかにこそ、受け取るべきメッセージが託されていた。
いや、誰が託したって、
神や天使や守護霊がいるのなら、もっと早く助けろやとも言いたいのだが。
まあ、いつもギリギリ死なないで、今も生きてはいるし。
まず自分で自分の首を絞めてるあほにしてやれることは、神様にもねーよと言われればしゃーない。そのとおりだ。チッ。(ー_ー)
痛い目をみて学ばないと、いつまで経ってもおんぶに抱っこだからな。
自由意志を尊重しつつ、手助けするほうも加減が難しかろうというものだ。ありがとうございました。
アルさんも、スレ住人のリクエストでブログを立ち上げて、
でもスレの内容をまとめ終わってからは音沙汰なくなってしまった。
この記事の次元の概念は今でもよく使う。シータヒーリングの七つの層とか、
意識に次元があるとして、それを7分割して扱うのは普遍的な発想だ。
七曜と一週間も7、大罪も7、ドレミファソラシも7、虹の色相も7。ね?
物質の世界は3次元であり、到達は7つめであり、0でもあると。
まあ、その話はまた別記事で。
しかし、
自分の書いた年月もテキスト量も、もうアルさんよりずいぶん多くなってしまった。
そう思うと、なんとも言えない感慨があるけども。
ああ、そういえばアルというのは別に略称じゃないんだけど、
ブログタイトルはアルヴィースの歌となっている。
アルヴィースてのは、北欧神話の賢者だ。
すべてを知るもの、という意味らしい。
オカ知識もスピ知識もまるで無かったアルさんが、
そんな名前をつけるのは可笑しいようで、
しかしネットで語るオルターエゴや、表現するときの別名義に、
己に欠けたもの、求めていくもののフィーリングの名をつける。
というのは、非常によく見られる興味深い話で。
かくいう自分も、頭でっかちの皮肉屋のボッチのくせに、
ピリア、philia、愛、などという名をつけていたのだった。
これもその場のノリで名乗って今まで使ってるからな・・・。
類似に気がついたのはずっと後のことで、
ハウルのスレたてて書き込んでたから、
主人公のソフィ、フィロソフィ(philosophy 哲学、知を愛する)のフィリアのほう、philia、ていうだけの名づけ。
でもまあ、アルさんと話したこともない自分からすれば、
この名前だけが彼女とのシンクロニシティかもしれない。
いつか、お礼が言えたらとも思うけど。
まあ、そんなこたーないだろうから、
今日もネットの海にボトルメッセージを流すようなつもりで、
投稿ボタンをポチっとするのだ。
ありがとう、元気だよ。
あなたの言葉は今もここで響いてる。
それぞれの道が、川が、いつか海のようなどこかで繋がると識っているから、
寂しくても大丈夫。UW 貴船の航海の安全を祈る。
先日の記事というのはこれ。
まあ一応これも。動く城のレトリックの話。
思考タイプとか感情タイプとかの話はこれ。
人を褒めるに素直なアルさんはおそらく3種、自分は1種。
次元の意識はこの記事だけど、2年も前の記事は今見るとヤバイな。
書きなおすべきか・・・。
こんなんで育てば、そらオカルト脳にもなるわなー。懐かしい。
今更スレを貼っとくのも恥ずかしいけど、
これはみんなでやったセッションだから、自分だけの財産ではないのだ。感謝。
http://itest.5ch.net/mao/test/read.cgi/comicnews/1533929590
http://itest.5ch.net/mao/test/read.cgi/comicnews/1539542998